塚田有一│みどりの触知学 第3回:紅花 艶紅 うつし紅 そして笹紅(ささべに)
塚田有一│みどりの触知学
第3回:紅花 艶紅 うつし紅 そして笹紅(ささべに)
七五三。三歳になった男女を祝う行事。女の子は初めてお化粧をする。お母さんが娘さんに小筆でそっと紅をさしてあげたのだそうです。この秋、本紅の美しさに触れる機会がありました。藍につづいて今回は紅のこと。
文と写真=塚田有一(有限会社 温室 代表)
錦秋と玉虫色の紅
空気がさらっとして、寒い日が多くなりました。
「時雨(しぐれ)」と呼ばれる冷たい雨が、紅葉を濃くしていくと、昔の人は想っていたようです。
もみじの語源は「もみいずる」。赤や黄色が葉からもみ出されてくるように見えていたのでしょうか。「紅葉狩り」といえば、やや呪術的な印象さえ受けます。いただきから裾野へ降りてくる紅葉は、山の女神が織る錦とも言われ、こうしたむかしの人の身体感覚が伝わってくる言葉に懐かしさを覚え、言葉は噛みしめれば、味や香りが立つものなのだと改めて思います。
楓や蔦の紅葉ももちろん美しいのですが、僕は道ばたに生えているエノコロ草(ねこじゃらし)や、蓼(たで)などが紅葉しているのもとても好きです。まとめて「草紅葉」と呼ばれますが、薄や野菊などと合わせて束ねたり投げ入れするのが気に入っています。エノコロ草は、穂は黄金色、葉は赤紫、茎は赤がね色に染まります。
さて、赤は古来魔除けの色ですが、今日は紅葉にちなんで「紅」のことを書きたいと思うのです。薬指でそっと唇につける仕草、あの「紅」です。「本紅(艶紅ともいう)」は、紅花が原料です。この紅花には「赤」の色素は1%程度しか含まれていないそうで、後はほとんど「黄」の色素。そこからあの濃い赤を取り出すのですから、むかしも今も大変高価なものでした。
艶紅(ひかりべに・つやべに)とは、紅花の色素を梅酢で分離した顔料のこと。本紅ともいう。古くは口紅としても使われ、とくに上質のものは京都で精製されたため「京紅」とも呼ぶ。
紅花から分離した色素の溶液を、紅が退色しないように蓋が付いた白色の陶器の椀や猪口(伏せておけば光が入らないため)、あるいは貝殻に何度も塗り重ねて乾燥させた状態で販売されており、上質のものは非常に高価で、『金一匁(もんめ)紅一匁』という言葉通り、同じ重量の金に匹敵する価値があるとも言われた。なお、容器は再び紅を買うときに紅屋に持っていって紅を塗ってもらうことがあったようだ。
純度が高い赤い色素ゆえに赤い光を吸収してしまい、反対色である緑色の輝きを放つため、乾燥した状態では玉虫色に見える。水を含ませると赤色になるが、唇などに塗り重ねると、やはり、玉虫色かかった色になる。
使用する際は、水を含ませた化粧用の細い紅筆で少しずつ紅を溶きながら唇に塗り重ねてゆくか、直接指で紅を取ることもあった。そのため昔は薬指のことを「紅指し指」と呼んだこともある。(wikipediaより)
紅の歴史など
棒紅(いわゆる「口紅」または「リップ」「ルージュ」)の方が、保湿性や色のバリエーション、つや、携帯の便利さなど多くの点で利があるせいか、手間のかかる本紅をつくる会社はもうほとんど残っていません。最近はグロスやラメが入ったものが流行、玉虫色ふうにもなんとなくできてしまう。
しかし、本紅の美しさ、儚さ、そして艶っぽさは、えも言われぬものがあるのです。それに、残したい仕草というものがやはりある。
「くれない」とは、もともとは呉の藍ということで「呉藍(くれない)」と呼ばれていました。それが「紅(くれない)」となったようです。白川静『字統』によると【「紅」は比較的新しい字で、『説文解字』では「帛の赤白色なるものなり」とあり、白味のある赤、すなわち桃紅である】という。「紅」って濃い赤のこととばかり思っていました。
日本に紅が伝来する前の古墳時代において身を飾る赤といえば丹や朱と呼ばれる鉱物性の顔料であり、多くは身分の高い男性が顔や身体に塗りつけ己の生命を増強する目的で用いられたといいます。中国から紅が伝来したあとは、鮮やかな紅が王朝の宮廷婦人たちの唇を彩るようになり、紅を引くことは女性の重要な身だしなみとみなされるようになりました。
平安朝においては、薄暗い室内で目立たせるために、顔全体を白粉で塗りつぶす化粧法が主流となり、唇にはおちょぼ口に見えるようにぽちりと口紅を引き、うっすらと頬紅を刷きます。江戸時代に入ると、京都から出荷された上質の「京紅」が江戸の女性の憧れとなっていきました。美しい紅をふんだんに使う化粧が女性の憧れであり、大金を稼ぐ遊女は「爪紅」といって手足の爪にほんのりと紅を差したり、耳たぶにも薄く紅を差して色っぽさを演出しました。江戸時代後期には当時のモードの発信源であった遊女たちが「笹紅」といって下唇に何度も紅を塗りつけて玉虫色に光らせる化粧を流行らせました。でも、高価な紅をふんだんに使うため、売れっ妓の遊女などを除いては下地に墨を塗って紅を節約したと言います。
みどりとあか
僕が本紅を見て最初にもっとも感動したのが、お猪口などに掃いた本紅の表面に浮かび上がる玉虫色でした。この玉虫色の「みどり」は藍染めでも見ることができる色なのです。藍染めといっても僕たちがやっているのは「生葉染め」。ジュースにした染液につけた糸束を手繰り色をたしかめてみると、光をまとったその糸束の縁(へり)は玉虫色に輝き、虹色の蛇のようでした。「みどり」は光と闇が出合う境界の色なのです。ですから「つやつやした」とか「生まれたばかりの」という意味があり「緑の黒髪」とか「嬰児(みどりご)」というのですね。「みどり」とは玉虫色の輝きを持った色でもあったのです。
その色が、乾燥した本紅の表面に現れている!
粒子が細かいので赤を吸収してしまい、補色である「みどり」が出るのだということでしたが、これは紅が仮死状態にあるからだと僕は想像しています。眠っている? ですから細い筆を湿らせて筆を置くと、一瞬で玉虫色がほどけ、紅色が目覚めるのです。なんともフラジャイルな!! そこには花びらから採った色の秘密も潜んでいます。
紅というくすり
紅は女性の一生ととても深い繋がりがあります。
帯祝い、お宮参り、七五三、ひな祭り、成人式、結婚、出産、還暦まで。
紅は魔除けでもあり、血をきれいにするともいわれています。さらには身体をあたため、冷え性に効果的ということで、おくるみの一部を紅で染め、身体を拭うときはその部分で拭ってあげました。また、産着も紅花でそめた淡い紅色のものにしていました。お宮参りにはおでこに紅で文字を描きました。七五三では初めて唇に紅をさします。還暦はちゃんちゃんこですね。岡倉天心は「色は薬から出た命」だと言ったそうです。色は植物の生命を身にまとう「くすり」なのかもしれません。
紅とlip
いまのリップなどに比べて良い点は、まず無害であること。紅花は冷え性に良いとされ、なめても薬にこそなれ、害はありません。食紅として「花びら餅」などにも使われます。その食紅も現代ではカイガラムシからとったコチニールを使うお菓子屋さんがほとんどだそうです。
水溶性のため、落ちやすいと思われがちですが、「紅」は赤色色素100%のため、一度乾くと落ちにくいそうです。乾いてしまえば通常の口紅よりおちにくいのだとか。
紅は重ねれば色の調整ができるということ、また紅をさす人の唇の色を反映するそうで、十人十色、同じ色に発色することはないのだそうです。その人の唇にあった色に染まるという点はナチュラルなメークにはいいようですし、舐めても身体にいい。重ねて塗ればフォーマルに。薄く引けばカジュアルにも。
やや不利な点は生産に手間と時間がかかるため高価であること。『金一匁(もんめ)紅一匁』と言われるほど、質のよい紅ほど高いということ。
紅は純粋な赤色色素だけですので、油分がまったく含まれず、唇が荒れてしまう方もいるそうです。そのようなときにはリップクリームを塗り、その上から紅を塗ることで、紅の色を楽しみつつ、唇のあれを防ぐことができるそうです。
紅と水
いい紅を抽出するためには冷たい純粋な水がいいそうで、紅づくりは夜明け前、夏は午前3時ごろ、冬は午前4時ごろからはじまります。紅が嫌う光を避け、寒中の冷水を使うことで、より良質な紅が生まれるからです。かつては寒い時期の水を採っておいて、丑三つ時に製造したのだそうです。これまた妖艶。
「お姉さん指」と言ってもかわいいけれど、「紅さし指」や「薬指」というとしっぽりとします。「リップ」も「ルージュ」もいいけれど、「笹紅」「艶紅」はやはり色っぽい。
七五三にお母さんが、娘さんにほんものの紅を筆でさしてあげる。そういう風習はいつまでも見ていたい、そして受け継いでいきたい風景ではないでしょうか。
青山にこの「紅」をつくりつづけている「伊勢半本店」の「紅ミュージアム」があり、そこではいま『江戸の赤』という特別展をやっています。
http://www.isehan.co.jp/archive/archivedata/index.html
http://openers.jp/interior_exterior/news/isehan.html
塚田有一
学校園のワークショップ
十日夜 http://www.r-school.net/program/workshop/vol37.html
冬至 http://www.r-school.net/program/workshop/vol38.html