ホンダS660、最小ミッドシップスポーツに試乗|Honda
CAR / IMPRESSION
2015年5月15日

ホンダS660、最小ミッドシップスポーツに試乗|Honda

Honda S660|ホンダ S660

日本が世界に誇るスポーツカー

ホンダS660、最小ミッドシップスポーツに試乗

2013年の東京モーターショーで発表された「S660 コンセプト」が2年の月日を経て、「S660」として待望の市販化を果たした。軽自動車のミッドシップスポーツカーというコンセプトは、いまだ根強い人気をもつ1991年に発売された「ビート」の後継となるものだ。コンセプトカーをほぼそのまま市販化に繋げた、ホンダの意気込みと技術力の結晶ともいうべきS660を早速公道に連れ出してみた。

Text by SAKURAI KenichiPhotographs by HANAMURA Hidenori

唯一無二のエキゾチックモデル

交差点で信号待ちをしている間、何人の歩行者に見られ、何人にスマホで撮影されたかわからない。デビューしたてでホットなモデルであるという希少性も、当然あるだろう。撮影車両がプレミアムビーチブルーパールという少々派手で、目にも鮮やかなブルー系のボディカラーであったことも関係しているはずだ。しかし、それ以上にユーザーの期待感のようなものを感じずにはいられなかったのが、この「S660」というブランニューモデルである。

オーディエンスの熱い視線を浴びるのは、それこそフェラーリやランボルギーニ並みで、ポルシェやアストンマーティンでは残念ながらここまでに至らない。もちろん、目立ちたいから、自慢したいからクルマに乗っているわけではないが、デビューしたばかりのS660に対する世間の注目、もっといえば接し方に対する熱量はそれぐらいだという一例だ。フェラーリやランボルギーニといえば、およそ2,000万円を超える超高級スポーツカーカテゴリーに属するモデルばかり。価格がその10分の1程度のクルマでもこの注目とは、いかにS660の登場が世間にとってニュースなのかが計り知れるというものである。

Honda S660 |ホンダ S660

Honda S660 α

Honda S660 |ホンダ S660

Honda S660 α

ディティールを細かく分析すれば細部の処理はことなっているが、これはそのまま一昨年の東京モーターショーで話題をさらった「S660 コンセプト」そのままのアピアランスである。ルーフはデタッチャブル式のソフトトップで、ホンダはこれをロールトップと呼ぶ。取り外しはフロントウィンドウ上部にあるセンターロックを解除したあと、左右2ヵ所とレバーを外すだけ。ひとりでオープン/クローズの作業がおこなえるほどに簡単だ。外したロールトップは、その名のとおりくるくると丸めて、フロントフード内のユーティリティボックスにキッチリと収納可能である。

ミッドシップ、オープン、2シーターとこれだけのキーワードを並べれば、なにやらイタリアンスーパーカーの世界にも符合するが、ご存知のようにS660は日本の軽自動車規格に収まるれっきとした軽自動車だ。

1991年に登場した「ビート」を知るものにとっては懐かしく、それを知らないいまどきの人には斬新なコンセプト持った軽自動車に映るだろう。

さらにいえば、ホンダは1960年代にコンセプトカー「S360」をルーツに持つ市販車「S500」や「S600」、「S800」という小型スポーツカーを販売していた歴史もあり、F1参戦のイメージも手伝ってホンダ=スポーツカーメーカーという認識のファンはいまをもって少なくない。

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Honda S660 α

S360は、コンセプトカー発表時に360ccの軽自動車用エンジンを搭載していたものの、ボディサイズは軽自動車規格よりも長く、正確には軽自動車とは呼べないが、ホンダイズムを象徴する小型スポーツカーの原点として世代を超えてリスペクトすべき存在である。ともかくホンダは、小さいながらも乗って楽しいクルマを作ることに腐心する伝統を持つメーカーであるということだけはまちがいがない。

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ホンダS660、最小ミッドシップスポーツに試乗 (2)

クラスを超えた剛性は専用開発ボディのたまもの

発表時のレポートに車両解説は詳しいので割愛するが、念のためざっとおさらいをすると、コンパクトなボディは軽自動車枠に収まる全長3,395×全幅1,475×全高1,180mmというサイズで、ホイールベースは2,285mm。この車体中央後方部に、「N-One」や「N-Box」でお馴染みの658ccの排気量を持つ3気筒DOHCターボエンジンを横置きで搭載している。ターボシステムは、S660専用開発アイテムでチューンされ、最高出力47kW(64ps)、最大トルク104Nm(10.6kgm)というスペックを得ている。

トランスミッションは6段MTと、ステアリング奥にパドルシフトをレイアウトした7段CVTを用意。フロントにマクファーソン式ストラット、リアにデュアルリンクストラット式のサスペンションを採用する。前後260mm径のディスクブレーキや、そのブレーキを使用した、コーナリング時に車体の動きに応じた制動をかけ、狙ったラインをトレースしやすくスムーズで安定した挙動を実現する、軽自動車初となる電子制御システム「アジャイルハンドリングアシスト」も搭載している。

Honda S660 |ホンダ S660

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贅沢にも全体の60パーセントに超高張力鋼板を使用したボディは、小ささもあって、乗れば非常にしっかりした印象をもたらす。オープンカーではあるが、段差を乗り越える際でもそのしっかり感は失われず、ボディはミシリともいわない。これらの高剛性シャシーは、当然ながらミッドシップスポーツカーS660のために専用開発されたもの。もちろん世界有数の規模を持つ自動車メーカーだけに、生産にあたっては流用パーツもあろうが、ミッドシップスポーツカーという企画を優先させるために何かパーツを流用してイージーに作ったクルマなどではないことがわかる。

ドアの開け閉めからしてその手応えがこれまでよく知る実用系軽自動車とことなるとおもわせるのは、やはりしっかりしたボディ=骨格があってこそなのであろう。

2ドアながらあまり大きくないドアを開けて乗り込んだ先にあるシートは、小ぶりだがしっかりと体に馴染むデザインと仕上げが魅力。これも他車の流用品ではない専用アイテムである。

Honda S660 |ホンダ S660

Honda S660 |ホンダ S660

小さいステアリングホイールはS660のコクピットにフィットするスポーティなデザインで、角度を合わせれば、3つのペダル(アクセル/ブレーキ/クラッチ)とフットレスト、ステアリングとシフトの位置が自然にピタリと決まり、ポジションがスッと体に馴染んでくる。ドライビングポジションが自然に決まるクルマは、かなりできが良いと、これまでの経験がそうおもわせる。

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自分を中心にクルマが向きを変える

着座位置は相当に低く、横に並ぶ「プリウス」が巨大に見えるほどだ。目線のイメージは、前を走るクルマのトランクリッドよりも下に位置する印象である。ギアを1速に入れ軽くアクセルを踏めば、S660はなんの苦労もなくスルスルと車速をあげていく。絶大なトルク――とまでは正直いえないが、830kgのボディを流れにのせるのに何の苦労もストレスも感じることはない。

シフトフィーリングは相当こだわったとみえ、手首の返し程度でカチッと決まるスポーティなフィーリング。背後から聞こえるサウンドは乾いたスポーツカーのそれで、自分がまさにいま、ミッドシップカーをドライブしているという昂揚感が味わえる。

フロント165/55R15、リア195/45R16サイズとなる専用開発のアドバン ネオバは、Sタイヤにも似たトレッドパターンからも想像できるように特にドライグリップにフォーカスした製品だが、意外にも乗り心地が悪くない。これは前述のとおり強靱なボディを採用した恩恵でもあろう。ボディの強さは七難隠す――のである(難はないが。念のため)。サスペンションはどちらかといえば硬めだが、尖ったところながくマイルドな印象。足は良く動き、そのぶんタイヤのグリップ力を余すことなく使えるというイメージが正しいだろうか。

Honda S660 |ホンダ S660

Honda S660 |ホンダ S660

街中がメインの試乗となったため、ワインディングでのパフォーマンスは未知数だが、後輪に重心が乗ったグリップ感のある加速や、コーナー手前のアクセルオフでフロントに荷重が載っている様子がステアリングを通じてわかるなど、これはどこをとっても一流のスポーツカーのドライビングフィールである。ブレーキングをおこないながら、早めにステアリングを少しだけ切り、フロントアウトサイドに軽くヨーを付けてコーナーに入る。クリッピングポイントを見つけ、アクセルを軽くオン。外側のタイヤに荷重が載ったスムーズなコーナリングは、これぞミッドシップスポーツカーというべきお手本のようなマナーである。

少しスピードあげれば、そうしたミッドシップスポーツカー然とした走りがより顕著になり、そう、まさに自分を中心にクルマが向きを変えるような走りが楽しめる。低重心化を果たしたシャシーと、理想的な45:55の前後静止重量配分が効いている証拠だ。とにかく、どのタイヤにどれだけの荷重が載っているのか、これを路面へのグリップ力と言い換えてもいいかもしれないが、とにかくその感覚が掴みやすい。

旋回スピードは想像以上に速く、誤解を恐れずにいえば、とても軽自動車のそれではない。ある程度の腕あればもちろんだが、初心者であってもクルマの動きを遠慮なく楽しめる。それが運転をスポーツと呼び、このクルマをスポーツカーと名のらせる理由だ。

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ファンなスポーツドライビング

特に「アジャイルハンドリングアシスト」のセッティングは優秀だ。電子制御の存在感をほとんど感じさせず、あくまでも裏方に徹してファンなスポーツドライビングを的確にサポートしてくれている。よって街中のドライビングスピード程度では、常に4輪が路面にへばりついているような安定感ある走りが楽しめる。

ミッドシップカーといえばちょっとした拍子にリアが出て簡単にスピンモードに突入――などと、運転が難しそうなイメージを持ってしまいがちだが、S660は安全に(合法かどうかは別として)驚くようなスピードでのコーナリングを体験可能だ。サーキットやワインディングで試したわけではないので言明はできないが、ミッドシップカーというレイアウトから想像するようなナーバスさは、今回のステージでは皆無であった。

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Honda S660 |ホンダ S660

おなじ軽自動車のオープンスポーツカーとしてライバル視されるダイハツの「コペン」に比べても、その安定感ではS660にアドバンテージがある。いっぽう、高速走行におけるオープン時の風の巻き込みは、幾分コペンに分があったという印象だ。40〜50km/hでは快適なS660のオープンエアモータリングも、80km/h前後では風の巻き込みが顕著で、爽快とはいいがたくなる。助手席との会話も、少しボリュームを上げる必要があった。もっとも軽自動車の法定速度上限を考えれば、80km/hまでを快適としたこうしたセッティングは、十分実用的と納得できる範囲に収まるのかもしれない。

ミッドシップレイアウトを採用するために、2名乗車時には荷物を置くスペースがまったくない。ドライバーの身長によってはシート後方にスペースらしきものも生まれないので、カバンすら置けないことから、実用性もコペンに比べれば大きく劣るといわざるを得ないが、これはミッドシップという本格スポーツカーの成り立ちがもたらす、走る楽しさとトレードオフされるべきファクターだと考えるしかない。

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ホンダS660、最小ミッドシップスポーツに試乗 (5)

素材感に工夫が欲しかったインテリア

S660は運転していて楽しい、運転そのものを満喫できるミッドシップカーである。軽自動車という枠があり、ミッドシップカーゆえに犠牲になっている実用性は、すでにわかりきっているのであえて言うまい。しかし実用性はともかく、走りが楽しいからそれでS660が100点満点なのかと聞かれれば、そこには多少のリクエストがあるのも事実だ。

例えばインテリア。軽自動車だからという言い訳や、これだけのパフォーマンスを持つミッドシップカーを200万円そこそこで提供しているのだから妥協すべしという声もあろうが、仕上げは残念ながらチープである。インテリアのデザインは悪くないのだが、特に素材感は、軽自動車と聞いて想像するそのレベルを超えていない。N-Boxとはことなり、このクルマは紛れもないスポーツカーである。大衆を相手にした数を目指すクルマではない。スポーツカーを、SUVなどと並んで嗜好性が反映され選ばれるモデルとするならば、その限られたユニークユーザーが選んで良かったとおもわせるクオリティを持つ内装の素材選びや、フィニッシュにいま以上の工夫があってもいいはずである。

Honda S660 |ホンダ S660

Honda S660 |ホンダ S660

盛り上がりを見せる軽の世界

内装に質感を求めた結果、たとえあと10万円価格が高くても、恐らく欲しい人は値段にかかわらず購入に意欲を見せるはずである。スポーツカーらしく、カーボンやアルミを内装に使えといっているのではない。そうした高価な素材を使わずとも、個性あふれる質感とフィニッシュを持ったインテリアを作れることは、すでにフィアットやプジョーが証明しているはずだ。

試乗が終わって編集部に戻る道すがら晴海通りを走っていると、偶然横に旧型コペンが並んだ。例に漏れず、ドライバーの熱い視線を感じたが、こちらも同じように「このコペン、大事に乗っているんだなぁ」となめ回すように見てしまう。軽自動車という枠は、世界的に見ればいびつな規制なのかもしれないが、こうして日本の自動車文化として熱い気持ちを持ったオーナーに支えられているのも事実。一時期、存続が危ぶまれたホンダの軽自動車事業からこうした新しいスポーツカーが誕生したことと、日本が世界に誇る自動車文化として軽自動車のカテゴリーがふたたび盛り上がってきたことを、いまは素直にうれしいとおもう。

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Honda S660|ホンダ S660
ボディサイズ|全長 3,395 × 全幅 1,475 × 全高 1,180 mm
ホイールベース|2,285 mm
トレッド 前/後|1,300 / 1,275 mm
最低地上高|125 mm
重量|(CVT)850 kg (MT)830 kg
エンジン|658 cc 直列3気筒DOHC
ボア×ストローク|64.0 × 68.2 mm
圧縮比|9.2:1
最高出力| 47 kW(64 ps)/ 6,000 rpm
最大トルク|104 Nm(10.6 kgm)/ 2,600 rpm
トランスミッション|マニュアルモード付きCVT  6段MT
駆動方式|MR
サスペンション 前/後|マクファーソンストラット/デュアルリンクストラット
タイヤ 前/後|165/55R15 75V / 195/45R16 80W
ブレーキ 前/後|ディスク
最小回転半径|4.8m
燃費(JC08モード)|(CVT)24.2 km/ℓ  (MT)21.2 km/ℓ
価格|(α MT/CVT)218万円   (β MT/CVT)198万円

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