日本の書という伝統文化を通じて見える 普遍の「美意識」について|PORSCHE
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2023年9月29日

日本の書という伝統文化を通じて見える 普遍の「美意識」について|PORSCHE

Presented by PORSCHE

PORSCHE|ポルシェ

対談 ポルシェジャパン代表取締役社長 フィリップ・フォン・ヴィッツェンドルフ×書家/アーティスト 岡西佑奈

ポルシェジャパン代表のフィリップ・フォン・ヴィッツェンドルフ社長がいま、何を見て何を思考しているかを解き明かすクロスインタビュー。今回は書家/アーティストの岡西佑奈さんとともに、美意識について語る。対談にあたり、フィリップ社長から事前に好きな単語を伺い、岡西さんには対談冒頭でそれを作品にしていただいた。サプライズからはじまったクロスインタビューの展開は。

Text by AOYAMA Tsuzumi, Photographs by FUJII Yui Edit by MAEDA Yoichiro

書かれた文字「響鳴」の意図するところから

フィリップ社長にご足労いただいた場所は、東京・港区にある「栄立院」の本堂。ここは岡西佑奈さんがしばしば作品制作の際に精神集中も兼ねてお借りしているという、都心部にありながら静けさで満ちた空間だ。フィリップ社長を迎えるにあたり、すでに本堂には文机と、その上には墨の摺られた硯に和紙と筆が用意されている。
フィリップ社長との初対面の挨拶もそこそこに、岡西さんが口火を切る。
「それでは、始めさせていただきます」
本尊に端座をし、深く礼をした岡西さんは、文机に向き直ると手を組み瞑想を始める。もの珍しそうに目を輝かせてフィリップ社長がその様子を見つめる。しばらくの静寂ののち、岡西さんが筆を手にとり、書き始める。
白い紙のうえを、筆が動き、書かれた文字は「響鳴」だった。
寺院の本堂にあがったのははじめてというフィリップ社長。さらに岡西さんの筆運びに興味が尽きない
<岡西さん>
「“響鳴”、という言葉を書きました。“響く”そして“鳴く”、です。「響鳴」はフィリップ社長の為に考えた造語です。 “empathy” という言葉を直訳すると、共感とか共鳴になりますが、人々はその言葉をうわべだけで使っているような印象を私はもっています。表層的ではない深い繋がりを印象づけてくれる言葉は何かを、考えた先に思いついたのが、この“響鳴”という言葉です。
共感する、とは人間同士の感じ方であり、共鳴とは動物の鳴き声や音の振動などが響き合うという意味があります。ともに使われる“共”という字をあえて“響”にすることで、お互いの想いが相互に響き合い、さらに深く繋がるさまが表現できたのではと考えています」
<フィリップ社長>
「ありがとうございます、素晴らしい所作を感じました。もちろん拝見している時点では何を書いているのかはわからなかったのですが、すっかり流れるような筆の動きに魅了されていました。ただ筆が走っているだけではなく、停止したり、跳ね上がったり、さまざまなアクセントがありながら次の線を書いていく。その一連の流れの美しさに感銘を受けました」
「どれくらいの時間をかけてイメージを温めたのですか」と尋ねるフィリップ社長に、「お題を伺ってから、いまお会いするまでずっと考えていました」と笑顔で答える岡西さん。フィリップ社長がかつてインタビュー取材の際に、家族との時間を大切にしていると語ったというエピソードから、「響鳴」という言葉が思い浮かび、最終的にフィリップ社長と対面したときにこの文字に決めたのだそう。

マカンに乗るたびにワクワクする気持ちが湧き上がります

ポルシェの曲線、書の曲線。表現する舞台は違っても、美しさの原点は同じと語るふたり
実は2年前からポルシェマカンを所有しているという岡西さん。書家でありアーティストである岡西さんを魅了し続けているのが「曲線と直線のバランス」だという。
<岡西さん>
「自然界にあるものは殆どのものが曲線を描いています。その自然界と共にある曲線の美を私はなぞり、描いていきたいと思っています。マカンを手にしたいと思ったのもやはり随所の美しい曲線に惚れ惚れしてしまったからです。それは2年経ったいまでも変わらず、マカンの素晴らしいシルエットを目にすると、この車に乗ることにワクワクする気持ちが湧き上がります」
<フィリップ社長>
「ポルシェのデザインについて話そうとすると、私の口からはいくらでも良いことをお伝えできるんですが、まずおっしゃるとおり曲線と直線が非常に効果的に、バランスよく作用しあっています。流線型のシルエットを形作る曲線は滑らかさや馴染みやすさを表現していますし、直線はマカンが秘める力強さとパワーをあらわしています」

書の精神と技術に日本を感じる

直線と曲線を組み合わせた文字によるグラフィカルな表現として、日本で書道にあたるものをあげるならドイツではカリグラフィーがある。フィリップ社長は、1800年代の本の表紙で使われるようなカリグラフィーには、現在刊行されている本とはまったく違う美しさがあるという。
<フィリップ社長>
「しかし、岡西さんが今行なったことは、ドイツにおけるカリグラフィーとはまったく異なるものです。岡西さんは、私がお伝えした“empathy”という単語を受け止め、さまざまに思いを馳せ、深い考えのもとに言葉を選ばれた。さらに文字を選び、その文字をどのようなスタイルで描くかを考える。岡西さんは6歳から書道を始めたとおっしゃっていましたが、長年にわたり磨き上げた技巧により書き上げる。この一連の創作は、ただ文字を美しく描くカリグラフィーとはまるで違います」
そう語ったフィリップ社長は、岡西さんに「筆を持つ前に行った座禅にはどのような意味があるのですか」と尋ねた。
<岡西さん>
「書く前は必ず座禅をしています。自分の中を一度、無にする、空っぽにするというイメージです。東京で生活をしているとどうしてもざわざわとした日常が自分の心を占めてしまいます。そして、その感覚がそのまま作品に投影されてしまうのです。ですから、書くときにはまず自分自身の心をクリーンにする必要があります」
<フィリップ社長>
「瞑想をしている岡西さんの姿が非常に印象的でした。来日して1年以上が経ちましたが、日本では日々新しい体験ができ、エキサイティングな毎日を過ごしています。このお寺の本堂という空間も初めてですし、岡西さんの書道も新鮮な体験です。日本には伝統的な文化が非常に沢山あると感じており、今日はそのひとつに触れることができて非常に感銘を受けました」

はじめての書の体験、フィリップ社長の感想は

<フィリップ社長>
「実は“empathy”の前にはRespectという単語を思いついていました。多くの日本人が他者をRespectする姿勢を持ち、その態度が一貫していることが素晴らしいと感じたからです。表現としてストレートすぎると感じたので違う言葉にしましたが。そんな国民性と非常に力強い伝統を持つ日本という国には、その伝統は維持していただきつつも、より先進的に、あるいはスピード感を持って前進してほしい、という思いもあります」
実はこの対談では岡西さんによる書の実演だけでなく、フィリップ社長にも実際に筆をとっていただき、書に挑戦いただいた。選んだ漢字は「合」。これも“empathy”からの連想だ。
実際に自分でも筆を手に、「合」という漢字に挑戦。「はらい」の難しさに戸惑うもバランスがとれた「合」が完成した
<岡西さん>
「物事の本質というものが実は日常のなかでは見えにくいところにあるように、私は書道では墨による黒い部分ではなく、余白で表現するイメージを持っています。フィリップ社長の書は、その余白を意識されていることを感じさせます。また集中力がすごいですね。書道は白い紙が集中力を高めるので、それも楽しみの一つなのですが、そんな書道をフィリップ社長に体験していただけたと思います」

はたしてマカンをイメージする漢字は?

<フィリップ社長>
「白い紙に筆を下ろそうとすると、とても集中するんですね。集中しすぎて身体が緊張もしました。ビールを2杯くらい飲んでから書けばよかったかもしれません(笑)。もちろん書道は初めてでしたが、素晴らしい体験でした。さきほど書道には直線と曲線があり、マカンにも直線と曲線があるという話をしました。もしかしたら、ですが、岡西さんの頭のなかにはマカンを表す漢字を思いついているのでは?」
ポルシェの各モデルを書に記したらどうなるのか。書の新しい解釈に話は尽きない
フィリップ社長は大げさにふう、と息を吐き出しておどけた表情をしてみせると、岡西さんにある提案をする。
それは、はじめての書道の体験のお返しに、千葉県木更津市にあるポルシェ・エクスペリエンスセンター東京(PEC東京)に岡西さんを招待し、最新のポルシェでドライビング体験をしてもらったうえで、そのインスピレーションから書を作成いただき、クルマとともに展示させていただくのはどうか、というもの。
日本の伝統文化を体験したフィリップ社長から、ドイツの伝統的なブランドであるポルシェ体験のお返し。存分にポルシェの性能を発揮できるPEC東京で、岡西さんのインスピレーションからどのような文字が書かれるのだろう。実現の折には再度、そのレポート記事を組まなくては。
フィリップ・フォン・ヴィッツェンドルフ
ポルシェジャパン代表取締役社長。メルセデス・ベンツのカナダ、ドイツおよび海外市場での管理職などを経て、2019年4月からドイツのポルシェ直営リテールハンブルク取締役会長。2022年7月1日より現職。
岡西佑奈
書家/アーティスト。6歳から書を始め、栃木春光に師事。高校在学中に師範の免許を取得。水墨画は関澤玉誠に師事。書家として文字に命を吹き込み、独自のリズム感や心象を表現し、国内外で多数受賞。自然界の「曲線美」を書技によって追求し、「自も他もなく、全ては一つであり調和している」という、自然と人間、万物の調和が世界平和の一助を担うという信条を持ち、創作活動を行う。2019年より『アートプロジェクト真言』を主催。日本橋三井タワーや奈良・東大寺で展覧会とパフォーマンスを行い作品を奉納、地球環境問題への啓蒙活動を精力的に行う。作品集「線の美」(⻘幻舎・2019) 。
                      
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