F1はつまらない、をピレリが変える|PIRELLI
2014 FIA Formula One World Championship
F1はつまらない、をピレリが変える
イタリアのタイヤメーカー「ピレリ」が、F1にタイヤ供給をはじめた2011年から今年で4年目を迎えた。今シーズンは大幅なレギュレーション改定がおこなわれ、パワーユニットはターボとERS(エネルギー回生システム)を組み合わせたものへと変更。各チームがクルマとタイヤのマッチングに例年以上に注視するなかで、ピレリとフェラーリは2014年をどう闘ったのか。その舞台裏に迫った。
Text by YONEYA MineokiPhotographs by SAKURAI Atsuo
“攻めた”タイヤをF1の世界に持ち込んだピレリ
F1の世界には、“クリフ”という言葉がある。
直訳すれば崖。まさしく崖を下るようにある瞬間から急激にタイヤのグリップが落ちることを指して、F1界の人々はピレリタイヤのことをそう言うのだ。世界中の市場で高性能かつ安全なタイヤを売らねばならないタイヤメーカーにとってそれは、決して歓迎すべきことではないかもしれない。しかしピレリのエンジニアたちはむしろ、その評判を誇らしげに受け止めている。なぜなら、それこそが彼らの狙い通りだからだ。
中国GPでフェルナンド・アロンソが今季初の表彰台に立った裏で、フェラーリのタイヤ戦略を担う浜島裕英エンジニアは冷や汗を掻いていた。
「これを見てください、もうほとんどゲージが残っていない。トレッドの真ん中なんて、もうないでしょ? クリフになる完全摩耗に限りなく近いところまでいってたんですよ」
走行を終えてピットガレージ裏に並べられた何本ものタイヤを見ながら、浜島は言った。ピレリの“クリフ”は、トレッド表面のゴムが完全に摩耗してなくなることで起きる。グリップを生むためのゴムがなくなるのだから、1周で何秒も遅くなるのは当然のことなのだ。
ドライバーはタイヤの状態を感じ取りながら、ゴムを使い切らないようにマシンを操らなければならない。タイヤエンジニアは、フリー走行などで蓄積したデータを元にタイヤの最適な扱い方をアドバイスする。そうやって今のF1は成り立っている。それを上手くやることで、小が大を喰う展開も起こりうるというわけだ。
「タイヤによって波乱が生まれ、バトルが生まれ、F1が面白くなる。それこそが我々の狙いなんだ」
ピレリのモータースポーツダイレクター、ポール・ヘンベリーは語る。
「300km保つタイヤを作ることは簡単だ。しかし、それではバトルのない淡々としたレースになるだけだ。だがタイヤの性能変化が大きければ、その過程でさまざまなドラマが起きる」
彼らはタイヤメーカーとしては賭けとも言える、かなり“攻めた”タイヤをF1の世界に持ち込んでいるのだ。しかし、ともすればレースの中で軽視されがちなタイヤにこれだけの注目が集まり、ピレリが存在感を示すのもそのためだ。そしてピレリのタイヤは“クリフ”のみならず、走るうちに刻々とグリップレベルが低下していくようにデザインされている。
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熱と闘うF1のタイヤ
各グランプリには4種類のドライタイヤのうち2つが投入されるが、その一方はやや硬めで遅くとも安定した性能を発揮するプライムタイヤ、そしてもう一方は最初は速くてもすぐに遅くなるオプションタイヤという割り振りになっている。レースではその組み合わせの妙が戦略を分けてドラマチックな展開を生むというわけだ。
「今年はパワーユニットがターボとERS(エネルギー回生システム)を組み合わせたものに代わって、トルクがものすごく大きくなりました。だからリアタイヤのホイールスピンは要注意です。それをやってしまうと、タイヤの温度が上がってオーバーヒートしてしまいます。そうするとグリップが失われてしまうし、余計に滑ってさらに温度が上がるという負のスパイラルに入ってしまいますから」
ソチオリンピック会場の半公道エリアを利用しておこなわれたロシアGPでは、スタート直後に追い抜きを仕掛けたニコ・ロズベルグが派手なロックを犯し、それだけでタイヤをダメにしてしまった。
その他にもタイヤスモークが至る所で見られ、「タイヤが真四角になってしまった!」と無線で叫んだドライバーもいたほどだ。エンジン音が小さくなったこともあって、タイヤが“鳴く”スキール音があちこちで聞こえるようになった。
「今年のタイヤは、パワーユニットの強大なトルクに合わせてゴムが硬めに設計変更されています。だから滑りやすい。そうなると熱の扱いも難しいんです」
レース中はタイヤの性能変化を常にチェックし、どのタイミングでタイヤ交換に呼び入れるのかを弾き出す。もちろんどのチームも事前に入念なシミュレーションをおこなった上で何通りもの戦略プランを用意しているのだが、それでも想定通りに進まないのがレースの難しさであり面白さだ。
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タイヤを味方に付ける走り
単刀直入に言って、今シーズンのフェラーリF14 Tは全チームの中で4番目か5番目に速いマシンでしかない。つまり、名手アロンソとキミ・ライコネンをもってしても表彰台を争う力などないのだ。それでもアロンソが中国GPやハンガリーGPで表彰台に立つことができたのは、タイヤを味方に付けたからにほかならない。
ライコネンは「マシン特性が変わることよりもなによりも、タイヤの特性に合わせ込むことが最大の課題だ」と今シーズンの苦戦の理由を語っている。常に100%プッシュしていたのでは、タイヤはあっという間に終わってしまう。レース戦略を考え、マネージメントする腕と知性が必要とされる。ただがむしゃらに速く走るだけではない、総合的な能力が問われているのだ。
アロンソはこう語る。
「ドライバーとしてはもちろん、誰だって毎ラップ毎ラップ、少しでも速く全力で走りたいものだよ。でも今の僕らにはそれはできない。タイヤのデグラデーション(性能変化)があるからね。最適な戦略を実現するためのピットストップの目標周回数まで走れるように気をつけながら走らなければならないからね。
ショーとしては面白いし、とても良いレース、とても良いバトルが展開されていると思うし、すごく良くなっているとおもう。他のカテゴリーと比べても、F1は素晴らしいショーを提供しているとおもうよ」
浜島は毎日のように夜遅くまでチームとのミーティングをおこない、「いつも大変ですよ」と言いながら暗くなったパドックを後にする。しかし、その顔には跳ね馬のレースを支えているという自負とやりがいが感じられる。
ピレリがF1に参戦してからの4年間で、同社の全世界的な認知度とシェアは大幅に向上したという。スペックごとに6色に色分けされたキャッチーなロゴやタイヤウォーマーへのロゴプリントなど、各所でその存在感を誇示すべくプロモーションにも力を入れている。
そしてなにより、彼らが“攻めた”タイヤでF1のショーアップに大きく貢献していることを軽視すべきではないだろう。