Twiggy(ツイギー)|Vol.11 松浦美穂の宿選び(後編)
Twiggy|ツイギー
Vol.11松浦美穂の宿選び(後編) 1
1990年から主宰するヘアサロン「ツイギー」で、各誌ファッション誌で、つねにモードの先端を提案しつづける人気ヘアスタイリスト 松浦美穂さん。そんな彼女が数年来抱いてきたプロジェクトが、昨年実現した。それは、自社で展開する“オーガニック系のシャンプー&トリートメント”。日々科学的な飛躍が目覚ましいコスメ業界において、モードの先端を行くひとが、なぜ「オーガニック」に注目しつづけてきたのか……この連載で、その秘密を紐解いていきます。
語り/写真=松浦美穂まとめ=小林由佳
かたちにとらわれない自由な発想は、アーティストにとって必要不可欠なもの。それには日々あらたな発見を体感し、咀嚼するセンスも必要です。松浦さんは、これの多くを旅から得ていると言います。アンテナに触れたら、ドアを開けずにはいられない好奇心。そしてそれは単なる知的欲求を満たすだけでなく、旅から帰って来てからの、自身のライフワークに如実に影響しているそうです。“休暇”でも“現実逃避”でもなく、探究心を満たすという明確な目的をもった松浦さんの旅のかたちは、やはり魅力的です。
――前回御紹介いただいた“オーナーのセンスに触れる宿”とはちがう体験を、セネガルでされたそうですね。
私の旅はほとんどの場合“ひとりウルルン滞在記”ですよ(笑)。文化や習慣の異なる場所に飛び込む体験は、本当に楽しいものです。今から12年ほど前に『ウルルン滞在記』という番組で西アフリカのセネガルにヘアメイクの仕事で行くことになりました。番組制作がはじまった当初、まだ放映もされていないころで、ディレクターさんも模索しながらの取材でした。本当に仕込みナシの現場勝負だから、スタッフみんなで“ここからどうしようか”の連続。でも、ディレクターがスタッフの意見もよく聞き入れて下さって私自身も「これ良いと思う」とか「そんなことはしないと思う」とか意見を出させていただいた旅になり、まるでこのスタッフ全員が本当に一緒に旅をしている感覚でした。ドタバタだったんですが、本当におもしろい旅だった。
――でも、イビザやジャマイカとはずいぶん環境も異なりますね。自然ど真ん中というか……
もう大変なことだらけでした。まず最初はハエとの戦いでした(笑)。たとえばカフェオレの入ったカップのふちに、本当に隙間なくハエが止まっている。追い払ってもまたもどる。うーん、カフェオレ飲みたいんだけど……みたいな(笑) でもね、1日目は飲めずにカップを見て悩み、2日目で“ハァーどうしよう”と考えていると、3日目は“もう飲んじゃった”って慣れるんですよね(笑) そんな自分に驚きつつ、人間ってやっぱりこうなんだ、やっぱり人間っておもしろいなって思うんです。
食事に招かれたお宅にお邪魔したときも衝撃的でした。お手洗いに行ったら、トイレ用の穴の横に、ヤギの首がポンっておいてあるんですよ。そりゃあ最初は“ヒッ!”てなりますよね(笑)。でも怖いと思いながらも「あぁ、ここではそうなんだ」と納得してトイレを済ませてしまう。そして出てきたら、「はい、今日の料理はヤギ肉料理ですよ」みたいなことになってる(笑)。おいしいんですけどね、さっきのヤギの頭の残像がずっと頭に残っているわけです。しかもそのヤギは名前もあるこの家のペットだったりして。もう、冷や汗がダラーっと出てきちゃう。さらに次の日には、昨日食べたヤギの皮が壁に貼ってありました。あ、昨日食べたコ……みたいな(笑) それは乾いたらジャンベ(打楽器)の皮にするそうです。つまり無駄は一切ない。その皮で作ったキーホルダーをいただいたときに、「これからこういう旅をしていくんだな」ってなんとなく思いました。
女性は男性に比べて意外と体が強くできていると感じたのも、セネガルで気づいたことでしたね。スタッフの男性陣全員おなかを壊したのに、女性2人は最後まで元気だった。モロッコに行ったときも家族の女性陣は無事でした。女性はいい意味でいい菌をもってますね。だから、もっと普段からオーガニックを食べるべきだと思うんです。スーパーマーケットの野菜は殺菌、無菌状態がほとんどなので、裏を返せばいい菌もない状態。そんな、菌が入ってないものばかり食べていると、菌が多い場所で一気にダメージを受けるんですね。ハエが一匹止まったカップを使っただけでお腹を壊しちゃうわけです(笑)。
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Vol.11松浦美穂の宿選び(後編) 2
――やはり、滞在先でのカルチャーショックがいちばんの刺激なんですか?
そうですね。カルチャーショックは大きいかもしれません。自分が今まで何十年間も生きてきても、まだ体験していなかったこと。でもこれはセネガルのような特別な場所でなくとも、ロンドンにいたときだっておなじこと。ロンドンに住んでいたとき、ガスが出なくてガス屋さんに電話したら一週間は来れないって言われたときも、やっぱりカルチャーショックを受けました。一週間来ないって、それ一週間お風呂に入れないってこと(笑)。でもこういうカルチャーショックがあるあいだ、私はワクワク感と好奇心というものを忘れないでいられる。絶対にその気持ちが自分の仕事にもつながるんですよ。
旅先での経験、滞在先でのひととのふれあいが、私がお客さまに何かを与えられることにつながるのはまちがいないと思うんです。ワクワクドキドキ、好奇心、快楽、これは生きていく中でずっと繰り返したいじゃないですか。旅先で得られるカルチャーショックは、これを維持するためにはいちばん簡単な方法なんじゃないですか? 普段出会えないようなひとに接したくなる、不思議な場所だ、あのひとは変わっていると聞けば聞くほど、私は興味を抱いてしまうんです。それはいつまでも抱きつづける好奇心で、それが自分の旅にすべてあらわれている気がします。もちろん最初は“怖そう”“えー、あんなところに?”って思いますが、ギィーってドアを開けたくなる気持ちは抑えられないんですよね。そして“ワーッ! 見ちゃった見ちゃった”みたいな発見が、たまらなく楽しいんです。
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Vol.11松浦美穂の宿選び(後編) 3
――今年の年末にはブータンへの旅も予定していらっしゃるとか。
思い立ったときは今年初めに予定していたんですが、お客様で気学に精通している方がいらして、それを話したら「12月のほうがいいわよ」とアドバイスしていただいたんです。それを無視してまで強行する理由もないし、そういうキッカケでまたいろいろなことが変化していきますよね。だから予定を年末にずらしました。そうしたら、さらに別の知人からブータン人の友人を紹介していただいたりして、出発までに情報収拾の時間もできたし、行ってから何をするか、誰に合うかなどじっくり考えることもできそうです。
ブータンには、鶴が降りてくるために電柱を立てず、電気を通さないという村があるんです。その村にある唯一のホテルはアマンですが、高級ラグジュアリーホテルでも、そこに本物の良さがあるなら興味も湧きますね。もちろん出発までの時間を使ってブータンの高級民宿も探しますが(笑)。旅は宿次第でいかようにも変化すると思います。その国を、少し距離をおいて見たいと思えば高級ホテルに滞在すればいいし、もっと深く入りたいなら自炊用キッチンもあるような小さなホテルを選べばいい。旅って、渡航先の宿選びの段階から、今の自分を深く分析できる瞬間が始まっているのではないでしょうか。
――ブータンや、以前訪ねたラダックには、異国文化体験にも得るものあると聞きました。
私が日本で生活するなかでいちばん気になっているのは、「国民幸福度」というキーワードです。オーガニックや健康にいくら気をかけていても、結局、日本の国民幸福度が高くなければこれらは意味がないですよね。「国民幸福度が高い」ということが、資源の有無や世界水準と比較した経済状況ではなく、本当にその国の国民が心豊かに生活できていることを指すなら、その見本のような生活をラダックでの滞在で経験したと思います。そして、外国から入ってくる異文化や最新のテクノロジーに溺れたり追われることなく、“何を豊かにして、何を削るか”をきちんと意識して国に取り入れているのが、ブータンの首相の考え方なのだそうです。この方にはぜひ会ってみたいですね。
自分たちの子どもが、「国民幸福度ナンバーワンの日本で生まれ育ちました」って言えたらうれしいじゃないですか。自分たちがそうだったらもっとうれしかったけど(笑)。精一杯自分たちが何かして、努力をして、最終的に次世代に繋ぐときに、やっぱり日本っていい国だよねって言われたい。そのために私たちはちょっと頑張ってみる…生きる目的って、最終的にそこにあるような気がするんですよね。以前お話しした……日本から見たら足りないものだらけなのに、必要最小限でしかも一切の無駄を出さず、それでもみんな幸福感に満ちた顔をしている……という国の風景は、まさにそれを実現したような世界でした。おいしいもの食べて、いいものを着て、いいホテルに泊まるだけ旅はもうしないと思います。それよりも、旅先で本当に住みやすそうな理想的な環境に出会い、自分の国の在り方を見直す旅のほうが、心豊かになれますよね。