Twiggy(ツイギー)|Vol.5 ヘアスタイリストの“お米づくり”
Twiggy|ツイギー
Vol.5 ヘアスタイリストの“お米づくり”
1990年から主宰するヘアサロン「ツイギー」で、各誌ファッション誌で、つねにモードの先端を提案しつづける人気ヘアスタイリスト・松浦美穂さん。そんな彼女が数年来抱いてきたプロジェクトが、今秋、実現しようとしている。それは、自社で展開する“オーガニック系のシャンプー&トリートメント”。日々科学的な飛躍が目覚ましいコスメ業界において、モードの先端をいくひとが、なぜ「オーガニック」に注目しつづけてきたのか……この連載で、その秘密を紐解いていきます。
まとめ=小林由佳語り=松浦美穂写真=佐藤孝次
最近、念願だった自家菜園をはじめたという松浦さん。ツイギーのサロンの屋上や自宅の庭で、レタス、白菜、水菜などを育てています。趣味や遊びではなく、これもロンドン生活を発端に培われた“自分育て”のチャレンジ。「アーティストとしてCREATIVEを考えたとき、まず自分にできる“自給自足”をベースに考えてみようと思ったんです。根本を知るというか……」。そしてこの菜園よりもずっと先にはじめているというのが、お米づくり。モードの先端で活躍する松浦さんがお米づくり?……唐突な組み合わせのようですが、そこには松浦さんの確固たる信念がありました。
Q.自家菜園やお米づくりは、健康や食の安全を考えてはじめられたんですか?
いいえ、もちろんそれも大切なことですが……ロンドン時代に小さな庭で、当時ビジュアル重視のガーデニングが主流だったにもかかわらず、ハーブや野菜を作っているひとたちを見かけたり、ヨーロッパ方面の自給自足率の向上を知ったり、旅を通じてさまざまな「知恵」を知ることができたからだと思います。そして、ラダック(インド北部)を訪れたとき。デリーから約1時間のヒマラヤ山脈の麓のこのエリアには、日本が忘れていた生活みたいなものが残っていました……。家の前では自分たちが食べるための野菜を育て、ティッシュ1枚でも捨てずに火を起こすための資源にとっておく。とにかく、ゴミが出ないんです。まったく。そもそもゴミ箱がない(笑) ゴミは、100パーセントリサイクルしていました。もちろんトイレも。ラダックの住宅のトイレは、居住できるくらいの大きなひと部屋なんです。床一面に土が敷かれていて、部屋の中央に穴がひとつ空いているだけ。で、周囲にホウキやシャベルみたいな道具があります。どうするんだろう? って思いますよね?
このトイレは、排泄物を土に埋めてしまうんです。乾燥した気候なので、それはすぐに砂状になる。そしてある程度溜まったら、中央の穴に入れる。それを燃料や腐葉土を作るために資源とする。この土が野菜を育てる肥料になり、人間や家畜がその野菜を食べる……「ああ、日本も昔こうだったんだろうなぁ」と感じました。こんなことは現在の東京では無理だとしても、せめて野菜や穀物を自分たちの手で作ってみるのもいいかな? とは思いはじめました。「食」が「マインド」を生み出す。「食べる」ことで細胞ができる。肉を食べればエネルギーの上昇が早く、腹を立てることも多くなる。野菜を食べれば「共存」心が芽生え、おだやかになると誰かが教えてくれました。クリエイションの役に立てる考え方だと感じたこともありました。
Q.帰国後、さらにインスパイアを受けることがあったそうですね。
その数年前にいつもお仕事を一緒にやらせていただいている大貫妙子さんがちょうどそのときにNYから戻った坂本龍一さんと会話をしていてその会話がそれとなく耳に入っていたんです。そしたら、このおふたりの会話がとても未来的というか……作物を作ることの大事さについてお話していました。その後、大貫さんとそのことを雑談していて、たまたま夫の実家が秋田だと話したら、「じゃあそこでお米づくりできるじゃない?」って言われて……ラダックでの経験をしたときにその当時のことを思い出して、まるで点と点がつながるように結ばれて、「あっ」って気づいたんです。
当時大貫さんはすでにお米づくりをはじめていて私が「やろうかなぁ?」と言うと「絶対やったほうがいい!!」と薦めてくれました。「減反」という言葉を初めて教えてくださったのも、大貫さん。10数年前は「減反」の意味も知らなかった(笑)。でも、対外政策で輸入米を取り入れるために国内のお米の生産量を減らすって、ヘンな話でしょう? 減反対象になった田んぼは大豆などを作るか、その耕地自体が放置されてしまう。減反されても補償金は出ないから、農家の方は泣き寝入りみたいなものですよ。これは結果的に過疎化にもつながってしまうし。実際、お米づくりができる田んぼを探しに秋田に行ったときも、実家のすぐそばに減反政策で使われなくなっていた耕地がありました。
Q.じゃあ、松浦さんが見つけた耕地は、偶然の出会いだったんですか?
ええ。義母にこのことを相談したら、ちょうど家の近くで、ジュンサイが獲れるほど水がキレイなところなのに、減反になった土地があると教えてくれたんです。早速そこを訪ね、持ち主の方にお願いをしました。使われていない田んぼを復活させていただき、ここで獲れるお米に対してお支払いするという契約を相談したんです。
現地に行ってみると自然界の宝庫のような山をバックに、ジュンサイ畑と田んぼが並んでありました。山の雪解け水が、ジュンサイ畑を通って私たちの田んぼに流れてくる。春には山菜、秋にはきのこの栄養がいっぱいつまった水……。なんとおいしそうなお米が作れそう!! 有機米ならお米を作りながら3年は土を寝かせる必要があると言われましたが、私たちも田植えと稲刈りには是非来ますので是非お願いします……と。はや5年の年月が経ち、毎年田植えや稲刈り、草取りに行っています。
ラダックで見た自給自足、大貫さんから聞いた減反の話、どれも繋げようと思ったこともないのに、自然と繋がった。これでもしかしたら、お米だけでも自分たちが食べる分を自分たちで作ることで、ムダのないことができるんじゃないかと思ったんです。同時に、子どもたちも連れて行くことで「何か」伝えられそうな気がする。これはいいチャンスでした。成長しても、普通にお米を作れるひとになるんじゃないかな。そういう期待もあります。子どもたちの未来は、言葉よりも行動で伝えていきたいと常日頃から思ってはいるつもりです……。まだまだ努力が必要ですけどね。
余談ではありますが……秋田の農家は収穫したお米を農協に安い値段で買いとってもらいます。このままではいくらいいものを作りたくても作れません。そしてそれはクオリティーの低いビジネスに繋がっているだけではないでしょうか? あとを継ぐ世代も減少してきています。私たちは直接農家からこだわりのお米をつくってもらい(コラボレーションの感覚です)、おいしいお米を適正価格で購入しています。農家の人たちもよろこび私たちも喜んでいます。もしいろいろな方たちが直接農家からお米や野菜を購入することができたら、もっと相乗効果につながるのではないでしょうか? 昨今では外国とのフェアトレードがひとつのブームになっていますが、私たちの足下である国内の正当なフェアトレードが成立すると日本の自給率がもっと向上するのではないでしょうか?
Q.お米づくりは、松浦さんにとって必然だったんですね。
「健康になりたい」とか「エコがいい」ももちろんですが、自分たちが家で食べる分くらいの素材を自分たちで作れたら理想かな、と……。だからと言って農業の環境に身を置くやり方は、今の自分には無理がある。自分らしさを消してライフスタイルを変えていくには、相当タフじゃないとできません。でも両方とも大事だから、両立するやり方を見つけた……これは自分の心地いいところにもどるためのアクションだからこそできたと思います。稲作をはじめて早や6年目。農業ができる環境にわざわざ移り住まなくても、東京にいながらにしてできるにわか農業でも可能になること、それが今の自分にできる精一杯ということをやりたかったんです。
私がいつも思うのは、プラマイゼロの考え。私たちの世代は80、90年代にやりすぎちゃったから、ちょっとプラマイゼロで元にもどろうっていう発想です(笑)。でもそれ以上に、東京で美容室をやっていればどうしても環境を汚してしまうから、原点にもどりたくなるのは当たり前かなと思うんですよ。自分に無理のない範囲で少しずつ頑張りたいと思うんです。長年思い描いてきた今回のプロダクトも、その製品づくりの根本と最終目標に「自給自足」があります。ビューティ&ウエルネスの基本は食べてなかから体を育てることですから、美しさをつくるというクリエイティブを正面から捉えるためにも、まず食べものづくりからはじめたかったんです。