連載・田中 玲|其の五「卵冥利」
Beauty
2015年4月30日

連載・田中 玲|其の五「卵冥利」

其の五「卵冥利」

文=田中 玲写真=中川昌彦協力=PROPS NOW

秋の夜長。私は時計の針を気にせず夜通し読書に興じている。夏の短夜の後なので、一層夜が長く感じ、ますます読書に身が入る。

小説やエッセイなどの読み物のなかには、しばしば食べ物が描かれている。それらがあっさりとした描写であれば、どんなかたちでどんな食器で食べているのであろうか? と空想したり、余りにもきちんと描写されていると、途端に食欲が沸き、その大切に描写された食べ物を夜中に食べてみたくなるのだから、困ったものである。

作家の森茉莉とは、『甘い蜜の部屋』(ちくま文庫)という小説ではじめて出会ったが、その小説のなかの独特な世界と匂いに飲み込まれ、飛び切りお気に入りの一冊になっている。
世間的には森茉莉は「耽美派」に属するとされているが、彼女のエッセイを読むと、「飾り気の無い、自分が美しいと思ったものが好きな正直で可愛らしいひと」という印象を受ける。簡単に「耽美派」と括れない「森茉莉の世界」なのである。

とりわけ彼女は食に対して数々のこだわりがあって、しかも彼女ならではの世界のなかで。それらのこだわりにたびたび私は共感し、感動させられている。彼女の文章に出てくる食材の書き方、たとえば、「麺麭(パン)」「牛酪(バタ)」「洋杯(コップ)」「肉汁(スープ)」など、ほかにも食べ物に限らず彼女の好みを反映させた素敵な漢字がちりばめて輝いているところも私の心を惹きつける。彼女のエッセイのなかでとくに私が好きで、素敵なのが「卵」というエッセイである。

「<前略>私の卵好きはたべることだけではない。まず形がすきで、<中略>あの一方の端が少し尖った、不安定な円い形が好きだ。楽しい形である。<中略>朝の食卓で、今咽喉に流れ入った濃い、黄色の卵の、重みのある美味しさを追憶する時、皿の上の卵の殻が、障子を閉めたほの明るい部屋のように透っているのを見るのは、朝の食卓の幸福である。卵の味には明るさがあり、幸福が含まれている。」(ちくま文庫 森茉莉著 『記憶の繪』より引用)

引用文が長くなってしまったが、卵ひとつにこれほど(全文にはもっと沢山)の魅力と楽しみをもつことができることを羨ましくも憧れてしまう。日々、いろいろなものを口に入れて、おいしいだの、おいしくないだのそんなことばかりに気を取られないで(食べ物にとっておいしさは重要だが)、ひとつひとつの食べ物にもっと興味と関心をもって、精一杯楽しんで食事をすることの大切さ。そうすれば、食べ物の栄養も隅々まで行き渡り、こころも身体も美しくなるような気がする。

森茉莉の感性は、私を刺激し目を覚ませてくれる。共感するだけでなく、「美しい」だけではすまされない、自分の思い描く「本物の美」とは何なのだろうと考えさせられる。まずは私も大好きな卵を見つめることからはじめてみよう。

私の好きな卵料理はシンプルなオムレツで、森茉莉も好んでよく作っていたようだ。フライパンにバターを溶かし入れ、卵を三個(一番作り易い量)流し入れ、いくらか固まりかけたら箸で手早く、軽くかき回し、鍋を動かして卵をゆすり、中の方が半熟のときに三つに折って、塩こしょうを振って出来上がり。たまに具材としてサイコロ状に刻んだトマトを入れるのも、味だけでなく黄色と赤の色合いが綺麗でとても好きである。

幸福に包まれている卵の美しい表現に尽きる卵冥利。

「卵料理の最初の楽しみ! 何といっても卵を割る瞬間です」

           
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