ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード試乗
ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード試乗(1)
まぎれもなく4ドアのスポーツカー
英国のスポーツカーメーカー、アストン マーティン・ラゴンダは2009年に発表したアストン マーティン・ラピードのジャーナリスト向け試乗会を開催した。ラピードは「世界でもっとも美しい4ドアのスポーツカー」とメーカー自身が謳うモデルで、6リッター12気筒エンジンをフロントに搭載した後輪駆動車。2268万円と価格発表されている。デリバリーは6月からになる模様。
文=小川フミオ
誰がどんな角度から見てもアストン マーティン
アストン マーティンが5,019mmのボディに前後のドア、そしてテールゲートを備える同社にとって初の4ドアとなるラピードの試乗会の舞台として選んだのは、スペイン・バレンシア。地中海に面したスペイン南東部の地方で、州都バレンシアはアメリカズカップやF1グランプリでも知られる。ラグジュリアスな雰囲気がアストン・マーティンというブランドに合うだけでなく、山岳地帯を背後に控えるためスポーツカーのドライブにも適した土地だ。
「2ドアモデルと強い近似性をもったデザインを特徴としたモデルです。すなわち筋肉質のボディと洗練された面の作りこみという点でラピードもアストン マーティンの一族です」とはアストン マーティンが用意した広報資料にある解説。
たしかに実車は誰がどんな角度から見ても、アストンマーティンだと分かる。微視的に見ればフロントグリルまわりとか、側面のサイドストリークと呼ばれる前輪後ろに設けられたクロームのアクセントの意匠とかにちがいはあるのだが。プラットフォームの一部を共用しているDB9に対して全長が309mmも長い4ドアボディをみごとに「アストン マーティン」化している。
DB9とパワーもトルクも同一のエンジン
エンジンは350kW(477ps)の最高出力と600Nm(61kgm)の最大トルクを発生する5,935ccV型12気筒で、パワーもトルクも数値上はDB9と同一だ。メカニカルレイアウトも、エンジン/クラッチ→プロップシャフト→コンバーター→トランスミッション→ ディファレンシャルギアという並びがDB9と同一。トランスミッションはラピードの場合、DB9のようにマニュアルは用意されずタッチトロニック2と呼称される6段オートマチックのみ。全高はというと、2ドアのDB9が1,300mmであるのに対してラピードはわずか60mmプラスの1,360mmに抑えられている。
「ラピードがほかのアストン マーティンのモデルと似ているのはなぜか、ですか。ひとつには、あまり大きく変えると、顧客は自分が切り捨てられたと思うものです。ただし、2000年のモデルと2010年のモデルを較べてもらえば、明らかに変わっているのがわかるはず。言ってみれば継続する変化こそアストン マーティンのモットーです」
デザイン部長のドイツ人、マレック・ライヒマンはそう語る。いっぽう、前後ドアのあいだにあるいわゆるBピラーを内側に入れてサイドウィドウは1枚のガラスに見えるようにしたり、強いエッジをもったキャラクターラインをサイドに入れるなど、ラピードだからこそのデザインも採用されている。それが美しい効果を上げている。
サイドウィンドウはそのようなデザインを実現しながら車内への透過音を抑えるため、あいだにラミネート膜をはさんだ二重ガラスとなっている。そこでエンジニアはドアを開くとき窓が少し下がり、走り出すとまず1段階上がり、さらに速度が上がると完全に密閉するシステムを作り出した。これによって室内の静粛性は向上するという。
ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード試乗(2)
まぎれもなく4ドアのスポーツカー
文=小川フミオ
ライバルはポルシェ パナメーラ
比較されるライバルといえばやはりポルシェ パナメーラだろう。ホイールベースは2,920mmとラピードが69mm短く、全長は4,970mmとパナメーラのほうが31mm短い。エンジンはパナメーラSが4.8リッターV8搭載で最高出力は400psとラピードの477psには及ばない。いっぽう、パナメーラ・ターボはおなじユニットが過給されて500psとなる。ラピードの日本での価格は2268万円と発表されている。パナメーラSは1374万円、パナメーラ・ターボは2061万円。価格ではだいぶ開きがある。
はたして実際に目にしたラピードは美しいクルマだった。前245、後ろ295の20インチ・ポテンザタイヤを装着した力強さと、「パナメーラより低い」と前出のライヒマンが自慢?する全高(パナメーラの1,420mmに対して60mm低い1,360mm)によるばかりか、たしかにドアは4枚なのに、スポーティさをもってなるアストンマーティンのデザインアイデンティティが失われていないのには感心するばかりだ。画像よりも実物のほうが美しく、とくに見る角度によってあたらしい発見がある。オーナーにはそんなよろこびをもたらしてくれるクルマだ。
ドアは開口部を大きくとるため、斜め上のほうに開く独特な構造をもつ。これをアストンマーティンでは「スワンドア」と呼ぶが、たしかに後方から見るとそれがよくわかる。後席用のドアにはダンパーが組み込まれていて、不用意に閉まることがないようになっている。後席への乗り込みは大型セダンとおなじとはいわないが、それでもつらくはない。
実用性が話題にのぼる初のアストン マーティン
運転席に座ると眼の前に展開するのは、まさしくアストンマーティン以外のなにものでもない。「トルース・トゥ・マテリアルズ」という同社のモットーに従い、ウッドに見えるものは本物のウッド、アルミニウムに見えるものは本物のアルミニウムといった具合にすべて本物の素材で構成された室内には質感のある輝きが満ちている。タッチトロニックのセレクターボタンをはじめ、アストン マーティンを運転したことがあるひとなら迷わずすぐに走り出せるだろう。
シートは薄いが座り心地よく、からだをサポートしてくれる形状の面でも優れる。今回はリアにも左右で独立したシートが備わったわけだが、こちらも見た目がよく、素材感も充分にある。荷室に長尺ものを積むときはリアシートのバックレストを前に倒すこともできる。アストンマーティンでそんな実用性が話題にのぼるなど、かつてなかったことだったろう。ただしコンバーター、トランスミッション、ディファレンシャルギアを収めたハウジングが室内にも張り出しているため、後席の乗員は少し高めのセンターアームレストを与えられたことになる。
ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード試乗(3)
まぎれもなく4ドアのスポーツカー
文=小川フミオ
レースカーを連想させる甲高い排気音
走り出すと1,950kgの車体とは思えないほどの活発さを見せる。さらにセンターコンソールのスイッチでスポーツモードを選択すれば、シフトのタイミングが遅くなり加速性が格段に向上する。そのとなりにはダンパーの固さをスポーティにするためのスイッチも並んで設けられている。スポーツモードを選んだほうが活発に走れてスポーツカー的なキャラクターを堪能できる。
ダンピングのほうは好みがわかれるところで、ノーマルモードで充分楽しいドライビングができた。本当に速く走らせたいならこちらをスポーツモードにし、かつトラクションコントロールをオフにするというドライビングを選択することもできるが、ラピードには適度なスポーツさが合っていると思う。「適度」といっても充分速いのだが。
ノーマルモードでは3,800rpmを超えると排気管に設けられている電動フラップにより、排気のバイパスシステムが作動する。それにより排気干渉が少なくなりパワー効率は上がり、副次的にはレースカーを連想させる甲高い排気音が聞こえるようになる。スポーティな高級車ではたいていのメーカーが採用しているバイパスシステムだが、アストンマーティンの場合はエンジン作動時と3,800rpmにひときわレースカーの出自を誇示するような音を聞かせてくれる。ちなみに3,800rpmの理由は英国をはじめ大陸で常用速度域の時速100マイルを少し超えるところだから、だそうだ。
車体をまったく意識させない俊敏さ
ラピードは高速道路では安定したハイスピードクルージングを見せる。ハンドルは中立付近で落ち着いていて、高速域まで神経質さを感じさせない。ここではシフトスケジュールもダンピングもノーマルモードで充分ラピードを楽しむことができる。ノーマルモードでも高速の中間加速ではかなり敏捷だ。フロントのウィンドシールドをはじめ、サイドウィンドウが騒音対策として二重になり、さらにドアミラーがドアマウントになったことで、室内の静粛性は高い。くわえて2,989mmと長いホイールベースの恩恵で乗り心地もよく快適性は高い。
バレンシアの中心地から郊外へ出ていく高速道路では最初は高速をテストしてみたくなるが、すこし落ち着いてからはオプションのバング&オルフセンのオーディオによる音楽を聴くなど、リラックスモードでラピードを味わってみた。リアシートは大人が座れないこともない。しかしフロントミドシップに縦置きされた12気筒エンジンと、先述したとおりリアにトランスミッションの主要部品を抱える構造的な特徴のため、前後方向の空間も限られている。リアシートの座面の傾斜はややフラットなので、腿が浮きぎみになる。そのぶんバケットタイプの形状ゆえ乗員を側面から支えてくれるのだが。
いっぽうワインディングロードではスポーティな性格を見せる。「4ドアのスポーツカー」とアストンマーティンが定義しているとおりだ。バレンシアの郊外には山岳地帯が多く、道幅も意外に広いので、比較的高めの速度でドライビングができる。とくにダンパーの設定を硬くして、トランスミッションもスポーツモードにすれば、比較的大きめな車体をまったく意識させない俊敏さでコーナーを駆け抜けていける。ハンドルはやや軽めの設定で、これを疑問視するジャーナリストもいたが、個人的には嫌いではない。路面の状況がよくわかるし、車体の反応速度も速いから、問題を感じなかった。でもひょっとしたら、そのうちなんらかの調整がおこなわれるかもしれない。
加速感、そして強力なブレーキによる減速感は、スポーツカーメーカーの手がけたクルマゆえだろう。ただしテストした日は、オレンジで知られるバレンシアとは思えないほど寒く、市街地では雨だったのが、標高が高くなるとみぞれに変わってしまった。なのでみぞれでも安定して走ることができることはわかったが、コーナリング特性の奥行きを充分に見ることはできなかった。
ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード試乗(4)
まぎれもなく4ドアのスポーツカー
文=小川フミオ
標準モードでは以外なほどソフトな足まわり
ラピードで特徴的なことは、標準モードだと意外なほど足まわりの設定がソフトなことだ。中速コーナーでは80km/hぐらいで操舵するとフロントが意外に沈みこんでいく。それで操舵に影響が出るというわけではないが、2ドアモデルのオンザレール感覚のコーナリングとはまたちがう、独特のものだ。とくにトランスミッションもノーマルモードだと、のんびりした、と形容したくなるようなドライビングになる。
アストン マーティンの海外試乗会には時どき足を運ぶが、今回のラピードは、同社初の4ドアとあってとりわけ熱が入っていた。「Opening Doors」というコピーがいたるところに掲げられ専用ウェブサイトも開設。細かいところだが感心したのは、夜会食のあと用意されたホテルの部屋にもどると枕の上に「Opening Doors」と書かれた小箱が載っていたこと。開けると鍵の形をしたチョコレートが入っていた。欧州のホテルに泊まったことがあるひとなら、安眠によいというチョコレートのサービスがあるのはご存知かもしれないが、扉と鍵の意匠を使うなど凝りに凝ったものだった。
機械式の複雑時計のよさにこだわりたい
ドアを4枚持つことでアストン マーティンは高級セダン市場の扉を開こうとしているのか? アストン・マーティンラゴンダのCEOを務めるドクター・ウルリッヒ・ベツにラピードの位置づけを尋ねた。
「ラピードはあくまで4ドアのスポーツカー。後席にひとを乗せるために買うクルマではありません。たまに3人での短い距離の移動が必要になったり、手荷物が多くなったりしたとき、後ろの席があると便利でしょう。そんなふうに考えてもらったほうがいいと思います」
後席の快適性でラピードを評価しようというジャーナリズムを牽制する意図もあるのだろうか。マーケットのほうが現実的で、子どもがいてもスポーツカーをあきらめたくないひとなどから、すでに問い合わせが多く来ているという。前席バックレストに、後席用にDVDなどを観られるモニターを埋め込んでいるのも、子どものためなのだろうか?
現在のクルマの潮流としてはエンジンをダウンサイジング(排気量を小さく)+過給だが、それについてドクター・ベツの考えははっきりしているようだ。
「たとえば6気筒エンジンを開発してそれにターボチャージャーを組み合わせるとかですね。技術的に難しいことではないですが、私としてはいってみれば機械式の複雑時計のよさにこだわりたい。その味わいをなくしては、高級車でなくなってしまうと思っています」
ASTON MARTIN RAPIDE|アストン マーティン・ラピード
ボディ|全長5,019×全幅1,929×全高1,360mm
エンジン|6ℓ V型12気筒DOHC
最高出力|350kW[477ps〕/6,000rpm
最大トルク|600Nm[61kgm〕/5,000rpm
駆動方式|後輪駆動
トランスミッション|6段AT
価格|未定