V8を搭載するフライングスパーを英国で試乗|Bentley
Bentley Flying Spur V8|ベントレー フライングスパー V8
ブランドの祖国で体感する、その価値
V8を搭載するフライングスパーを英国で試乗
ことし3月のジュネーブモーターショーにおいて、ベントレーの4ドアセダン「フライングスパー」にV8エンジンを搭載した「フライングスパー V8」が発表された。6リッターW12ツインターボを搭載する新型フライングスパーに、「コンチネンタル GT V8」譲りの4リッターV8ツインターボを搭載することで、全体のバランスはどのようになるのか。大谷達也氏が、ベントレーの祖国イギリスにおいて、大都会ロンドンから高速道路、そしてカントリーロードまでハンドルを握り確かめた。
Text by OTANI Tatsuya
“コンチネンタル ファミリー”からの独立
ロンドンの空は暗い灰色に沈み込んでいた。
私がロンドンを訪れたのは、ベントレーのニューモデル「フライングスパー V8」に試乗するのが目的である。昨年デビューした2代目フライングスパーは“コンチネンタルGT ファミリー”の一員だが、「コンチネンタルGT」が2ドアクーペもしくは2ドアコンバーチブルとなるのに対して、フライングスパーにはよりフォーマルな4ドアサルーンのボディが与えられている。
いっぽう、コンチネンタルGTもフライングスパーも、標準モデルは排気量6.0リッターのW12ツインターボエンジンを搭載しているが、コンチネンタルGTには排気量4.0リッターのV8ツインターボを積む「コンチネンタルGT V8」が2012年に追加された。今回、私が試乗するフライングスパーV8は、このコンチネンタルGT V8の4ドアサルーン版といえるだろう。
いや、こうしてコンチネンタルGTとフライングスパーの近似性をことさら強調されるのは、ベントレーの本意ではないはず。その証拠に、先代では「コンチネンタル フライングスパー」と名乗っていたものを、新型では敢えてこの“コンチネンタル”という枕詞をはずし、よりシンプルなフライングスパーというモデル名を与えてその独自性を際立たせている。
さらに、新型フライングスパーは後席の居住性や快適性を改善し、サルーンとしての本質により磨きをかけた。そんな思いがあったからこそ、ベントレーはこのニューモデルに独立したモデル名を与えたのだ。
とはいえ、W12モデルとV8モデルの関係は、コンチネンタルGTとフライングスパーでよく似ている。
まず、基本的なスタイリングには手をくわえることなく、フロントのグリルまわりをW12のクロームからグロスブラック(艶ありの黒)に変更するいっぽう、ベントレー ロゴの中心部をブラックからレッドに塗り替え、テールパイプの形状をシンプルな楕円から“8の字”形に切り替えた。いずれもごくごく目立たない小変更に過ぎない。
また、ボディカラー、そしてインテリアのカラーや素材の面で選択肢の数がやや減るものの、それはあくまでも標準設定の話であって、マリナーなどのオプションを駆使すればほとんどの希望はかなえられる。つまり、前述したグリルやらバッジやらテールパイプの形状をのぞけば、W12とほぼ変わらない外観に仕立てることだってできるのだ。だから、見た目だけを理由にV8ではなくW12を選ぶのは、ほとんどナンセンスといえるだろう。
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V8でも不満無し
では、走らせたときの印象はどうなのか?
これは正直にいって微妙にことなる。ただし、「W12にくらべるとV8はかったるくて走らない」なんてことは決してない。
この日は、ピカデリー・サーカス脇のホテルからイギリス南部のニューフォレストまでの往復250kmほどを走行したが、V8とはいえ最高出力は507ps、最大トルクは660Nmもある。おかげで最高速度は295km/h! 制限速度が70mph(約112km/h)に設定されているイギリスのモーターウェイを巡航していると、感覚的にはもてるパフォーマンスの10パーセントくらいしか使っていないようで、まるで退屈してしまう。
そこで仕方なく、遅いクルマにひっかかってスピードが落ちた後などに“ぐいッ”とスロットルペダルを踏み込んで加速感を味わってみたのだが、こうするとまわりのクルマが急ブレーキをかけたかと思えるほどの勢いでフライングスパーV8は加速していき、あっという間に制限速度に辿り着いてしまう。まったく、呆れるほどの速さだ。
パワフルに感じられるのは高速域だけではない。試乗当日はイギリス国会の初日で、エリザベス女王がその儀式に参加するためロンドン市内ではあちこちで道路が封鎖されるところだった。私たちは、その間隙を縫うようにしてロンドン郊外に逃れたのだが、同様のことを考えたロンドン市民が少なくなかったらしく市内はいたるところで大渋滞。私たちが乗るフライングスパーV8も走っては停まり、走っては停まりを繰り返す羽目になった。
そんなときのフライングスパーV8のマナーを観察していると、W12にくらべれば背中を“どんッ”と強く押し出される感覚は弱いものの、周囲の交通を軽々とリードできる速さはもっている。こちらもまた、不満を抱くことはまずない速さと保証できる。
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軽やかなハンドリング
ただし、フライングスパーV8の魅力はもう少し別のところにある。アウディと共同開発した高効率エンジンを搭載したおかげで、EU複合モード燃費はW12の6.8km/ℓから9.2km/ℓへと約35パーセントも改善。しかも、燃料タンクの容量は90リットルで変わらないから、1回の満タンで走行できる距離が大幅に伸びた。
ちなみに、メーカーは公称値として840kmの航続距離を謳っている。これだったら東京-名古屋間を往復しても、まだ余裕がある。つまり、V8エンジンを搭載したことでフライングスパーはロングクルーザーとしての素質を大幅に磨いたのだ。
いっぽう、ハンドリングや乗り心地は、ずっしりと重い感触を伝えていたW12モデルにくらべると、一段と軽やかに感じられる。もっとも、車重はW12の2,475kgに対してV8は50kgしか軽くなっていない。つまり、実際の車重の差というよりはサスペンションの設定のちがいによって軽さを演出しているのだ。
とはいえ、ステアリングの正確さは相変わらずで、片道一車線の曲がりくねったカントリーロードでもかなりのペースを保つことができた。ちなみに、この種の道の制限速度は多くの場合60mph(約96km/h)。40km/hの制限速度に馴れきった日本人には恐ろしく感じられるほどのスピードだが、4段階に設定を切り替えられるエアサスペンションをいちばんハードか、その次にハードなモードにしておけば、ほとんど緊張を強いられることなく、次々と迫り来るコーナーを軽快にクリアしていくことができる。
全幅が2メートルちかくもあるクルマを、これほど意のままに操れるとは驚き以外の何ものでもない。やはりベントレーはショーファーに運転を任せきりにするのではなく、オーナー自らがステアリングを握って走らせるドライバーズカーなのだ。
そうした視点から眺めてみると、ロングクルージング能力を格段に向上させたフライングスパーV8は、決してベントレーの廉価版サルーンではなく、ブランドの真髄であるグランツアラーの素質をさらに高めたモデルだと捉えることができる。1,890万円の価格も実に魅力的だ。
Bentley Flying Spur V8|ベントレー フライングスパー V8
ボディサイズ|全長 5,299 × 全幅 1,976 × 全高 1,488 mm
ホイールベース|3,066 mm
重量(EU値)|2,425 kg
エンジン|4.0リッター V型8気筒 ツインターボ
最高出力| 373 kW(507 ps)/ 6,000 rpm
最大トルク|660 Nm/ 1,750 rpm
トランスミッション|8段オートマチック
駆動方式|4WD(フロント40:リア60固定)
サスペンション 前|4リンク ダブルウィッシュボーン(エアサスペンション)
サスペンション 後|トラペゾイダル マルチリンク(エアサスペンション)
タイヤ 前/後|275/45ZR19
ブレーキ 前/後|φ405mm ベンチレーテッドディスク / φ335mm ベンチレーテッドディスク
最小回転半径|6.05 メートル
トランク容量|475 リットル
0-100km/h加速|5.2秒
最高速度|295 km/h
燃費(EU値)|10.9 ℓ/100km(およそ9.2km/ℓ)
CO2排出量|254 g/km
価格|1,890万円
※価格以外のスペックはすべて本国値