連載|気仙沼便り|10月「民宿つなかんとの出合い」
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2015年1月12日

連載|気仙沼便り|10月「民宿つなかんとの出合い」

連載|気仙沼便り

10月「民宿つなかんとの出合い」

2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? 唐桑(からくわ)半島の旅は、民宿つなかんとの出合いからはじまった。

Text & Photographs by TERADA Naoko

見送りは大きな大漁旗をふって

安波山の展望スポットを後にした私たちは唐桑(からくわ)半島に向かった。

唐桑半島は古くから腕のいい漁師たちを輩出してきた場所だ。半島の海を臨む地域には「唐桑御殿」と呼ばれる漁業で財をなした彼らの家がある。

自分の腕で稼いだ証しとして立派な家を建てる豪気と、沖に出て漁をする間、家族を安全な場所に住まわせたいという家長の思いがこめられている。そして家を守る側は一目でも早く海から還ってくる家長を出迎えるため、どの御殿もはるか沖合いまで見渡せるようにどっしりとそびえる。

気仙沼便り|10月「民宿ツナカンとの出合い」 02

みごとな唐桑御殿の「民宿つなかん」

そんな唐桑半島も津波の被害で多くの家屋が崩壊した。もちろんその中には唐桑御殿も含まれる。私たちが訪れたのは鮪立(しびたち)地区。地名からして海と共に暮らす場所であることがうかがいしれる。

ここにあるのが民宿「つなかん」。民宿といっても震災後にはじめたもの。本来は漁師だ。それも三代約100年にわたり牡蠣、帆立、わかめの養殖を行ってきた盛屋水産が経営。カッコいいご主人にほれ込み嫁に来たという一代さんが看板娘。今回のツアーのリピーターのなかにも、再び一代さんに会いにきた人がいるほど。快活な彼女のファンは多い。

盛屋水産の自宅だった「唐桑御殿」も津波が3階まで押し寄せ、甚大な被害にあった。一時は取り壊しを考えたという。しかし、漁師の威信をかけて建てられた家はしぶとかった。すべては津波と共に流され壊されたが親柱はみごとに残った。そこで、一代さんたちは新しく家を再建。民宿つなかんをはじめながらカキ養殖再建へと舵をきったのだった。

この日は昼食としてそのつなかんの前で屋外バーベキューをおこなった。

用意されていたのはこの時期ならではのものばかり。ワカメのしゃぶしゃぶ。そして気仙沼名物、気仙沼ホルモン、カレー、さらに大ぶりの焼ガキが豪勢に並ぶ。さっと湯にくぐらせ鮮やかなグリーンのワカメをポン酢につけて口にほおばる。磯の香りがふわりと広がる。春の気仙沼ならではの贅沢だ。

気仙沼便り|10月「民宿つなかんとの出合い」 03

唐桑は養殖を中心に漁業が盛ん

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大ぶりの唐桑のカキ

気仙沼便り|10月「民宿つなかんとの出合い」 05

気仙沼名物「気仙沼ホルモン」

焼ガキは甘くミルキーでこれもまた絶品。思わず参加者から生ビールや宮城県産の銘酒を所望する声がかかる。

途中、ゲストとして若手の漁師たちがやってきた。無口でシャイ。しかし、いざとなれば勝負をする本物の海の男たちだ。独身者も多く、これからの課題は「お嫁さん探し」。「自分たちは朝2時、3時に起きますが、ヨメさんは寝ててもらって大丈夫っす。うちのかあちゃんもそうですから」

漁師の嫁は大変だというイメージを払拭して、心優しいお嫁さんがくることが周囲の人間たちの願い。「つばき会」の和枝さんもそれを心配するひとりだ。「いやぁ、本気でお見合いツアーしないとだねぇ」。今回参加している若い女性たちと一緒に恥ずかしそうに記念写真に並ぶ彼らを見て、そうつぶやく。

お腹もいっぱいになり、次なる訪問地へと再びバスに乗り込む一行。バスが発車するのを大きな大漁旗をふって見送るのは気仙沼の流儀。一代さんと若い漁師のみなさんが手をふって見送ってくれた。

実は、気仙沼の復興をめぐって現在、防潮堤の建設が計画されている。岸にそって高さ8メートル。コンクリートの壁を作ることで今後、起こる津波に対処するものだ。

しかし、漁師たちは海の状況を自分の眼で確かめ、潮目を見ながら漁をしてきた。家族や地元の人たちを津波から守ることは大前提だが、防潮堤によって海が見えなくなることには大きな不安がある。防潮堤を作るべきか、不要か。苦渋の選択を気仙沼はしなくてはならないのだ。

気仙沼便り|10月「民宿つなかんとの出合い」 06

バスの車窓からのこの光景はきっと一生忘れない

バスがゆっくりと坂道をのぼり、眼下に再び鮪立の入り江とつなかんが小さく見えたとき。

「あっ、まだ手をふってる!」

参加者の誰かが叫んだ。バスの窓からのぞくと、小さな点のようになって、それでもこちらを見上げて若い衆が大漁旗を大きく力強く振っているのがわかる。一代さんも小さな体を思いっきり跳ねあげて大きく大きく腕をふっている。

それを見ていたら声にならない熱い思いが胸に込みあげてきた。

がれきの処理が終わり更地になった土地はぽっかりと空白のように見えるけれど、ここには前を向いて進んでいこうとする心温かな人たちが今も暮らしている。聞こえないことはわかっていたけれど、車内のわたしたちも「さようなら~」「元気でねー」「ありがとう~」と声にして精いっぱい手をふった。

遠すぎるからか、それとも涙のせいだろうか。表情までは見えないけれど、一代さんたちが大きな笑顔でそれに応えてくれていることだけは、みんなわかっていた。


「気仙沼便り」で紹介している復興支援ツアーの次の日程が決定しました。和枝さんの「ばっばの台所」「つなかん」「復興屋台村」など、記事で登場する場所も訪れる1泊2日のツアー。奮ってご参加ください。

地酒(蒼天伝)海中貯蔵と貯蔵酒引き上げの旅
日程|11月8日(土)~9日(日) 1泊2日
料金|3万9800円
http://www.jtb.co.jp/b2b/tohokufurusatoka/


寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。

           
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