深化するホスピタリティ(前編)|TRAVEL
TRAVEL|レガシーを守るための変革
シェラトングランド・シドニー・ハイドパークへ(前編)
世界各国で、ホテルの建設が加速している。旅行者は年々増え続け、UNWTO(国連世界観光機関)が発表した海外旅行統計によると、2017年の海外旅行者数(到着地で集計)は前年比7%増の13億2300万人。さらに、2020年時点の海外旅行者数は14億人、2030年時点の旅行者数は年間18億人に拡大すると、長期予測値を発表している。世界中を、様々な文化背景を持った人々が行き来するならば、そのニーズもさらに多様化していくはずだ。それでも、喜びのために旅する者たちの多くが求めるのは、その土地ならではの体験だろう。そこに住む人にとっては特別でなく当たり前のことであっても、他の地域から来た人々にとっては大いなる発見であるし、大いなる刺激となる。土地の空気を感じ、人と触れ合い、味に親しむ。まさにそれこそ、旅の原点であり醍醐味だと言えよう。
Text by MAKIGUCHI June
ホテルがコミュニティにできること
近頃は、旅の原点を意識した宿が日本でも増えている。コミュニティとの関りを大切にし、旅人たちがその土地を見聞きする観光をするだけでなく、“経験”できるよう気を配っているのだ。例えば、以前紹介した分散型ホテルもその一例だろう。旅人たちが暮らすように街を歩けるよう様々な工夫を凝らすことで、体験は特別な思い出となる。
これまで小規模な宿泊施設に多く見られた流れだったが、ここへきて、世界的なブランドにも動きが出ている。シェラトンといえば、世界の70に及ぶ国と地域に展開する450軒以上のホテルを有する老舗ブランドだ。まだ国境をまたいだホテルチェーンが少なかった時代、1937年に創業。以来、各都市で世界の人々を繋げる中心的役割を担ってきた。世界で最も親しまれているこのホテルブランドは、世界中のどの施設に宿泊しようとも、同じ安心、快適性を高い水準で提供してきた。だが、2018年に打ち出したのは、新時代のリニューアルプランだった。
昨年11月、オーストラリアのシドニーで24年の歴史を持つシェラトン・オンザパークは、シェラトングランド・シドニー・ハイドパークとしてリニューアルを果たした。同年8月にカナダのケベック州でスタートしたグローバル展開中のキャンペーンツアー「Heart for the City(ハート・フォー・ザ・シティ)」の4都市目となる。
「Heart for the City」とは、シェラトンのあるコミュニティや、その地域におけるシェラトンの役目を広めるキャンペーンであり、リニューアルされたホテルのコンセプトを物語るものでもある。キャンペーンは世界各地の7都市で展開。カナダのケベック、アメリカのシアトル、エジプトのカイロ、オーストラリアのシドニー、ブラジル・サントスを回り、2019年にインド・バンガロール、中国・北京と続いていく。
このキャンペーンで示されたのは、よりエキサイティングにより密接に、ローカルコミュニティと繫がっていくという決意だ。かつてホテルは旅人を迎え入れる場であると同時に、地域の人々が集う場でもあった。家族がレストランで集ったり、恋人や友人たちがカフェでおしゃべりをしたり、仲間たちがバーでグラスを傾け1日の疲れを癒したりする場所だったのだ。そんな場所には思い出が生まれ、特別な想いが宿る。ホテルを地域密着型にすることは、地元の人々にとってもう一度、ホテルが特別な場所になるということ。それはシェラトンのレガシーを守ることと同じなのだ。
例えば、シドニーはシーフード&フィッシュマーケットが有名だが、シェラトングランド・シドニー・ハイドパークにはシーフードで有名な人気レストラン「Feast」が入っている。忙しくて市内観光できずマーケットに行くことのできない旅人たちや、街の中心地で新鮮な魚介類を美味しいワインとともに優雅に食したい地元住民たちで連日予約が必要なほどの賑わいだ。
また、シェラトングランド・シアトルでは、シアトル発祥の世界的ブランド、スターバックスのコーヒーをホテル内で提供している。ホテル内にもスターバックスコーヒーの店舗があり、長旅から到着した旅人たちをコーヒーの芳醇な香りで和ませ、地元の人々の憩いの場ともなっている。
ホテルが地域密着を重視したブランドへの転換を目指すことは、改革であると同時に、ある意味では原点回帰とも言えるかもしれない。
シェラトンにはグローバルブランドとして発展してきたという伝統もある。画一的なサービスが喜ばれた時代もあったし、それがグローバルブランドの良さだとされた時代もあった。だが、名所旧跡、ランドマークを訪れるだけでなく、多くの人が自らネットで検索した情報を駆使し、そこでしかできない自分だけの体験を期待して能動的に旅する時代においては、地元ならではの視点をふんだんに取り入れることが求められているのだろう。
変革期を迎えたシェラトンは、地元の人々や旅行者がこれまで以上に密接に交差する場を目指すことで、人と人との新しい繋がりを生み出す場所となっていく。そこには、本やネットでは知りえない感動や自分だけが知り得る情報が行き交うことだろう。そういった場を、地元の人々、海外からやって来る人々に提供する用意があること。それこそまさに新しいホスピタリティの、ひとつのカタチなのかもしれない。
世界的ホテル、シェラトンのブランド転換は、ホテルチェーンの未来を占うものになるだろう。同じ精神を共有しながらも、それぞれ個性的な存在であることが求められる時代。伝統を守りながらも、時代のニーズに応じてしなやかに進化していくことが、人々により濃厚な体験を提供できるホスピタリティの深化に繫がると言えるだろう。
後編は、新しくなったシェラトンから見えてくるシドニーの魅力について。
シェラトン公式サイト
https://sheraton.marriott.com/ja-JP/