アウディの未来エンジン|Audi
Audi future lab|アウディ フューチャー ラボ
アウディが描く未来の社会 前篇
アウディ フューチャー エンジン
プレミアムブランドがプレミアムブランドたるゆえんは、ただ、クルマが高級なだけでなく、そのブランドが将来実現したい社会へと行き着くための道筋に、クルマが位置づけられていることにも求められはしないだろうか? プレミアムブランドのクルマに我々が憧れるとすれば、それは、そのクルマが予告する未来が、我々にとって好ましいからではないだろうか? クルマにとどまらず、インフラをふくめ、サステイナブルな社会をめざして研究をつづける“Audi future lab”は、そんなことをおもわせる。今回は、前後編にわたって、このAudi future labからうまれた研究成果を、大谷達也氏がリポート。まずは未来のエンジンについて。
Text by OTANI Tatsuya
“技術による先進”の先端
それはそれは盛りだくさんな内容だった。
アウディが開催するテクノロジー ワークショップ、その名も「アウディ フューチャー ラボ」のテーマは「モビリティ」。つまりクルマだけでなく、人の移動にかんすることであれば、自転車のようなパーソナル モビリティから都市交通、果ては未来のエネルギー源にいたるまで、アウディが現在取り組んでいる研究成果の数々を一気に紹介してしまうというもの。話題が盛りだくさんになるのも仕方ない。
そのすべてを取り扱うのは物理的にも無理があるので、ここではOPENERS読者が関心を抱きそうなテーマだけをピックアップしてお届けしよう。
ハイブリッドにも長短がある
今回のワークショップでは、エンジニアによるプレゼンテーションだけでなく、アウディが試作した3台の実験車両にも試乗できた。
なかでも、もっとも興味深かったのは「A1」に搭載されたデュアルモード ハイブリッドだった。
その何がデュアルモードかといえば、ハイブリッドシステムがシリーズ方式にもパラレル方式にも変幻自在に切り替わるところにある。
ちなみにシリーズ方式とは、エンジンは発電に専念し、ここで生み出された電力をモーターに供給して車輪を駆動するハイブリッドシステムである。したがって駆動輪とエンジンは機械的にはつながっていない。いっぽうのパラレル方式は、エンジンとモーターが協力しあって車輪を駆動する。当然、エンジンと車輪は機械的につながっている。
シリーズ方式はエンジンの効率的な利用が可能だが、車輪を駆動するのはモーターだけなので、力不足になりかねない。いっぽうのパラレル方式は、基本的にエンジンが車輪を駆動するため、効率優先でエンジンを働かせることが難しい。どちらも一長一短といえる。
そのジレンマを解決しようとしたのが、トヨタ「プリウス」などが採用するシリーズ・パラレル方式だ。これだったら状況に応じてシリーズ方式にもパラレル方式にもなるが、メカニズムがやや複雑になることが難点といえば難点。シボレー「ボルト」も考え方としてはこのトヨタ方式にちかい。
Audi future lab|アウディ フューチャー ラボ
アウディが描く未来の社会 前篇
アウディ フューチャー エンジン (2)
アウディの解法は“デュアルモード”
いっぽう、アウディのデュアルモード ハイブリッドは、シリーズ方式にもパラレル方式にも切り替えられるのに、メカニズムは驚くほどシンプル。そのおもな構成要素は、3気筒 1.5リッターTFSIエンジンとこれに直結されたモーター(EM1)、ファイナルを介して前輪を駆動するモーター(EM2)、そしてEM1とファイナルの間に置かれたクラッチのみ。つまり、トヨタ方式で必要となる動力分割機構はおろか、ギアボックスさえ不要なのである!
じつは、モーターで車輪を駆動するEVの多くもギアボックスはない。なぜなら、モーターは低速でトルクが太く、高速でトルクが細いという自動車にとっては理想に近い特性を有しているからだ。
考えてみればハイブリッドのシリーズ方式もモーターで車輪を駆動するという意味ではEVとおなじ。デュアルモード ハイブリッドでギアボックスが不要になるのもおなじ理屈と考えればいい。
このデュアルモード ハイブリッド、基本的にはシリーズ方式として機能する。つまり、必要に応じてエンジンの力でEM1を駆動して発電をおこない、この電力でバッテリーを充電。EM2はバッテリーから電力の供給を受け、車輪を駆動するのである。このとき、前述のクラッチは開放されている、つまり“切れて”いるので、駆動力を生み出すのはEM2のみ。逆にエンジンとEM1は発電に専念する。
ちなみに、“シリーズ方式状態”でエンジンがまわるのはバッテリーの充電が不足気味になった場合だけで、普段は停止している。したがって、騒音や振動の面でいえばEVとまったく変わらないことになる。
では、“パラレル方式状態”にするときにはどうするのかといえば、エンジンを始動させたうえで前述のクラッチをつなぐのである。
こうすれば、エンジン、EM1、EM2は直結された状態となり、エンジンの力が駆動輪に伝わるようになる。動力分割機構を使ってモーターとエンジンの力を丁寧にミックスするトヨタ方式に比べれば、やや乱暴な構成とおもえなくもないが、案ずるより産むが易しで、アウディのデュアルモード ハイブリッドは、じつにスムーズに作動するのである。
アウディの期待は大きい
実際に試乗してみると、最初はモーターの力だけで滑らかに発進する。このままおとなしく加速していけば、モーターの力だけで130km/hまで到達できるが、たとえば高速道路の流入路などでスロットルペダルを強く踏み込むと、素早くエンジンが始動するとともに例のクラッチがつながり、モーター単独ではできなかった力強い加速をはじめる。また、130km/hを越える領域でもエンジンが作動し、ドイツのアウトバーンでも無理なく巡航が可能となる。
さらに興味深いのは、アウディはこのデュアルモード ハイブリッドをプラグインハイブリッドに仕立てている点にある。しかも、搭載されるリチウムイオン バッテリーは17.4kWhと大容量を持ち、満充電で90kmのEV走行が可能という。つまり、バッテリーのチャージさえ怠らなければ、普段の移動はほぼEV走行だけでまかなえてしまうのだ。したがって、エンジンがかかるのは、大パワーが必要でパラレル方式に切り替わったときと、バッテリーがカラになりかけたときに限られる。
なお、今回の試乗ではバッテリーが十分にチャージされていたので、スロットルを深く踏み込まないかぎりエンジンはかからなかった。
EVといえば航続距離の短さが最大の欠点とされてきたが、アウディのデュアルモード ハイブリッドであれば、バッテリーがカラになってもエンジンの力でチャージできるので、EVの苦手領域を見事に解決できる。しかも、アウディはシンプルなメカニズムと1.5リッター 3気筒エンジンを組みあわせることで、優れた動力性能とA1のエンジンルームにも収まる小型設計を両立した。将来有望なシステムといえる。
なお、先のパリサロンでアウディが発表したコンセプトカー「クロスレーン クーペ」に搭載されていたパワートレーンが、まさにこのデュアルモード ハイブリッドだった。このことは、アウディ自身がこのシステムに大きな期待を寄せている証拠といえるだろう。
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アウディ フューチャー エンジン (3)
クワトロすらねじ伏せるエレクトリックチャージ
試乗車の2台目は「A6 3.0TDI」に搭載されたエレクトリック バイターボ。
これは電気モーターによって駆動されるスーパーチャージャー、つまり電気式スーパーチャージャーと考えればいい。そのメリットは、なんといっても立ち上がりが早いこと。エンジン回転数が高まらないことには過給圧が上昇しないターボチャージャーの欠点を補うのに、これほど便利なものはない。
また、従来からある機械式スーパーチャージャーに比べると、電気式スーパーチャージャーは緻密な電子制御が容易なため、必要なときだけ素早く過給圧を上げられることもメリットといえる。
そのいっぽうで、過給をおこなうコンプレッサーを駆動するのに大電力を必要とするのが電気式スーパーチャージャーの弱み。そこでアウディは、鋭いレスポンスが必要となる立ち上がり時のみ、この電気式スーパーチャージャーを活用。エンジン回転数が高まってからは、排気ガスの持つエネルギーでコンプレッサーを駆動するターボチャージャーに切り替えることにより、高レスポンスと高効率を両立させた。
その効果は絶大。なにしろ、4輪駆動搭載の「A6 3.0TDI クワトロ」がベースだったにもかかわらず、おもいっきりスロットルを踏んで発進すると、あまりの大トルクに4輪のグリップ力が負けて、タイヤが「キュルルッ」とスキッド音を立てるほどだったのだ。
同乗したエンジニアによれば、これはまだエレクトリック バイターボにあわせたチューニングが施されていないからで、開発次第ではスキッド音を打ち消すことは可能という。それにしても、クワトロを打ち負かすほどの発進トルクとは驚くしかない。そのレスポンスの良さは、ディーゼルエンジンのイメージを一変させるにちがいない。
ちなみに、この試作車では通常のターボチャージャーは1基のみとされていた。ターボチャージャーを1基とすることで排気経路を短縮し、触媒の効果を高めることがそもそもの目的だったからだろう。そして、ツインターボではなくシングルターボにすることによって起きるレスポンスの低下を、この電気式スーパーチャージャーで補うというのが当初の発想だったとおもわれる。いずれにせよ、動力性能と環境性能を高次元でバランスさせるという観点からいって、このシステムが持つポテンシャルは非常に高いと感じた。
なお、エレクトリック バイターボはディーゼルエンジンにもガソリンエンジンにも原理的には応用可能。今回、試乗車がディーゼルエンジンをベースとしたのは、レスポンスの改善を明確に感じさせるにはディーゼルの方が有利との判断が働いたからだろう。
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アウディ フューチャー エンジン (4)
高電圧で高効率化を促進
最後に試乗したのは、“iHEV”というシステムを搭載した「A7スポーツバック 3.0 TFSI」。iHEVをひと言で説明すれば、48Vで構成されたエネルギー回生システムとなる。一般的な乗用車に搭載されている電源系統は12V。いっぽう、フルハイブリッド車のモーターは200Vを越す高圧で駆動される。iHEVはその中間。したがって、コスト的にはフルハイブリッドより安く、電気系としては一般的な乗用車より強力といえる(iHEVは48Vと並行して12Vの電源系統も搭載する)。
では、この“ほんの少し”強力な電源でなにをするかといえば、いままで以上に動作範囲を拡大したアイドリング ストップ機構を実現したのである。
“従来のアイドリング ストップ機構”でエンジンを始動させるのは、“従来からあるセルモーター”。これはそもそも、停止しているエンジンを始動させるためのものであって、まだ完全にとまりきっていないエンジンを始動させることはできない。このため、“従来のアイドリング ストップ機構”では、再始動が可能になるのはエンジンが完全にとまってからとなる。
だから、かりに「ああ、本当はエンジンをいますぐ始動したいのに……」とおもっても、停止過程にあるエンジンは再始動できない。当然、ここに待ちの時間が生まれる。もしくは、本来はエンジンを停止してもいいのに、万一の場合を想定してあえてエンジンを停止しないという状況が生まれる。前者であればドライバーはもどかしいおもいをし、後者であればアイドリング ストップ機構による効率改善効果をじゅうぶんに発揮できないことになる。
このジレンマを打ち破るのが、iHEVである。従来のリングギアとピニオンギアという組みあわせに換えて、モーターとエンジンをベルトで結ぶとともに、48Vの強力なモーターを組みあわせることにより、停止過程にあるエンジンの再始動を実現。あわせて、ちょっとしたチャンスでもエンジンを停止させる緻密な制御を採用したのである。
その効果は……残念ながらあまり体感できない。確かにタコメーターを見ていると、エンジンはこまめに停止している。
しかし、停止も再始動もハイブリッド車なみにスムーズにおこなわれるため、アイドリング ストップ機構が作動しているという実感が薄いのだ。
それでも、従来のアイドリング ストップ装着車より燃費改善効果が高いのはまちがいないだろう。
アウディは、将来的にこのシステムとナビゲーションシステムを連動させることを検討している。たとえば、上り坂の頂点に近づいているときは、実際に頂点に辿り着く直前にスロットルをオフにしても車速はほとんど低下しない。そこで、ディスプレイ上の映像を通じて「もうスロットルを踏んでいなくても大丈夫ですよ」という情報をドライバーに伝えてスロットル・オフを促し、アイドリング・ストップが作動する時間をより長くすることで、ハードウェアとして持っているポテンシャル以上の燃費改善を実現しようとしているのだ。
なお、48Vの電源系はエネルギー回生をおこなうものの、その電力によって直接、車輪を駆動することはない。また、48V系と12V系は互いにDC-DCコンバーターで接続されており、いざというときには助けあう機能も盛り込まれている。
「アウディ フューチャー ラボ」の前編はここまで。後編では、アウディが考える未来の都市工学、そして未来のエネルギーについてリポートする。