フォルクスワーゲンup!に試乗|Volkswagen
CAR / IMPRESSION
2015年1月27日

フォルクスワーゲンup!に試乗|Volkswagen

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

軽自動車の牙城をもゆるがす

フォルクスワーゲン up!という黒船

あらゆる小型車にとって、今後しばらくは一番の強敵となるだろう存在。それがこの「up!(アップ!)」だ!

Text by OTANI Tatsuya Photographs by ABE Masaya

ついにup!が日本にやってきた

日独の考え方のちがいがはっきりとあらわれたな、とおもう。何かといえば、本日、日本でも発表されたフォルクスワーゲンup!(アップ!)のことである。

up!は全長3.5m、3気筒1.0リッターのちっぽけなエンジンを積んだコンパクトカーで、国内の価格は149万円から。フォルクスワーゲン グループ ジャパンでは、日本製コンパクトカーはもちろんのこと、軽自動車さえライバルになると想定している。

なるほど、149万円だったら軽自動車だってライバルになりうる。最近人気のハイト系軽自動車(ダイハツ「タント」やホンダ「N-BOX」など)の価格はどれも100万円以上で、なかには150万円を上まわるものだってある。しかも、いざ買おうとおもうと、あれやこれやとオプションをオーダーすることになり、気がつけば当初の予算をオーバーしていたなんてことが往々にして起きる。

いっぽうのup!は、こちらも輸入車には往々にしてあるように最初からオプション満載(驚くべきことにレーザーセンサーをもちいた自動ブレーキシステムまで標準装備する)で、設定されているメーカーオプションは電動サンルーフのみ。あとはディーラーオプションとしてPDAタイプのナビゲーションが5、6万円で用意されるようだが、いまどき「それならスマホで代用する」という向きも少なからずいるだろう。だから、軽自動車との実質的な価格差はいっそう縮まる。フォルクスワーゲンがライバルと名指しする気持ちもわからなくはない。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

老舗のTシャツ

けれども、up!と軽自動車とでは、物づくりの思想と発想が正反対といっていいくらいことなっている。

そのちがいをファッションにたとえるなら、ファストファッションのドレスシャツと老舗高級ブランドのTシャツくらい、大きな隔たりがあるとおもう。

ファストファッションは、私も愛用している。価格が手ごろなだけでなく、トレンドをいち早く採り入れたデザインもなかなかオシャレ。クォリティだって「安かろう悪かろう」と揶揄されるほどには悪くない。1万円も出せば、立派に見栄えのするドレスシャツが手に入る。

老舗高級ブランドでおなじ1万円を払って買えるものといえば、シンプルなスタイルの真っ白いTシャツがせいぜいか。一瞥しただけでは何の変哲もないシャツだが、よくよく見れば素材の良さは明らかだし、何の面白みもないようにおもえるデザインにも独特の風格というか、老舗でなければ表現できない“たたずまい”というものが存在する。「やっぱり老舗ブランドはちがうなあ」 着れば着るほど、そんなおもいがこみあげてくることだろう。

いうまでもなく、軽自動車がファストファッションでup!が老舗ブランドのTシャツというのが、私の見たてである。では、up!のどんなところがそうおもえるのかという話を、これから進めていくことにしよう。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

軽自動車の牙城をもゆるがす

フォルクスワーゲン up!という黒船 (2)

リッター23.1kmに特別な仕掛けは要らない

カタログだけを眺めていると、up!には最先端のテクノロジーがあまり採用されていないようにおもえる。3気筒 1.0リッターエンジンはDOHC 4バルブを採用するものの、ターボのつかない自然吸気。ハイブリッドはもちろんのこと、最近はやりのアイドリングストップだってつかない。

それでもJC08モード燃費は23.1km/ℓで、ハイブリッドをもちいない乗用車でこれを上まわっているのは、三菱「ミラージュ1.0」、間もなくデビューする日産「ノート1.2」、マツダ「デミオ1.3スカイアクティブ」の3台だけという。

up!のエンジンは、今後フォルクスワーゲンから次々と登場する新世代エンジンの仲間で、特別な仕掛けはなくとも低燃費を実現する素性の良さを持ち合わせている。そのほか、3気筒エンジンでは振動をおさえるのに必須とされるバランスシャフトでさえ、燃費を改善するために採用していない。

「だったら、バイブレーションがひどくて乗れたものではないでしょう?」とアナタはおもうかもしれない。けれども、基本設計の良さでこの問題をクリア。実際に乗ると4気筒エンジンと見紛うほどのスムーズさを実現している。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

専用開発のエンジンは、たった69kgしかない

ナリは小さくともドイツ車なのだ

パワーだってじゅうぶん。じつは、今回の試乗に先立ってドイツでup!に乗ったことがあるが、そのときは大人3人と荷物を満載しながらアウトバーンでの170km/h巡航を楽々こなしてみせた。もちろん、そこに至るまでの加速はハイパワーモデルにおよぶまでもないけれど、かといってもどかしくもなかった。必要にして十分といった印象である。

サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リヤがトレーリングアームと、これまたコンパクトカーでは定石ともいうべき形式だが、低速でふんわりと柔らかいいっぽう、高速走行時にはボディをしっかりとフラットに保ってくれる。ドイツでもアウトバーンを一気に200km近く走ったが、up!とだったら300-400kmの国内出張に出かけるのにも抵抗を覚えない。ナリは小さくとも、up!はやはりドイツ車なのである。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

軽自動車の牙城をもゆるがす

フォルクスワーゲン up!という黒船 (3)

up!の高級感とiPhoneの関係

デザインはエクステリアもインテリアもミニマリズムの極みといっていいくらいシンプル。けれども、実物を目の当たりにするとフィニッシュがていねいで、シンプルでありながら高級感を醸しだす仕立てとなっていることに気づく。

このあたりこそ、まさしく老舗ブランドのTシャツとおもわせる理由なのだが、私がドイツでインタビューしたフォルクスワーゲンのデザイナーは「シンプルなデザインでありながら、素材感や工作精度の高さで品質感を際立たせる手法はiPhoneを彷彿とさせるものです」と教えてくれた。じつは、up!はワルター・デ・シルヴァがフォルクスワーゲングループのデザインを統括するようになって最初の作品。したがって、今後登場するフォルクスワーゲンのニューモデルにも、同様の手法が採用されるらしい。先ごろ公開された新型ゴルフ(ゴルフ7)のスタイリングにも、こうした傾向を見いだすことができるはずだ。

vw up!|フォルクスワーゲン アップ!

Aピラーから連なる面を横断するボンネットの境界線、ヘッドライトのフチなどに、その工作精度の高さをうかがい知ることができる

vw up!|フォルクスワーゲン アップ!

遠目にはリヤハッチと一体に見えるコンビネーションライトは、じつはボディ側にとりつけられている。高い品質のなせるわざだ

とはいえ、いくら老舗ブランドの製品とはいえ、Tシャツであるがゆえにドレスシャツにかなわない点もある。

たとえば、助手席側パワーウィンドウのスイッチは運転席側に用意されず、ドライバーがこれを開閉しようとすれば左側まで手を伸ばさなければならない。もっと極端な例は4ドアモデルのリアウィンドウで、スライド式ではなく前側のヒンジを支点にして開閉する方式のため、窓の後ろ側が数cm浮きあがる程度にしか開かない。

いわゆるセミATタイプのギアボックスはシングルクラッチ式。したがって、このクラスの日本車によくあるCVTにくらべて、多少ギクシャクするところがあるし、それを乗り越えるにはちょっとしたコツが必要かもしれない。

いずれも、便利さを徹底的に追求した日本車であれば、ありえない考え方といえる。「だから、やっぱり日本車がいい」とおもう人もいるだろう。ファストファッションのドレスシャツがオシャレだとおもう人がいるのとおなじように。

いっぽうで「パワーウィンドウのスイッチもリアウィンドウもギアボックスも、まったく気にならない。それよりも走りの本質を極めたup!の骨太感に共感を覚える」という人もいるだろう。老舗ブランドのTシャツを選ぶ人がいるように。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

運転席のウィンドウスイッチは運転席側のみで助手席のぶんはついていない

それは、もはやどちらがいい悪いの問題ではない。なぜなら、まったくもって好みのちがい、考え方のちがい、主義主張のちがいであるからだ。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

軽自動車の牙城をもゆるがす

フォルクスワーゲン up!という黒船 (4)

日本におけるup!

けれども、ひとつだけ覚えておいていただきたいことがある。

日本の軽自動車よりもup!のほうが、明らかに世界基準に近いということを。

日本人は世界でも希に見る繊細な感覚により、これまで素晴らしい工業製品をいくつも生み出してきた。けれども、その繊細な感覚は、ときに些細な部分に入りこみ過ぎ、大局を忘れた物づくりとなるケースがなかったとも言い切れない。

テレビに携帯電話。いずれも日本がもっとも得意とする分野だったが、いつの間にか日本独自の発展をみてガラパゴス化をおこし、気がつけば韓国や中国のメーカーが世界の市場を席巻している。それとおなじことが、自動車界でも起きるのではないかと、私は心配でならない。

up!と軽自動車が、まさにその端的な例ではないか。私は、日本の自動車産業界を応援する気持ちをどうしても捨てきれない。けれども、個人的にup!と軽自動車のどちらを買うかと訊ねられれば、ためらうことなくup!と答える。

ひとりの自動車好きとして、up!の登場を心から歓迎したい。

そのいっぽうで、日本の自動車産業界には、テレビや携帯電話とおなじ轍を踏まないために、ぜひともup!の良さを吸収して欲しいとおもう。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

きっと、日本のメーカーはその作業をすでにはじめているはずだ。

Volkswagen up!|フォルクスワーゲン アップ!

ボディサイズ|全長3,545×全幅1,650×全高1,496mm

ホイールベース|1,495mm

トレッド 前/後|1,430/1,425mm

最低地上高|145mm

エンジン|999cc直列3気筒DOHC(4バルブ)

最高出力|55kW(75ps)/6,200rpm

最大トルク|95Nm(9.7kgm)/3,000-4,000rpm

トランスミッション|5段ASG

重量|900kg(4ドアモデルは920kg)

最小回転半径|4.6m

サスペンション 前/後|マクファーソンストラット(スタビライザー付)/トレーリングアーム

ブレーキ 前/後|ベンチレーテッドディスク/ドラム

タイヤサイズ|165/70 R14(high up!は185/55 R15)

燃費|23.1km/ℓ(JC08モード)

価格|move up! 2ドア 149万円、move up! 4ドア 168万円、high up! 4ドア 183万円

           
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