連載|Bar OPENERS 第3回 「BOB’sの一滴」
LOUNGE / FEATURES
2015年11月11日

連載|Bar OPENERS 第3回 「BOB’sの一滴」

連載|Bar OPENERS

「BOB’sの一滴」(1)

ここは、ウェブ上にのみ存在する、架空のバー「Bar OPENERS」。酒と音楽、そしてバーという空間を楽しむ大人がくつろぎを得られる稀有な場所。その店主を務めるのは実際に自身でバーを経営する小林弘行。OPENERS的な肩肘の張らない、バーの楽しみ方と、今宵使えるウイットに富んだ酒と音楽にまつわるうんちくを連載でお届けする。

Text by KOBAYASHI HiroyukiPhotographs by ITO Yuji (OPENERS)

ようこそ、初夏の夕涼みをバーで

お酒のことがわからないからバーに行きづらい、とうかがうことがあります。特に、いまはなんでも検索できてしまう、便利なようでいて、とっても不便な世の中ですから、事前にお酒を調べて、わかっていたほうが楽しみやすいかもしれません。

でも、わからないからこそ、幅広くお酒を揃え、お酒の知識のあるバーテンダーがいるバーへ行く方がよい、というかんがえ方もあります。

ぼくの唯一の得意分野ですから、ぜひとも仕事させてください(笑)。

それに一部の天賦の才をお持ちの方を除き、最初からわかっている人、できる人なんていません。バーテンダー然り、水面下で脚を激しく動かす水鳥のごとく、見えない部分での勉強や、ここでは話せないような、あんな経験やこんな経験を積んだからこそ、いまに至っているのです。

02

また、わからないことがあるということは、知る喜びがあるともいえますよね。人生には、知らない方がよかった、なんてこともあるかもしれませんが……。

ともかく、どのバーでも同じだと思いますが、お酒をある程度知っているお客様とあまりご存知でないお客様。そのどちらが店にとって、良いお客様かどうか、というのはまったくもって判断基準にはなりません。

お酒の知識よりも、まわりのお客様に迷惑をかけない程度に、いかにこの時間を愉しみ、いかにバーテンダーとのコミュニケーション、つまり適度な距離感をもって接することができるか、ということのほうがよっぽど大切なのです。

蒸し暑い、昼の名残をカクテルで流してみませんか

ほとんどの人にとって、飲んだことはなくとも、名前は聞いたことがあるお酒やカクテルがあるはずです。たとえば、いまやカラオケや居酒屋、それどころか缶入りのものがあるほどメジャーなカクテル、ジントニック。こうした、スタンダードなカクテルから入るのもひとつだと思います。

300_04

すべてのカクテルに共通するのですが、ジントニックでさえ、バーの数、いやバーテンダーの数だけレシピ、処方、味わいが異なります。ジンの銘柄はもちろん、温度、トニックウォーターの種類、ガスの強弱、ライムの分量、手順……など、それだけ味に違いが出るカクテルでもあるのです。どうでしょう? こういう、まったく世間で役に立たない知識にふれると、ちょっとワクワクしてきませんか?

さて、そのジントニック。今宵はちょっと変化球でおすすめします。

僕なりのいろいろなレシピがあるのですが、今夜はビターズを少々入れてみましょう。ビターズとは、スピリッツにスパイスやハーブのエキスを抽出した、ちょっとしたアクセントに使用する調味料的なリキュールです。

12世紀には、原料となるハーブとアルコールが医療の分野で治療に有用であることは広く知られていました。そして17世紀になってロンドンの薬剤師リチャード・ストートンが「お酒飲むときコレ混ぜてみ。おいしくなるし、健康にもいいし、二日酔いもなくなるよ」というような広告を展開し、ビターズはカクテルの調味料として幅広く認知されるように(文字数の関係で今回も軽快に端折りましたのでご興味のある方は検索を)。

こんにち、数種類のメーカーがビターズを製造しているのですが、本日ご紹介するのは「BOB’s BITTERS(ボブズ・ビターズ)」のラベンダーです。

02

こちらは、ビターズ界に新境地を拓き、バーテンダーに新たなインスピレーションを与えるほどの出来ばえ。ロンドンにある小さなファクトリー、いやラボと呼んでも過言ではない場所でコトコトと秘密裏に魔女が毒薬でもつくるがごとく、ミントやグレープフルーツ、カルダモンやジンジャーなど、それぞれ特定のフレーバーにフォーカスし、天然素材を使って製造からボトリングまでボブみずからがおこなっています。

これをグラスに一滴もしくは二滴ほどプラスすることにより、爽やかなジントニックにスパイスやハーブが奥行きを、そしてラベンダーが色気を纏わせるのです。

イスラエルのジャズに想いを馳せて

連載|Bar OPENERS

「BOB’sの一滴」(2)

イスラエルのジャズに想いを馳せて

ボブズ・ビターズを滴らせたジントニックにマリアージュするのは、アビシャイ・コーエン・トリオ(Avishai Cohen Trio/トランペットじゃないほうの)の『FROM DARKNESS(フロム・ダークネス)』です。

06

イスラエル出身。現在のジャズシーンにおいて、間違いなくチェックしなければならないベーシストのなかのひとりです。イスラエルの血が流れる最先端のジャズと聞くと、個人的には妄想力が激しく刺激され、興味を抑えきれません。そこからひも解いてゆけば、イスラエルの音楽教育はどうなっているんだろう、なんてところにまで想像の羽根が伸びやかに広がってしまいます。

ところで、この人はエレキベースも弾くのですが、ジャコ・パストリアスの香りもほんのりするので、きっとジャコも通って来ているのだろうなぁ、と思うとちょっと笑顔になってしまいます。イスラエルで聴くジャコ。はたして、どのような環境で流れているのでしょうか。ちなみにイスラエルといえば、ワインの製造に使用されていたと思われる約1400年前の遺跡が最近発見されたそうです。

さておき、正直なところ、僕は前回のトリオのメンバー構成がとても気に入っていました。なんせドラムがいまをときめくマーク・ジュリアナです。この人も現在のジャズシーンを語るには絶対外せないドラマーのひとりといえます。

ラストの「スマイル」には意味がある

しかし今回のメンバーのアルバムも本当に素晴らしい。少々懐疑的になってしまったことをお許しください。聞いた瞬間、自分の先入観を反省し、ジャケットに頭を下げてあやまりたい衝動に駆られました。独特で非凡なベースライン。メロディーに絡みつくピアノの一音一音。ドラムの予測不可なリズム。ニタイ・ハーシュコヴィッツとダニエル・ドール、このふたりも今後要チェックですね。

アビシャイはインタビューで「自身の音楽的表現形式と活動の原点」なんていう謙虚なことおっしゃっていますが、なんのなんの。間違いなくジャズを少なくとも、半歩以上は推進させることに成功しています。アルバムは一曲を除き、すべてアビシャイのオリジナル曲なのですが、全曲捨て曲なし。ぜひ一曲目からプレイして最後の「スマイル」まで通して聞いてください。

おそらく、誰もが聴いたことがあるであろう「スマイル」が最後に収録されているのといないのでは、このアルバムの意味は大きく変わってくるのではないかとおもっています。

カクテルと同様にスタンダード曲もさまざまなミュージシャンの、そしてさまざまなアレンジが存在し、これまでに数多くの名演が生まれてきました。その時、その場所でしか出あえない、かすかなスリルを含んだ夜に、ジントニックとアビシャイでひと雫のエッセンスを身に纏う夜があってもよろしいのでは。

06

あなたと夜と音楽に、乾杯。

           
Photo Gallery