「オーヴァーシーズ」コレクション初のトゥールビヨン|VACHERON CONSTANTIN
VACHERON CONSTANTIN|ヴァシュロン・コンスタンタン
SSケースにトゥールビヨンを搭載する英断に
老舗ブランドの圧倒的な懐の深さを見た!
2016年に、新たな解釈を加えて生まれ変わった「オーヴァーシーズ」。現在、そのコレクションは拡充し続け、魅力的なモデルがラインナップする。そして今年、複雑機構の最高峰のひとつ、トゥールビヨンを搭載した新作が登場した。ケースに選ばれた素材はなんとステンレススチールだ。
Text by KOIZUMI Yoko
トゥールビヨンを隠さないペリフェラルローターを選択
トゥールビヨンとは、時計の姿勢差によるヒゲゼンマイの偏心によって起こる精度の乱れを解消するための機構だ。姿勢差とは、すなわち時計を腕にしている時に、ヒゲゼンマイが重力に対して、様々な角度から引っ張られていることを前提とした“差”を意味する。この差をひとつひとつ算出するのではなく、ヒゲゼンマイを回転(※実際にはヒゲゼンマイを取り付けているテンワを回転)させることで相殺しようとしたのが、アブラアム=ルイ・ブレゲがトゥールビヨンを作り出した際の発想。彼は脱進機(テンプ、ゼンマイ、ガンギ車)を可動するキャリッジに収め、1分間で1回転させる方法を考案した。
アブラアム=ルイ・ブレゲのトゥールビヨンに特許が発行されたのは1801年。すなわちトゥールビヨンとは発明から200年以上経っている技術である。しかしながら、この古式ゆかしき機構に現代人が今もなお熱狂するのは、チコちゃん風に言えば“動くから~”。何しろ男性にとって“動くモノ”は大好物であり、時計に動くメカニズムが搭載されていれば楽しさ倍増なのである。時間を忘れて時計に見入る、それがトゥールビヨンなのだ。さらにこの機構は非常に高価なもの。近年になって安価なモデルも登場しているとはいえ、搭載すればン百万円超は当たり前。ありていに言えば、“富の象徴”なのである。
そんなトゥールビヨン、時計メーカーとしての腕の見せ所は、その要となるキャリッジをいかに美しく、優雅に見せるかに尽きる。ヴァシュロン・コンスタンタンでは、このキャリッジデザインに同社のアイデンティティであるマルタ十字を採用。1880年から使い続けているマルタ十字ロゴは、彼らにとって非常に大切なイコンのひとつ。動くマルタ十字は我々の気持ちを高鳴り、躍らせてくれる。またシルバーのマルタ十字と22Kゴールド製のチラネジ付きテンプとのカラーコントラストも美しく、パーツ同士のバランスも見事で、トゥールビヨンが回転せずとも見入ってしまう、極上のクオリティだ。
一方で、トゥールビヨン・キャリッジ全体を余すところなく見せているのもこのモデルの特徴だが、実はこのモデル、自動巻きなのだ。
一般に、自動巻きにはゼンマイを巻き上げる回転ローターが不可欠。
ただしトゥールビヨンの場合、シースルーでその機構を見せたいのだが、キャリッジを隠すようにローターが行ったり来たりしては、邪魔モノ以外の何物でもない。
しかしこのモデルに搭載されるキャリバー2160ではペリフェラルローターを採用する。ローターが回転軸を持たず、外周部の円形レールを移動し、回転するように動くものだ。ゆえに、ローターがトゥールビヨンキャリッジの小窓に干渉せず、それどころか時計の輪列をしっかりと見せている。ペリフェラルローターが、トゥールビヨンを引き立たせるという好相性を成立させているのだ。
そしてもうひとつの特徴が、このモデルがステンレススチールケース製であること。トゥールビヨンモデルは複雑機構の最高峰である。その難度を考えれば、ケースにもプラチナやゴールドといった希少素材を合わせて、時計をドレスアップさせるのが一般的だ。
しかしこのモデルでは、真逆を行った。「オーヴァーシーズ」コレクションの特徴は、カジュアルエレガンスと実用性の追求である。この観点から言えば、たとえトゥールビヨンであろうとも、実用性を求めてステンレススチールを敢えて選択するというのもアリだろう。
1755年創業という、歴史と実力を持つ老舗であっても、常識を覆すべくあらゆる試行を重ねていく――そんな時計メーカーとしての気概や姿勢を我々に見せてくれたモデルである。
オーヴァーシーズ・トゥールビヨン