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2020年2月17日
ユリス・ナルダン、すなわち自由のマニュファクチュール|ULYSSE NARDIN
ULYSSE NARDIN|ユリス・ナルダン
ユリス・ナルダン プロダクトマーケティング部長 ジャン=クリストフ・サバティエ氏インタビュー(2)
――さて、SIHH2019ではX-rayシリーズがリリースされました。このコンセプトは、通常のスケルトナイズと何が違うのでしょうか?
JC こちらは、コミュニケーションのためのプラットフォームといいますか、そういうコンセプトで作った時計です。つまりミレニアル世代に対して、時計というアイテムに振り向いてもらいたかった。本格的な機械式時計でありながら、カッコよくて若い人たちが使ってみたくなるような。
「スケルトンX」と「フリークX」に共通するのは、文字盤がないという部分です。何かを透かして見るという意味でのX-rayの表現が共通しています。
――いわゆるスケルトンデザインに意味づけをしたということだと思うんですけども、それをユリス・ナルダンが手掛ける意義を教えてください。
JC 時計のスケルトン化というと、とても伝統的な古風な時計のイメージがありますよね。ただ若い世代に届けたいと考えたときに、大切なのはデザイン性です。それに加えて、腕に載せた時のフィーリングでしょう。ケースの重さ、厚み、そういう感性に訴えかけてくるものを大切にしたいんです。実際にスケルトンモデルは軽快な着け心地になっています。
――私がすごく新しいなと感じたのは、X線を通したときに骨格が見えるように、骨となるブリッジが強調されているというのが、他ブランドの肉抜きスケルトンとは圧倒的に違う要素だと思いました。
JC 「フリークX」の場合、ムーブメント自体が回転して時刻を示すということなので、そこにデザインの制約があるわけです。その制約がありつつ、いかにXという新たなデザインコンセプトを打ち出すかというところがチャレンジでした。一方で「スケルトンX」はデザインから入っていった時計です。デザインコンセプトをいかにうまく表現するか、そのためのムーブメントとはどういうものだろう、と進めていきました。
両者は真逆から攻め込んでいった結果です。
――なるほど。ところでユリス・ナルダンは中価格帯から高価格帯までをカバーするモデル群になっていますが、この商品構成の理由を教えてください。
JC ユリス・ナルダンは、これまでトップエンドの製品で革新的なアイテムを作り、それをより手の届きやすい価格帯に落とし込んできました。
例えば、トゥールビヨンにグラン・フーエナメル文字盤を付けてSSケースで324万円という高コスパの製品があります。これが実現できるのは、もともとキャリバー118という、ユリス・ナルダンを代表するキャリバーがあり、その量産体制が整っているから実現できる価格です。長年製造してきて、キャリバーの性能も証明されているからこそなんです。
ボリューム生産できるムーブメントがあることで、独自性を貫くことが可能となります。生産効率も上がり、さらにデザインの自由度も増すのです。
――理解できます。そうした幸せな例がある一方で、世界的経済不況の影響により、スイスの高級時計のなかには勢いをなくしたブランドがあります。そうした状況をJCさんはどう捉えていますか?
JC スイスの時計産業はずっと長く、右肩上がりで来ていたと思います。ただ、今ちょっと変化の時なのかなと思います。そういう変化の時というのは、さらに伸びるブランドと、一時的に駄目になってしまうブランドが出てくると思います。
そんな中で、ユリス・ナルダンはおかげさまで着実に売り上げを伸ばしているので、この産業への変化の時というのが、ユリス・ナルダンにとってはプラスに働くといいな、というふうに思っています。
――では、今後のスイス高級時計界は、どういう局面に向かうと予想していますか?
JC これまでは高級時計ブランド同士の中でのシェア争いだったと思うんですけれども、これからは時計ブランドだけが競合するだけではなく、例えば、旅行であったりとか、車であったりとか、趣味であったりとか、ライフスタイルに関わるいろんなものの中で何を選ぶか、ということになってきていると思います。
そういう状況のなかで時計を選んでもらうには、余程の付加価値がないと難しいと思っています。
――ユリス・ナルダンは今後どんなブランドへ成長していくべきとお考えですか?
JC まず、近年に発表してきた方向性を継続していきます。そして引き続きコレクションの整理と明確化を図っていきます。
――できる限り、具体的にお答えください。機械式時計の今後の主戦場は何ですか? その理由、技術背景も教えてください。
JC ひとつには、デザインです。過去にも増して、デザインは重要な要素になってきていると思います。もうひとつは、驚きを伴う付加価値ですね。驚くほど軽いとか、パワーリザーブが非常に長いとか、リサイクルの素材でできているとか、ムーブメントが簡単に修理できるとか、いろんな側面からの付加価値が考えられると思います。
――では、ユリス・ナルダンの得意技は、どんな付加価値ですか?
JC 例えばシリシウム。シリシウムという素材で非常に実用的な付加価値をつけることができます。あるいはドンツェ・カドランのエナメル工房では、色褪せない文字盤が作れます。
高度な技術をデイリーユースに落とし込み、ハイスペックの付加価値を付けるというのがユリス・ナルダンの一番の強みだと思います。
――ちなみに、ユリス・ナルダンがケリンググループの一員にいることで、どういうメリットがありますか?
JC ひとつにはグループからの支援機能があります。
――資金提供ということですか?
JC いえ。各ブランドは独立採算制になっています。ケリング傘下にブランドがあるというよりも、それぞれのブランドを下支えするものとしてケリングというグループが存在しているイメージです。
製造に対する投資というシンプルな話にとどまらず、グループで持っているノウハウの共有であるとか、そういう多彩な面でグループのバックアップがあることが、ブランド運営にいい影響を与えていると捉えています。
――それは他のホールディング会社とは異なりますか?
JC 他のグループのことも知らないわけではないのですが、ケリンググループについては特に、各ブランドの独立性が強いことが挙げられると思います。
――わかりました。最後の質問です。JCさんにとって、機械式時計とはどういう存在ですか?
JC 「非常に多くの制約と挑戦の必要な数センチの世界」ですね。もちろん見た目も格好よくなければいけないし、格好よければいくらでもいいかというとそういうこともない。価格も考えなければいけないし、着け心地も良くなければいけない。そうしたすべての要素を3〜4センチの中に収めて、しかも独自性があって、ストーリーを語ることができる。
制約のあるなかで、さまざまな要素が込められている世界なんですよね。私はそういう世界だからこそ好きなのです。
伝統的な技法を使うのか、最先端の現代的な技法を使うのか、どれをどう選んで、どう組み組み合わせたらいいものができるのか、独自性、ストーリー性は持たせられるのか、ということを総合してギュッと小さなアイテムに集約するという、とても楽しい世界だと思います。
※このインタビューは2019年7月に行なわれたものです。