ユリス・ナルダン、すなわち自由のマニュファクチュール|ULYSSE NARDIN
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2020年2月17日

ユリス・ナルダン、すなわち自由のマニュファクチュール|ULYSSE NARDIN

ULYSSE NARDIN|ユリス・ナルダン

ユリス・ナルダン プロダクトマーケティング部長 ジャン=クリストフ・サバティエ氏インタビュー(1)

ユリス・ナルダンが、大変革を進めています。かつてのマリンクロノメーターの成功を柱とする古風な立ち位置から、エキサイティングなコンセプトを表現するコンテンポラリーな立ち位置へと、そのポジションを大きく変えているのは、もう誰の目にも明らかですよね。そこで、このインタビューでは、ユリス・ナルダンが今、何を考え、どこに向かっているのかを、ブランドのキーパーソンにうかがいました。

Interviewed by TSUCHIDA Takashi

非常に多くの制約と挑戦の必要な数センチの世界

はじめに今回のインタビュー対象者に関する情報をお伝えします。ユリス・ナルダンのプロダクトマーケティング部長、ジャン=クリストフ・サバティエ氏。1970年フランス ディジョン生まれ。ブランドの全製品のラインナップに責任を持ち、新製品のデザインからマネジメントのエキスパートとして、アーティスト、デザイナー、プロジェクトマネージャーを含む10名のチームを率いています。
ジャン=クリストフ(以下、JC)さんは、ビジネススクールを卒業後、23歳で自動車産業に入り、プジョーにて経験を積んだ後に時計業界に転身。2002年にボーム&メルシエのマーケティング・アンド・コミュニケーションディレクターに就任しました。2011年にはケリンググループに移り、ブシュロンの時計部門にてディレクターを5年間務めた後、2016年にユリス・ナルダンに入社。そして現在に至ります。
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――はじめまして。インタビューのはじめに、ユリス・ナルダンに入社する前に抱いていたこのブランドに対するイメージを教えてください。
JC ひとつには“自由”というイメージですね。発想、表現、ブランドの革新性、さまざまなことをとても自由にやっているという印象がありました。もうひとつには、やはり技術力に対する非常に高い評価を得ているブランドであることです。革新技術を数多く持っていることから“エンジニア集団”という印象も持っていました。
――JCさんは、ユリス・ナルダンで何を実現したいと思っていますか?
JC ユリス・ナルダンはまるで夢のようなブランドです。ありとあらゆる手段を使える、すべてが整っているブランドです。自社ムーブメントを保有していますし、シガテックがあることによってシリシウム素材を扱うことも可能です。
――“シガテック”ですか?
JC そう。シガテックという名称のユリス・ナルダンが所有する工場があります。ユリス・ナルダンのシリコン部品はそこで作っています。一方で、より伝統的な技法(エナメルフランケ、グラン・フー、クロワゾネ、シャンルベ)も得意です。
――ドンツェ・カドラン工房がありますからね。
JC ええ。ほかにスケルトン表現も、オートマタを付けることも。本当に、ありとあらゆるチョイスがあります。ユリス・ナルダンというブランドは、まるで素敵なツールボックスみたいなものです。
それで私が何を実現したいと思ったかと言いますと、そうしたノウハウは継承しつつも、既存のコレクションを整理して、一つひとつの存在意義をより明確化したいと考えました。これまでのユリス・ナルダンは、マーケティングの観点による商品構成力がやや弱かった。それではせっかく作ったものが生きてきません。
――私の認識では、2017年のSIHHからユリス・ナルダンの変革が始まったという印象を受けています。かつてのユリス・ナルダンは、マリンクロノメーターをアイコンにしたトラッドな訴求でしたね。
JC ユリス・ナルダンはある意味、二足のわらじを履いているブランドです。
ひとつには伝統。その伝統を代表するのがマリンクロノメーター。デッキ・クロノメーターという、海軍の船に設置された時計のデザインをベースにしたマリンクロノメーターというものがあります。
もうひとつは、既存の殻を破っていこうとする技術革新です。それは「フリーク」に代表されると思います。ユリス・ナルダンは2年前から後者を強化していこうと舵を切った結果、「スケルトンX」「フリークX」といった製品を登場させました。
――では、現在のブランドメッセージを改めて説明してください。
JC ユリス・ナルダンを表現するのに「自由のマニュファクチュール」という言葉をよく使います。先ほども申し上げました、ユリス・ナルダンがエンジニア集団であること。それは技術的に自由度があることを指します。そしてユニークなデザインの時計を作ることができるという意味で、発想力に富む自在さもあると思っています。
――その「自由」というのは、ユリス・ナルダンの歴史の中で、どのように育まれたものなのでしょうか?
JC それはチャレンジ精神旺盛なブランドだからだと思います。ユリス・ナルダンに代々関わってきた人間が、チャレンジ精神を持ってブランドを継続してきた結果です。想像力に蓋をせず、何でもやってみよう、他の人がやったことないことをやってみよう、という精神がこのブランドには息づいています。
創業当時にまでさかのぼって言及するならば、創業者の息子ポール・デイヴィット・ナルダンは、ジュラ地方というスイスの山奥で生まれ育ったにもかかわらず、果敢にもマリンクロノメーターの世界を極めようとしたわけです。
――山で生きてきた人々が、海の世界に打って出た?
JC そうなのです。当時、海洋時計を作っていたのはフランスかイギリス。そんな時代に、海もない国の会社が、海で使う道具を極めた。その結果はご存じの通り、世界50カ国の海軍に使われました。
もうひとつ例を挙げるならば、2001年に当時のCEOロルフ・W・シュニーダーが「フリーク」を発表したのですが、それは衝撃的なことだったと思います。「フリーク」には文字盤がない、リュウズもない時計なのですから。しかも時計にそれまで使われていなかったシリシウムという素材を初めて使ったということで、非常に注目を集めましたが、これも本当にチャレンジ精神のなせる業です。また、高級機械式時計に「フリーク」なんていう名前を付けるというのは、マーケティング的に考えるとギリギリOKのネーミングですよね(笑)。
――たしかに(笑)。
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