連載|名畑政治 第1回 初めての腕時計
連載|名畑政治
第1回 初めての腕時計
時計ライターとして活躍する、名畑政治の新連載がスタート! 腕時計にまつわる思い出話や取材先での出来事、コレクションについての思いを綴ります。まずは腕時計との出会いにまつわるエピソードから。
文と写真=名畑政治
学童向けの「セイコー・スクールタイム」
僕が初めて腕時計を手にしたのは小学2年生のときでした。
親父が突然、 なにを思ったのか時計を買ってくれることになり、地元百貨店の時計コーナーで購入しました。それが学童向けの「セイコー・スクールタイム」。価格は2500円ほどだったと思います。
ところがその時計は数日で調子が悪くなり、最初に購入した白文字盤モデルの在庫がないため、黒文字盤のモデルに交換となりました。
そんなわけで最初はしっくりこなかった黒文字盤の腕時計でしたが、腕にはめているウチにお気に入りの宝物となりました。
もっとも電車通学するわけでも、塾に通うでもない東京郊外の小学生にとって、腕時計は日常生活にまったく必要がなく、家族で外出するときだけ誇らしげにはめたことを覚えています。
それは中学生になるころまで続き、ストラップを交換しながら愛用しました。それにしても当時(1960年代半ばごろ)の2500円は、それなりの金額。なにしろ大人用腕時計ですら、国産の普及品なら5000円程度だったのですから。
悲しい別れ
ところがあるとき、愛する「スクールタイム」が不調に陥ったのです。早速、地元の時計店に持ち込んだところ、「これは直せないね」と突っ返されてしまいました。しかも、開いた裏蓋を閉めもせず!
それを見た僕は「壊れたなら捨ててしまえ!」と、その時計をゴミ箱に投げ入れてしまったのです。
ただ、「スクールタイム」のシンボルであるニワトリ・マークが刻印された裏蓋(いちばん上の写真)だけは、なんとなく捨てがたく、それだけを残して……。
だから小学2年生から中学時代まで愛用した腕時計は、もう手元にはありません。ただ、この仕事をはじめたばかりのころ、地方の時計店で新品売れ残りの「スクールタイム」を発見し入手しました。
それが青いストラップの付いたモデルです。長尾善夫さんの著書『国産腕時計 (7) セイコーマーベル』(トンボ出版刊)によれば、これは「スクールタイム・ウィークデータ」というモデルで、1964年に発売されたものだそうです。
時計趣味の原点
考えてみると、現在の僕の時計に対する嗜好は、生まれて初めて手にした「スクールタイム」に集約されています。
つまり、手巻きで、日付も曜日の表示もなく、黒い文字盤。こんな時計がいまでも大好きです。
やっぱり僕にとっての腕時計のオリジン(原点)は、小学2年生の時の「スクールタイム」なんですね。
ちなみに「スクールタイム」は結構、息の長いシリーズで、1980年代の頭には当時、大人気だったポルシェ・デザインの時計に影響を受けたと思われる「スクールタイムGT」というモデルが発売されました。
これは当時の雑誌『ポパイ』でも取り上げられたくらいで、手頃な価格の割にスタイリッシュで良心的なつくりが人気でした。
もっともそのすこし前からクォーツ時計が劇的に低価格化し、子供から大人まで、ほとんど時間の狂わないクォーツ時計を手軽に購入できるようになって“子供用の腕時計”などというものは商品として成立しなくなり、姿を消していきました。
そう考えると、子供の腕のサイズを考えて、 ケースをちょっと小振りにし、時刻の読み取りがしやすい洒落たデザインの「スクールタイム」は、廉価ながら時計会社の良心がつまった“傑作”ですし、そんな時計に巡り会えた僕も幸せだった、と思うのです。
というわけで、今回は僕にとっての腕時計の原点についてお話しました。これから折に触れ、そんな時計愛好家である僕の体験や思いを、このコラムに綴っていきたいと思いますので、おつきあいいただければ幸いです。