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2025年11月20日
すべての行為がマインドフルネス。“ととのい”の国、フィンランドへ
FINLAND|フィンランド
フィンランドの日差しは、日本とはまったく違う。目に映る光すべてが、青白く輝いて見える。空気が澄んでいて、都市部のヘルシンキであっても格別な清々しさがある。深呼吸するたびに、身体の内側から晴れ渡っていくのだ。肺が満たされ、細胞の一つひとつが洗われていくような感覚さえ覚えるのだから不思議だ。
Text by TSUCHIDA Takashi
世界幸福度ランキング8年連続1位の秘密
フィンランドは世界幸福度ランキング8年連続1位の国だ。
日本だって自然が溢れる国である。ただ、日常から遠いのだ。東京に住んでいると、森や湖に行きつくのに、電車を乗り継ぎ、車を数時間運転する必要がある。大きな公園は確かにあるが、人口が密集しているせいで、人の気配が常にある。一方、フィンランドでは、首都ヘルシンキにもあちこちに森がある。“身近な自然”は、地理的な近さに加え、生活にゆとりがあるから、さらに余計に感じやすい。この「ゆとり」が、“ととのい”の源泉だ。
フィンランドで体験するのは「特別な何か」ではなく、身近にある“ととのい”で「本来の自分」に還ることだ。サウナに入る、湖を眺める、森に入ってキノコやベリーを採取する。そこでは、目に映る光が違う、肺に吸い込む空気が違う、何より時間の流れ方が違う。
だから、すべての行為がマインドフルネスになる。
Furuvik Seaside Saunaでフィンランド式のサウナ入浴
ヘルシンキから車で30分ほどの静かな砂浜沿いにフルヴィックのビーチサウナはある。美しい海を眺めながら心地よいスチームで癒される場所だ。ここではTERHEN認定サウナセラピストのAnna Veltenさんが出迎えてくれる(要予約)。
「本日は伝統的なフィンランドサウナを体験していただきます」とアンナさん。「これから3つのラウンドを行います。まず身体を目覚めさせ、次に心に焦点を当て、そして最後のセッションで魂のレベルに到達することを目指します」
フィンランドでは何千年も前から、サウナは癒しの場所であり、身体、心、魂の3層をサポートする場所だった。そう、サウナ入浴は単なるリラクゼーションではない。本格フィンランドサウナ体験とは、身体・心・魂を癒すフィンランドサウナの力を体感することなのだ。
白樺の枝が呼び起こす森の記憶
第1ラウンドは身体の活性化だ。時間にしておよそ5〜10分。「フィンランドのサウナ文化では、自分の身体の声を聞くことが第一のルールです」とアンナさんは言う。
第2ラウンドでは、本格的な白樺の枝を使った「ヴィヒタ(whisking)」を含むサウナ儀式を体験する。ヴィヒタを顔の前に持ってきて、葉を通してゆっくりと息を吸い、吐く。そして胸に当てる。「森からのハグを感じてください」と、アンナさん。
サウナで汗をかくとき、血行が活性化され、代謝が活性化され、皮膚の毛穴が開く。そのとき、ヴィヒタの葉から出る精油の香りが身体にアロマセラピー的な好影響を与え、マッサージ効果によって毛穴が開き、その毛穴から精油が体内へと吸収される。白樺は代謝と血行を良くする効果がある。サポニンが含まれており、皮膚の洗浄効果もあるという。
サウナの精霊「ロウリュ」を呼び起こす
第3ラウンドは、さらなるスピリチュアルな体験だ。アンナさんが小さなサウナの儀式を行い、サウナの精霊「ロウリュ」を呼び起こす。
サウナストーブのホットストーンに白樺を浸した水をかける。すると「ジュワー」という音と共に激烈な熱さの蒸気がたち、部屋中がさらなる高みへと到達する。湿度と温度が一気に上昇して、視界がたちまちぼやけていく。
アンナさんが200〜300年前から歌い継がれている伝統的な歌を歌い始める。「ロウリュの物語です。私たちはすべてのものにそれぞれの精霊が宿ると信じています。サウナの精霊が生き生きとして、私たちに悪いことをしないよう、火傷させないよう」
これは一種の祈りだ。サウナはフィンランド人にとって教会のような場所でもある。内なる自己に向かい、さまざまな癒しをサウナの中で実践するのだ。全身に汗をかいたら、そのまま海にドボンと入る。夏でも水温は驚くほど冷たく、15度にも達していないことがある。だが、ギュッと体を冷やして水からあがると、この上なくスッキリとした気分になる。
水辺を泳ぐ鴨と同じ目線でゆったりと泳ぐと、自分が自然の一部になったようで、なんとも気持ちがいい。海に入らなくとも、木々や空を見て涼むのもいい。熱いサウナと外気浴やクールダウンを楽しむと、自分がいま、ここに存在することを強く感じられるようになった。
Furuvik Seaside Sauna (日本語サイト)
TERHEN
Allas Pool──ヘルシンキ市内で楽しむ本格サウナと外気浴
ヘルシンキの中心部、マーケット広場のすぐ隣にAllas Poolはある。庭園のようなオアシスで、広々としたプールエリアと素晴らしい5つのサウナを備えている。ここはスイムウェアを着用して男女が一緒に楽しめる施設だ。
バルト海の海水を引き込んだ冷水プールもあるが、温度を調節した温水プールもあるから冬でも安心。雪の降る中、温水プールで泳ぐという非日常も体験もできる。都市部で本格的なサウナ文化を体験できる手軽さが、Allas Poolの魅力だ。
ヘルシンキ市内には、このような日帰りで楽しめるサウナ施設が複数ある。歴史あるKotiharjun Sauna、デザイン性の高いLöyly Helsinki、湖畔に佇むSompasaunaなど、それぞれ異なる個性を持つ。サウナを目的とした旅ならば、一つひとつ訪ね歩き、それぞれのサウナ文化を体験するのも面白い。都市型サウナから湖畔のサウナ、伝統的なスモークサウナまで、ヘルシンキを拠点にさまざまなサウナ体験を楽しめる。都市の真ん中で「熱と冷」のリズムを体験する。サウナは、フィンランド人にとっての日常であり、旅行者にとっても手の届く“ととのい”の場所だ。
Allas Pool
Foraging in Finland──森が教える“動く瞑想”
"ととのい"はサウナだけではない。ヘルシンキ周辺でも、フィンランドの魅惑的な森に一歩足を踏み入れれば、自然の恵みと魔法を体験できる。
「こんにちは、私の名前はアンナ・ニューマンです。生物学者であり、野生食材ガイド、そして森林マインドガイドでもあります」
手には伝統的なフィンランドのバスケットを持っている。穴が開いているのは、空気の循環を良くし、キノコの胞子が落ちて拡散するのを助けるためだという。
フィンランドには驚くほど豊富な食用植物が存在する。約200種類の食用キノコ、37種類の食用ベリー、300種類の食用ハーブ。
「今日は、キノコとベリー、そしておそらくハーブも探しに森へ向かいます」
フィンランドには「万人の権利(Everyman's Rights)」という素晴らしい制度がある。土地の所有者に損害を与えない限り、誰もが他人の土地への立ち入りや自然の恵みを受けることを認める慣習法だ。「ただし、もちろん礼儀正しく行動し、誰かの庭や家に近すぎる場所には立ち入らないよう注意が必要です」とアンナさん。
スーパーで買えるのに、わざわざ採りに行く理由
森の中を歩いていると、アンナさんが立ち止まった。「おお、これは良い食用きのこですね!」。Copper Brittle Gillと呼ばれるキノコだ。「茎の根元から全体を取るように、丁寧に採取してみます」
底の部分は銅色をしている。とても大きい。切ってみると、美しい断面が現れる。「少し虫食いがありますね。カタツムリか何かの跡かもしれません。ここは誰かの住み家になっているようです。この部分は外しましょう」
フィンランド人の多くは、市場やスーパーで買えるのにわざわざ、きのこ採りやベリー摘みに行く。なぜか。「人々は自分で採取することを好みます」とアンナさんは言う。自然の中で恵みを得る喜びが感じられるからだ。ベリー摘み、きのこ採りは「ある意味瞑想のようなもの」だとも言う。無心になれる喜び。「こんなに採れた!」という達成感。そして収穫したものはもちろん美味しい。
森の知恵に触れる
ローワンベリー(ナナカマドの実)を見つけた。「この実は確かに酸っぱいですが、たった1〜2粒で1日分のビタミンCが摂取できます」。実は星のような形をしており、まるで魔法のような雰囲気を醸し出している。ローワンの木は他の木々を守る保護樹として知られている。
ジュニパー(セイヨウネズ)もある。フィンランド語で「Kataja(カタヤ)」。これも保護樹の一種で、悪いエネルギーを祓う力があるとされている。「フィンランドでは、毎週木曜日が清掃の日でした。伝統的に、その日にはジュニパーを燃やして悪いものを祓い清めていました」。
肉や魚を燻製にする際に、ジュニパーの枝を加えることで、より柔らかく風味豊かに仕上げることができる。ジュニパーは長寿と強さの象徴でもある。「ジュニパーは1000年以上生きることができるからです」。
そんな会話を交わしつつ、森のディテールに目を凝らす。これは一種の没入型体験なのである。フィンランドの民話やハーブの知恵、森の秘密に触れる。植物の名前を覚え、その効能を知り、どこに生えているかを観察する。そして、手を伸ばして採取する。その一連の行為すべてが、マインドフルネスになる。
森を後にするとき、バスケットには今日の収穫が入っている。それは単なる食材ではなく、森との対話の証である。



