MATSUNAGA Manabu|vol.10 デレク・ジャーマンの庭 その2
MATSUNAGA Manabu|松永 学
Vol.10 デレク・ジャーマンの庭 その2
見捨てられゆく庭
今回はVol.3で触れたデレク・ジャーマン(Derek Jarman、1942~94年)の庭の続編。
デレク・ジャーマンはイギリス・ミドルセックス出身の映画作家、舞台デザイナー、作家である。この庭は、イギリス南部、ダンジェネス(Dungeness)村のパワーステーション近く、広い平原にぽつねんとたたずんでいる。今はなき映像作家が滞在し、創作した庭である。
Photographs & Text by MATSUNAGA Manabu
フランス、カレーから海底トンネル抜けて93km
もしも晴れ渡ったらヨーロッパ=フランスも肉眼で見える。夜には大陸の灯火も数えられる。ここはフォークストン、聞いた話ではイギリスで最も古い海水浴場らしい。当時はヨーロッパから船で渡るしかなかったが、1994年に英仏海峡トンネルが開通して簡単にイギリスに渡れるようになる。デレク・ジャーマンが没した年も奇遇にも同じ年だった。
ある晴れた秋空の下、フォークストンから海を見ていると蜃気楼のごとくダンジェネスのパワーステーション(発電所)が地平線上に浮き上がってきた。ロンドン行きを変更して引きつけられたようにダンジェネスに向かう。対岸に見えた蜃気楼はそこからたった35km。
そう、砂漠のように何もかもが風化してしまっているのではないか? デレク・ジャーマンの庭も現存しているのか気になって、夢にまで出てきてしまったのだ。
連なる海岸沿いの別荘風の小ぎれいな家並みも、ダンジェネスに入ると様相が変わっていく。そんな道を進みながら現れた庭はもう15年以上も前に訪れた時と同じく存在していた。家自体も手入れされていて新しくペイントした黄色の窓枠も眩しい。ただただ草木が大きくなったのが驚かされる。
塀もない、庭の境もない。静かにお邪魔してみる。歩くとザクザクという小石の音に「静かにして」と願いをかけながら……。庭がどうなっているのかを知りたい一心で細部を見る。鉄、石、流木、浮き、ゴム手袋、皆やせ細ってしまっていて居たたまれなくなり、庭から飛び出してしまった。
廻りの風景を見る、風で倒れた草木を見る、石の間から生えたキノコを見る。雨風で朽ちて行く昔の漁師の小屋を見る。風に向かいながら浮遊しているカモメを見る。風になびいているあっけらかんとしたユニオンジャックを見る。パワーステーションからの風で踊っている洗濯物を見る。
人気のないこの場所は孤独に満ちていて、痛さや悲しさと切っても切れない土地のような気がした。夕暮れにフォークストンに戻ると、海岸では一人の女の子が私の胸めがけて飛び込んで来た。