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2021年12月22日
世界の1/3が使うイスラエル発のグローバル・アドテック企業 「Outbrain」が次にリコメンドするもの|INTERVIEW
INTERVIEW|「日本人が知らないイスラエル」#2
Outbrain Japan株式会社 マネージング・ディレクター 上野正博氏
かつては宗教と紛争の印象が強かったイスラエルだが、近年は中東のシリコンバレーといわれ、デジタルテックで脚光を浴びている。コロナ禍には、世界最速で国民にワクチン接種を徹底させて、先進的なヘルステックを世界に知らしめた。
世界のビジネスシーンから「スタートアップ・ネイション」として急速に存在感を増すその背景には、世界中から人が集まり建国した歴史をはじめ、高水準の教育システム、そして、新しいものを取り入れたチャレンジ精神が評価される文化があることはあまり知られていない。我々日本人はイスラエルを本当に知っているのだろうか?
前回に引き続き、連載「日本人が知らないイスラエル」の第2回目に注目したのは、世界50カ国以上で展開される、イスラエル発のアドテックのリーディングカンパニー、Outbrain。昨年、日本法人の代表、マネージング・ディレクターに就任した、上野正博氏に話を聞いた。
Interview by YOICHIRO Maeda Text by MAMI Shoji Photograph by TAKAYANAGI Ken
世界の3分の1のインターネット人口が「Outbrain」を通じてコンテンツを見ている
取材は恵比寿にあるOutbrainのオフィス。見晴らしのいい会議室に通されると、脚を引きずりながら上野社長が現れた。
上野 お待たせしました。いやいや、昨日ゴルフで脚を挫いちゃいましてね。前下がりの斜面がどんぐりの絨毯になってまして、、、無理しちゃいけませんね、いやお恥ずかしい。
笑顔と適度に日焼けした肌が印象的だ。趣味はゴルフ。昨年10月に、Outbrain日本法人のマネージング・ディレクターに就任した上野氏は、これまで、CRITEO株式会社の代表取締役兼アジア太平洋地域最高責任者をはじめ、BuzzFeed Japan株式会社の代表取締役などを歴任する、デジタル広告とメディアのプロフェッショナルだ。
1998年から3年間社長を務めた会社で、初めてアドネットワーク広告を作ったという上野氏。当時は、媒体1社ごとに契約して枠を預かり、手売りする営業スタイル。次第に広告の買い方がプログラマティックに代わり、デジタル広告は、株のトレーディングに似たスタイルにシフトしていく。
Outbrainは、イスラエル人のヤロン・ガライ氏とオリ・ラハブ氏が共同創始者としてスタート。雑誌のページをめくり、次の記事や製品に出会う体験をオンラインでも実現すべく、サービスを提供している。メディアにとっては、膨大なコンテンツに埋もれがちな記事広告の拡散が効果的にでき、対する読者にとっては、個人の興味に応じて最適化されたオンライン上の記事を提供してくれる橋渡し的な存在が、Outbrainだ。
それでもピンと来ない人は、世界の3分の1のインターネット人口がOutbrainのフィードを通じてコンテンツを閲覧していると聞いたら驚くだろう。実はそれだけ現代人の生活に身近なのが、Outbrainなのだ。
上野 前職では、シンガポールで旅行に特化したデジタル・マーケティング事業として、サードパーティーのデータを駆使して、ターゲティングの精度を高める先進的なことをやっていました。そのため、逆にOutbrainに驚いたのは、日本をはじめ世界50カ国以上の大手メディアと何カ年計画で契約を結んでいたこと。デジタル広告の業界で、「まだこの営業スタイルでやっているんだ」と、驚きましたね。同時に、プログラマティックな手法に頼らず、ここまで事業規模を広げられたことが、すごいなと感じました。
Cookieレス時代はOutbrainにとってチャンスか?
実は近年、Googleの仕様が変わり、サードパーティーCookieを活用したWebマーケティングや広告施策が、2023年いっぱいで使えなくなる。Cookieとは、閲覧したWebサイトのサーバーから発行される小さなテキストファイルで、ログインシステムや広告施策に活用されてきたが、ユーザーのプライバシー保護の観点から、Googleは廃止を表明。
サードパーティーCookieに代わって、個人が特定できない仕組みの「Privacy Sandbox」が提案されている。これについては後述するが、これからのアドテックは、どんな道筋をたどるのだろうか?
上野 今後、Cookieが使えなくなっても、Outbrainでは、何百万という記事を読み込んで最適化しながら、届けていくデータベースが確立されています。「こういう記事が読まれやすい」というグループ分けをベースに独自に幾通りものターゲティングが可能で、ユーザーごとのターゲティング精度は、非常に高いものがあります。
ただ残念ながら、サードパーティーCookieが使えなくなると、個人のターゲティングはしづらくなるでしょう。一方で、サブスクで有料記事を提供する媒体であれば、個人のIDを取得しているので、それを活用したターゲティングを進化させていくことになるのではないでしょうか。
Outbrainにとって、Cookieレス時代はチャンスといえるのだろうか?
上野 チャンスでもあると思います。他方で、GoogleやFacebook、Yahoo!などは、ユーザーのIDを保有する強力な強みがあります。そこといかに戦うかが、今後のカギになりますね。ただ、Outbrainの持つコンテンツ・ターゲティング技術で戦うことになることは間違いありません。
Outbrainでは、これまで一貫して、媒体や読者、広告主を公平に捉えることを軸にしてきた。いわゆる「汚い広告」と呼ばれるコンテンツをひとつひとつ手作業で精査してきた成果が昨今、出始めているという。
上野 非常にコストも時間もかかりますが、同業他社が記事広告を事後審査する方式のところ、Outbrainでは今も事前審査を徹底しています。とくに医療品やヘルスケアに関する薬機法に抵触するコンテンツに関しては、外部に校閲を依頼しているので、さらにコストがかかりますが、広告の質を担保することに重点を置いています。もちろん、少しずつ自動化は進めていますが、今後もそのスタンスを崩すつもりはありません。
Googleが開発した、「FloC」は、今後導入が予定される上述の「Privacy Sandbox」を実現させるための機器学習アルゴリズムだが、これは何をもたらすのだろうか?
上野 Googleではグループ分けを推奨していますが、問題はその分け方です。Googleがやろうと思えば、それに加えて個人が検索するキーワードデータを合わせることができます。
というのも、検索エンジンやYouTube、Gmailなど、Googleアプリをひとつも入れていない人はほとんどいませんよね。それらにログイン中は、ずっとターゲティングされていることになります。
実はこれは、使い方によっては危険で、たとえば、お金に困っていると思われる人に対して、消費者金融の広告をどんどん出していくといったこともできてしまう可能性があります。
イスラエル発のレコメンデーション・プラットフォーム
インターネットの黎明期からデジタル・マーケティング業界を見続けてきた上野氏。すでにイスラエルについては13〜14年前の時点で、セキュリティテック業界では知られていたものの、アドテック業界で名前を聞くことはまだなかったという。
上野 実は私がイスラエルテックの名前を知ったのは、偶然にもOutbrainが最初でした。今から10年くらい前のことです。当時の私たち(CRITEO)のベンチャーキャピタルパートナーが、「アウトサイド・レコメーデンションカンパニーのCRITEOに対し、インサイド・レコメーデンションカンパニーを見つけた」ということで紹介されたのが、Outbrainでした。
そして2012年頃、日本進出を視野に入れているということで、Outbrain創始者の実弟であるエイタン・ガライ氏が訪ねてきました。
当時のOutbrainのビジネスモデルは、媒体にレコメンデーションエンジンを提供し、PVを増やすことにあって、今のように記事に広告をブレンドさせる手法は、その数年後から。むしろ当時のOutbrainは広告を嫌い、フィードに広告記事を入れるのはNGとしていました。ただ、広告記事の中にもユーザーメリットのあるものもたくさんあります。ならばそれらを厳選して掲載しようじゃないかというところから、今のOutbrainのビジネスモデルが始まったわけです。
やはり大切なのは、記事自体が読み応えがあること
どんなにアドテックが進化しても、そこにいいコンテンツがないと成り立たない。個人の傾向をしっかり掴んだ上で、その人にとって不快ではなく、有益な情報をいかに届けるか?ということに、Outbrainは早くから着目していたことになる。
上野 記事下のウィジェットには、広告主のLPを読み込んで抽出・凝縮したものを表示しているので、LP自体が読み応えのある記事でなければなりません。現在、LPがしっかりした内容であるほど、Outbrainのエンジンとの相性がよく、効果が出やすいと好評をいただいています。
長い間、進化を続けるデジタル・マーケティング業界にいる上野氏だが、Outbrainで現職に就いてから、「業界は本質的には変わっていない」という見解に至ったのが、意外だった。また、イスラエル人の創始者のバックグラウンドについて、興味深い話を聞くことができた。
上野 実は、私自身も98年頃から、Outbrainの理念である「ライトハウス」と同じことを言っていて、ホワイトボードに、「媒体社」「広告主」「読者」をつなぐ三角形を描き、「これが正三角形じゃないとダメだから、絶対にえこひいきはするな」といった説明をしていました。そもそもOutbrainの日本法人代表の話を受けたのも、同じ理念に共感できたことが大きいですね。
イスラエル本社からすると、日本は言語をはじめ、文化もビジネススタイルも異なり、もっともわかりにくい国のひとつです。でも、当初からOutbrainは、日本に進出するだろうと確信していました。
というのも実は、創始者のガライ家の祖先はポーランドに住むユダヤ人にルーツがあり、戦時中、リトアニアの領事館に赴任していた外交官の杉浦千畝さんの発給したビザにより、ホロコーストから逃れられたのです。それだけに、日本へのシンパシーは相当なものがあるでしょう。
もちろんインターネット広告の市場規模の大きさに関しても、日本は世界有数のマーケット。グローバルで見ても大きなシェアを占めていて、まだまだ伸びしろのあるマーケットだけに、期待は大きいはずです。
媒体者、広告主、読者の正三角形の関係
現職に就いてから約1年。あらためて、Outbrainの可能性をどのように捉えているのだろうか?
上野 創業者のヤロン・ガライは、そもそも大変な読書家です。起業したのも、いちいち本を探しに行くのが面倒だから、読みたくなる本を自動的に勧めてくれるエンジンを開発したいという単純な発想がきっかけでした。でも、全然興味のない本を勧められてもうっとおしいですよね。Outbrainでは「ディスカバリー」と表現していますが、良質なものを勧めてほしいわけです。
変容しながらできあがったビジネスモデルは、「ライトハウス」で、「媒体社」「広告主」「読者」の3つのお客様を公平に扱うのが理念です。なぜなら、実際に広告料を支払うのは広告主ですが、その理念を曲げて良くない広告を出すと、読者離れが起きて、媒体社にも迷惑がかかるからです。
Cookieレス時代が来たら、コンテンツ・ターゲティングの重要性はますます高まると考えています。今後の課題としては、現状は文字を中心としたコンテンツ・ターゲティングなので、これを動画の領域にも広げること。これに先駆けて、11月には、動画マーケティングの事業を手がけるスイスのvideo intelligence AG社を買収しました。これを足がかりに強化していく考えです。
最後に、今後チャレンジしたいことについて伺った。
上野 現状、日本がグローバルで発信する主力はアニメがメイン。掘り起こせば、もっと良質なコンテンツはあるはずですが、まだまだ埋もれている気がします。僕個人としては、もっと多くの日本の良質なコンテンツを世界に発信できたらという思いがあります。
現状のOutbrainは、誰でもアクセスできるオープンウェブの中で提供するサービスですが、今後は、Netflixなどのサブスクリプションサービスや、クローズドのSNSであるFacebookなどでも提供できたらと考えています。
*高度情報化社会が加速するこれからの時代、ウェブ上でのあらゆるコミュニケーションに、より一層イスラエル発のOutbrainのサポートが加わることは間違いなさそうだ。
Outbrain Japan株式会社 マネージング・ディレクター。株式会社リクルートを経て、ダブルクリック株式会社 代表取締役社長、トランスコスモス株式会社常務取締役、オーバーチュア株式会社 代表取締役社長、CRITEO株式会社 代表取締役兼アジア太平洋地域最高責任者、BuzzFeed Japan株式会社の代表取締役社長などを歴任。2020年10月より現職。趣味は、年間100ラウンド超をこなす、ゴルフ。