イスラエルの医療テックが可能にした最速のワクチン接種。ハイテク大国の今とは?|INTERVIEW
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2021年12月22日

イスラエルの医療テックが可能にした最速のワクチン接種。ハイテク大国の今とは?|INTERVIEW

INTERVIEW|「日本人が知らないイスラエル」#1

駐日イスラエル大使館経済担当公使ダニエル・コルバー氏

かつては宗教と紛争の印象が強かったイスラエルが、近年は中東のシリコンバレーといわれ、ハイテク産業で脚光を浴びている。コロナ禍には、世界最速で国民にワクチン接種を完了させて、医療分野においても最先端国家としての存在感を強め、2021年の世界幸福度調査では、アメリカやイギリス、そしてフランスやドイツをしのぎ、12位にランクインしている。

世界のビジネスシーンから「スタートアップ・ネイション」として急速に存在感を増すその背景には、1948年の建国当時から敷かれる高水準の教育システムをはじめ、チャレンジ精神やトライ&エラーが評価される文化があることはあまり知られていない。
我々日本人はイスラエルを本当に知っているのだろうか?

「日本人が知らないイスラエル」と題した連載の第1回目は、イスラエルの国力を支える強みと魅力を探るべく、イスラエル大使館 公使・経済部代表のダニエル・コルバー氏に話を聞いた。

Interview by MAEDA Yoichiro|Text by MAEDA Yoichiro|Photograph by TAKAYANAGI Ken

優秀なハイテクベンチャーを数多く輩出する要因

イスラエルのハイテク産業の発展は、昨日今日始まった話ではない。2011年に出版された『スタートアップ・ネイション』にもあるように、建国当初の1950年代からすでに革新は進んでいた。
『START-UP NATION』。米国政府の上級外交政策アドバイザーだったダン・セナーとエルサレム・ポスト編集長のソウル・シンガーによる共著。すでに10年前からイスラエルの可能性と先進性について言及している名著。2011年発売。
スイスのエコール・オテリエール・ド・ローザンヌ(EHL)で国際ホスピタリティ・マネジメントの学士号を獲得、「世界の人たちと接することができるから」という理由でホテルマンの道を志た移植の経歴をもつダニエル氏。自らの故郷イスラエルを「スタートアップ・ネイション」と呼ぶ。
当時からお湯をわかすのに太陽エネルギーを利用するほか、農作物の水やりにドリップイリゲーションといわれる点滴灌漑システムを開発。そうした技術を世界中に輸出し、横展開してきた経緯がある。ハイテク産業において優秀なベンチャーを数多く輩出できるのはなぜなのか。
「まず、政府によるスタートアップ支援があることが挙げられます。スタートアップに新技術の開発促進、改革に対するインセンティヴを与え、国のプライベートセクターのひとつとしてベンチャーキャピタルを立ち上げました。
政府は技術開発のための資金繰りをサポートするだけでなく、リスクを一緒に背負うことも含め、取り組んでいます。損失が出ても半分は政府が負担してくれるので投資家は投資しやすいのです。それから、民官が資金を出し合い、新しい技術をものにするための研究機関をつくっている点が挙げられます。
同時に政府は、海外から必要なシステムや資金を持つ企業を取り入れて、国内のスタートアップと協業するためのハブとなり、よりよい技術開発につなげています」

ベンチャーマインドの原点は、建国の歴史と“フツパ精神”にあり

政府の後押しが重要なのはもちろん、それだけでなく、イスラエルには “chutzpah(フツパ)”と呼ばれる考え方がある。そもそもヘブライ語で「大胆さ」や「厚かましさ」を意味するが、昨今はカオスを歓迎して逆境を糧にし、勇気を持って行動するといった肯定的な意味で使われ、そのスピリットが、起業マインドにもつながっているという。
「イスラエルはそもそも、何もない砂漠に世界中から人を集めて建国した歴史があります。最初の原点からしてリスクを持って国を造るところから始まり、スタートアップの考え方と似ているのです。それからイスラエルでは、『失敗を恐れない』『失敗は恥ずかしいことではない』という考え方が、社会や文化に浸透しています。
イスラエルのビジネスパーソンが、ビジネスでの失敗を人に堂々と話すことはよくあることです。失敗することが悪いことではないし、恐れることもありません。むしろその経験やプロセスによって学ぶことができ、次に生かすことができます。それが起業マインドにもつながっているのではないでしょうか。
“フツパ精神”はイスラエルの起業家の特徴ですね。起業家にかぎらず、イスラエルの企業では、たとえばCEOが『これをやろう』と言いだしたときに、社員が『それは間違っているから、むしろこっちをやるべき』と、堂々と意見を言える土壌があります。恐れずに、自分ができると思ったことを発言する文化があるのです。それによって成功した例も数多くありますよ」

高水準の教育と医療システムで「幸福度ランキング」は世界上位に

世界幸福度調査による幸福度ランキング(2021年度)では、イスラエルは12位。アメリカやイギリス、そしてフランスやドイツといった先進国よりも上のランクであり、ちなみに日本が56位であることからも、幸福度の高さが伝わるはずだ。
その背景として、日本がまだまだ戦後の混乱や貧困から脱却できていない1949年当時から、5〜18歳までの無償の義務教育システムが確立していたこと。それから、デジタルヘルス分野の急成長が大きく影響している。後述するが、世界最速で国民の大半にワクチン接種を完了させることができたことにも現れている。
「現在、イスラエルでは、デジタルヘルスの分野だけで550社以上のスタートアップが活躍し、通院や入院をしなくても、自宅でスマートフォンなどのデバイスで診療や治療ができる技術が発展しています。
AIやIoT、データベースを活用し、MRIやCT検査の結果をAIが診断してくれます。それによって診療のスピードも正確性も飛躍的にアップしました。このサービスにおけるイスラエルの代表的なスタートアップには、ゼブラ・メディカル・ビジョン社があります。それからヘルシードットアイオー社は、自宅のデバイスを使って医師と直接話すことができ、のどや鼻を自宅に設置した器具を使って診断できるサービスを提供し、自宅診療を可能にしました。また、センサーでモニタリングすることで、医師が患者の状態を常に把握できる仕組みが確立され、入院をしなくても治療ができるようになりました」

世界最速でコロナのワクチン接種が完了した理由は?

ワクチン接種のスピードも段違いだったイスラエル。気になるその理由についても聞いた。
「ワクチン接種がスムーズにできたのは、かなり前から国家全体のデジタライゼーションに注力してきたことが大きく作用しています。ここ30年で国の健康管理システムのデジタル化が進められ、国民一人一人の病歴や薬の処方履歴などが、すべてデジタルベースで管理されています。
ワクチンの接種券はオンラインで配布され、接種の有無や副作用の状況、抗体ができているかどうかといったこともすべてデジタル管理されています。そのデータをファイザー社に情報提供することで、よりよいワクチンの開発にもつなげています。
イスラエルでは、年々国が負担する医療費が肥大化して問題となっていましたが、これまで17%かかっていた支出を7%に抑えることができています。それは、医療費に捻出していた額を上回るお金をデジタル技術の開発に投資してきたから。その点は、高齢化が進む日本でも、今後、応用できるのではないでしょうか」
国民が享受するメリットが多くある一方、イスラエルは隣国と緊張状態であることから、国民の義務として、女性にも兵役があるのが特徴だ。意外だが、これも起業マインドにつながっているという。
「兵役の義務は逆にいえば、国民一人一人が国から必要とされていることを意味します。それから、さまざまな地域から集まる仲間と兵役をともにすることで、その後もつながりを持ち、共同で起業するケースも少なくありません」
コルバー氏によれば、兵役を経験することで、“ミッション・イン・ポッシブル(行なう計画はすべて実現可能である)”の精神が鍛えられる側面もあるという。かならず計画を成功させる不屈の精神があれば、山あり谷ありの起業にも強く立ち向かえるということか。ここにも、イスラエルのスタートアップの強みが伺える。

日本人とイスラエル人のビジネスの違いは?

イスラエル人のコルバー氏自身についてもふれておきたい。実は、外交官になる前はホテルマンだったという異色の経歴を持つコルバー氏。スイスの大学では、国際ホスピタリティ・マネジメントやビジネスマネジメントをはじめ、ファイナンス、マーケティング、経済学を学んだ。卒業後のキャリアには、あらゆる国の人たちとつながりながら働ける、インターナショナルな職場としてホテルを選んだという。
イスラエルのスタートアップが、海外の技術を積極的に取り入れながら技術を高めていく点をとっても、イスラエル人の場合、外側とつながる意識が強いように感じられた。一方、考え方が保守的で、内側に向きがちなのが日本人。ビジネスが発展する違いはどんなところにあるのだろうか。
「そもそもの背景として、イスラエルは世界各国からの移民によって構成された移民国家です。つまり生まれたときからほかの国とつながっており、それぞれのルーツも多種多様です。
イスラエルでは天然資源が不足しており外から輸入する必要がありました。また人口が少なく市場が限られているためイスラエルの産業は早くから輸出を開始しました。現在ではイスラエルのGDPの約30%を物品やサービスの輸出が占めています。
また、イスラエル人は世界中を旅行するのが好きで、一般的に、新しい文化を吸収し異なる伝統、音楽、考え方などを学ぶことに非常にオープンです。
日本とイスラエルは歴史的にも地理的にも違いがありますが、日本の人口はイスラエルの12倍。イスラエルにとって日本は大国であり、特有の言語や文化がある国です。人口が多いこともあって、日本では国内だけでビジネスがまわるため、国内で展開する方がやりやすいのだと思います」

必見!観光としてのイスラエルの新しい魅力

世界のグローバルトップ企業が欲しがる優秀なスタートアップが育つ土壌はもちろん、歴史的な観光名所の聖地エルサレムや死海など、イスラエルのみどころはほかにもたくさんある。最後に、まだまだ日本では広く知られていない、イスラエルならではの魅力について教えていただいた。
「イスラエルのビジネスが発展した要因として、多くの観光地に恵まれていることが影響しています。人が来るからこそ流通が発展し、ビジネスも発展していく。人が訪れたいと思えるコンテンツがないと、なかなかビジネスも発展しないものです。
実は、フードツーリズムの観点からも、近年イスラエルは注目されていて、多国籍なレストランが揃うテルアビブのガストロノミー(フランス発祥の食文化や歴史を含めた料理哲学)は世界的に高く評価されており、ロンドンやニューヨークで活躍するイスラエル人シェフも有名です。
イスラエル人のシェフたちが好奇心を持って他国の食文化を取り入れ、それを自国の伝統的な食文化と融合させたフュージョン料理が発展しました。それを観光客に提供しながら、イスラエル特有の新しい食文化が発展した経緯があります。
イスラエルのワインのポジショニングを記した書籍では地中海紀行により上質なワインが採れることが記されている。
イスラエルでは3000年前からワイン作りが行なわれていましたが、一時生産がストップし、イタリアやフランスから技術を取り入れることで、再びワインの生産がさかんになりました。現在、アグリテック(農業でICT技術を活用すること)を活用することでさらに品質改良され、『ヤルデン』をはじめとするイスラエルワインは国際的にも評価が高まっています。
ただ残念ながら、多くの日本のビジネスパーソンは忙しいのか、あまり観光することなく帰ってしまう人も多いので、ぜひ観光の時間もとっていただけたら嬉しいです」
イスラエルの歴史は、1948年スタートと新しい。世界中から人が集まってできた建国の歴史自体が、新しい文化や技術をとり入れた、技術革新の原点であることがあらためて理解できた。
日本とイスラエルは文化も歴史も地理も異なるが、日本もイスラエル同様、他国から文化や技術を取り入れてアップデートしながら、独自の文化を築いてきた。
現在、環境保全の領域でも、風力や水素発電などの持続可能なエネルギーを共同開発する動きも進行中だという日本とイスラエル。
実は共通点を持った両国が協業して技術を高めたら、強大な力を生み出すのではないだろうか。
そんな化学変化を起こすには、今後のアフターコロナ時代に、人流がより活発になることが必要だろう。そして観光や出張でイスラエルを訪れたら、世界的に評価が高まりつつある、テルアビブのガストロノミーをぜひ堪能してみてほしい。
※フランス発祥の食文化や歴史を含めた料理哲学。
ダニエル・コルバーさん 2020年10月日本就任。テルアビブ出身。スイスのエコール・オテリエール・ド・ローザンヌ(EHL)で国際ホスピタリティ・マネジメントの学士号、テルアビブ大学で外交学の修士号、バル・イラン大学で法学の修士号(非陪審員向け)を取得。6カ国語に精通。外交官としてのキャリアを積む以前は、スイス、オーストラリア、タイ、スペインで8年間、ホスピタリティ・マネジメントの仕事に従事していたという特殊な経歴をもつ。
                      
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