BOOK|スティーブ・ジョブズの“禅”漫画?
BOOK|『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』
ジョブズを支えた“禅”を描くアメコミ
1970年代初頭、若きジョブズは日本から布教に訪れていた禅宗の僧侶に出会う──大成功と失敗を続けながら、革新的な製品を開発していったジョブズは、どのようにして「禅」の精神をそのアイデアに取り入れていったのだろうか? 死してなお世界中の人びとに多大なる影響を与え続けるジョブズの、知られざる一面にせまるアメリカンコミック。訳者・柳田由紀子氏による書評をお届けする。
Text by YANAGIDA YukikoPhotographs by JAMANDFIX
桂離宮のようなアップルストア
新iPadを発表し、株価も創業以来最高値を更新中のアップル。スティーブ・ジョブズ、巨星墜ちてなお隆盛の感がある。
話は少し飛ぶけれど、日本には両極端のふたつの美があると思う。ひとつは、桂離宮に代表される「侘び寂び」の渋い美。もうひとつは、日光東照宮のように豊麗豪奢な「ニッポン・バロック」ともいえる美だ。
戦前日本に亡命したドイツ人建築家、ブルーノ・タウトは、桂離宮を「オーセンティック(本物)」と賛美し、東照宮を「キッチュ(偽物)」と批判した。反対に、アメリカ人が口を揃えて絶賛するのは東照宮のほうだ。実際、アメリカの国民的建築家、フランク・ロイド・ライトだって、東照宮からいくつものアイデアをゲットしている。
私が暮らすロサンゼルスなども、東照宮的センスでいっぱいのキンキラな街だけれど、この街にはぽつんぽつんと桂離宮的空間が点在している。それも多くは高級ショッピングモールに……。そう、アップルストアがそれである。アップルストアのデザインは、桂離宮か、禅寺の石庭のごとくミニマルで静謐、アメリカでは極めて特異な存在だ。さらに、大味な製品が多いアメリカにあって、アップル製品の美しさと完成度はただごとではない。
そうだったのか! スティーブ・ジョブズと禅
アップルストアやアップル製品を見たり触れたりすれば、日本人なら誰だって桂離宮的日本文化の影響をどこかしらに感じることだろう。けれども、ジョブズはいったいどうやって日本文化を体得し、製品に昇華させていったのだろう?
米老舗出版社のフォーブスから刊行されたコミックブック、『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』は、そんな疑問に真っ向から答えてくれる一冊だ。
この本は、アップル創業以前の若きジョブズが出会ったひとりの禅僧(乙川弘文=1938年~2002年)とジョブズの30年にわたる交流を描いている。禅というと身構えてしまいがちだが、そこはアメリカン・コミック、つまりは漫画だから小難しく考える必要はいっさいない。
それにさすがにフォーブス、漫画の絵柄が瀟洒でとても品がある。とりわけ私は、晩年のジョブズのトレードマークとなった「黒タートル+ジーンズ+丸メガネ」姿が気に入っている。
『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』を読めば、そうか! やっぱりジョブズは日本文化、とくに禅の影響を受けていたんだ! と、日本人なら爽快に溜飲を下げようというもの。またビジネスマンにあっては、国際的競争力を持つ製品開発のヒントを得ることができるだろう。自画自賛そのうえ自筆なのではなはだだ恐縮ながら、お洒落で活力を生むお得な一冊ゆえ、日本のアマゾンで発売日にたちまち完売、出版元が追加出荷したのもうなずける。
巨星墜ちてなおコミック。『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』は、日本以外でも十二カ国で翻訳出版が決定、全世界で次つぎと発売中である。
『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』
著者|ケレイブ・メルビー
作画|ジェス3
翻訳|柳田由紀子
発行|集英社インターナショナル
価格|1365円