more trees|ニッポン、アオモリ、モノづくり 三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!
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2015年4月23日

more trees|ニッポン、アオモリ、モノづくり 三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!

三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!

ニッポン、アオモリ、モノづくり(1)

2011年7月、アパレルメーカー大手の三陽商会がプレスリリースを発表した。そこには、愛らしいペンギンアートが紹介されている。じつは同様のリリースが、3月初旬にも配信されている。今回、多少アップデイトされているが、内容は概ね変わらない。三陽商会が社会貢献活動の一環としてmore treesと協働してアートピースを作り、「アートフェア東京」にて発表するというものだ。今回の震災により、「アートフェア東京」の開催が7月末にずれ込んだため、あらたに告知の場を設けたというわけだ。

Text by OPENERS

アートが広げる社会貢献活動の可能性

プロジェクトのテーマは、国内に高度な縫製技術を有する三陽商会が、社会貢献活動に取り組むことだ。目玉は森林保全団体として知られるmore treesとの協働である。そしてもうひとつ目を引くのが、アーティスト 栗林 隆氏の参画だ。国内では、まだ知らないひとが多いかもしれないが、すでに海外において高い評価を得ているアーティストのひとりである。青森県の十和田市現代美術館にて恒久作品が設置され、2010年には、森美術館「ネイチャー・センス展」に参加。2011年にはシンガポール、韓国の美術館での展示発表など、精力的な活動を見せている。

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そこで、あらためてこのプロジェクトに興味をもった。三陽商会といえば海外ブランドをふくめ、40近くのブランドを擁する大手アパレルメーカーである。アートプロジェクトについては“あり得る”と思うものの、不思議な感じは否めない。世界では数多のアパレルメーカーが、アートメゾンと深いつながりをもち、アート支援に取り組むのはめずらしいことではない。アパレルとアートの親和性は高い。しかし、なぜ、「アート支援」ではなく「アートを作る」のだろうか。そして、なぜ、森林保全団体のmore treesとの「協働」なのだろうか?

三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!

ニッポン、アオモリ、モノづくり(2)

三陽商会×more trees×栗林 隆

三陽商会とmore treesが出会ったのは2010年10月。もともと三陽商会は、国内に5社の生産拠点を抱え、どこも高い縫製技術を誇る。所在地は、新潟、福島、宮城、岩手、青森。彼らはこの資産を活かし、日本の地域活性と社会貢献を両立できるプロジェクトの構築を目指していた。そんな折に、国内の森林保全と地域活性に注力するmore treesと出会った。

しかし、すぐにプロジェクトがスタートしたわけではない。縫製技術と森林資源の接点はなかなか見つからず、難航。市場には木材と革製品を組み合わせる縫製技術が活用された製品も数多くあるが、おなじことをやっても意味がない。また、三陽商会がこれまで育て上げてきた縫製の技術は、生地を縫い上げることで真価を発揮するというもの。プロジェクト構築にはわずかだが時間が割かれた。そして辿り着いたのが「アート」であった。アートは、「モノ」というよりは一種の「情報」といえる。

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アーティスト 栗林 隆氏

これまで考えたことのない発想を、見るひとに情報として提供し、あらたな価値をもたらしてくれる媒体だ。縫製技術と木材のあたらしい接点と価値を模索していた両者にとって、ぴったりの結論であった。

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プロジェクトは、アーティスト栗林 隆氏の参加によって一気に具体化する。栗林氏は、国内で活躍するアーティストとしてはめずらしく、ギャラリーに所属していない。ゆえに自身の判断で幅広いアート活動を展開することが可能だ。さらにこのとき、栗林氏は自身の表現を追求するため、さまざまなアプローチを模索していた。自身の哲学を作品に落としこむアーティストは、商業ベースで考える企業とのコラボレーションは断られるケースが多い。今回はタイミングがよかったのである。

そして2010年12月、「縫製技術と森林資源を活用したアートを作る」ことをテーマにしたアートプロジェクトが正式にスタートすることとなった。ここまでわずか2ヵ月という早さである。

三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!

ニッポン、アオモリ、モノづくり(3)

職人たちのモチベーション

三陽商会の国内工場のなかで本プロジェクトへの全面協力が決定したのは、コートづくりの技術が世界的にも高く評価されている「サンヨーソーイング青森工場」だ。三陽商会といえば、1946年にスタートしたレインコートの生産をコアに成長してきたアパレルメーカーだ。コートづくりにかんする想いは深く、強い。社会貢献活動プロジェクトとして、これほど適切なチョイスもないだろう。

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年をまたいで2011年2月には、アートのアイデアが固まった。もともと栗林氏は「境界」をテーマに創作活動をつづけるアーティストで知られ、象徴的な作品にはペンギンやアザラシをモチーフとしたものが多い。どちらも、空(陸)との境界線を生きる動物である。今回は、そんなペンギンがモチーフに選ばれた。同時に作品の仕様も決定した。制作するアートは2種類。ひとつはペンギン型のトルソーを木材で作り、ペンギン専用コートを着たもの。もうひとつは、バッグ状のペンギンアートである。

どちらもコート素材として青森工場がもっとも得意とする生地「ギャバジン」と、more treesが提供する木材を使用。アートがみごと縫製技術と森林とをつないでくれた瞬間だった。しかし、いくら青森工場が高度な技術をもっていても、コート以外のもの、ましてやペンギンの形をした「アート」を縫うのははじめてである。しかし、いままで取り組んだことのないテーマに対し、むしろ職人たちのモチベーションは上がった。

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工場は新青森まで開通したばかりの東北新幹線の駅、七戸十和田にある。新幹線の駅から見えるほど、距離は近い。制作は難航しながらも順調に進んだ。栗林氏も関係者も、何度も青森工場に足を運び、当初のスケッチイメージがトライ&エラーを経てよりよいモノに進化していく。2月、3月と青森は寒く雪深い。しかし、青森工場だけは熱気に包まれていたことだろう。

今回のプロジェクトがもたらした、ひとつの成果

ここに今回の三陽商会の社会貢献活動のひとつの成果を見ることができる。青森工場で働くひとたちは地域で暮らすひとがほとんど。コートが仕上げられている横にちょこんと置かれたペンギンは、工場のひとたちの興味をかき立て、雰囲気を和ませたという。

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さらに七戸十和田にある青森工場は、十和田市現代美術館ともほど近い。じつはここに栗林氏の作品が恒久展示されており、地元のひとの多くは栗林氏のことを知っていたのだ。名を耳にするアーティストと一緒にモノづくりに従事するという新鮮さに、工場をはじめ、三陽商会全体のモチベーションが高まったであろうことは想像に難くない。

こうした熱はモノに宿る。それは多くのひとに伝わっていくだろう。今回のプロジェクトが具現したものは、たんなる社会貢献にとどまらない。日本の技術をアートへ、さらに社会貢献活動へと昇華した好例といっていいだろう。

三陽商会とmore treesによるアートプロジェクトが実現!

ニッポン、アオモリ、モノづくり(4)

震災を経て──

3月11日、順調に進んでいた作業中に東日本大震災が発生する。東北全体が被害に遭い、青森工場も例外ではなかった。幸い、倒壊や死傷者はなかったものの、従業員の精神的なダメージや、東北全域の孤立によりエネルギー確保が困難となり、営業もストップした。一方「アートフェア東京」は、3月22日まで開催の方向で動いていたが、東京都が避難民受け入れを発表。会場である東京国際フォーラムのイベント使用が禁止され、開催が見送られた。

こうした状況に、一時アートピースの生産中止もやむなしという雰囲気が漂った。しかし、最後まで縫い上げるという意志を真っ先に示したのが青森工場だった。それを後押しするかのように3月29日、「アートフェア東京」は7月29~31日での開催を決定。会場は変わらず東京国際フォーラム。こうしてアートピースづくりは再始動した。当初、販売収益はすべてmore treesに寄付され、森林保全に活用される予定だったが、震災を受け、more treesが東北支援でスタートした、岩手県住田町の木造仮設住宅の建設を支援するプロジェクト「LIFE311」の支援金に当てられることが決まった。

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被害が軽微であった青森の地から、東北地方の復興支援に取り組める。この事実が、青森工場のひとたちに与えた影響は大きかっただろう。現在もアートピースの制作は進行している。会期直前までつづけられるそうだ。開発のストーリーを追えば追うほど、「アートフェア東京」の会場でペンギンアートを見つけるのが楽しみになる。

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おわりに

震災後、ニッポンの「モノ」に対する価値観が大きく変わったように思う。しかし、兆候は以前からあった。小売業全体の売上がここ数年にわたって減少していることは顕著な例だろう。「モノの買い方」は一昔前と比較すれば、激変したといっていい。人びとが「モノ」を購入する基準は、「機能」だけでなく、どれだけ「価値」を感じるかにシフトしつつある。大震災は、それを加速させるのではないか。

1980年代のバブル期以降、ニッポンが生み出した多くの「モノ」は、「機能」と「品質」が重視されてきた。結果的に、ニッポンの「モノ」は世界を席巻するわけだが、本質的な価値を育む文化や歴史、クラフツマンシップやこだわりがそぎ落とされ過ぎたように思う。だからこそ今回の大震災が、ニッポンの誇る「機能」や「品質」を揺るがせた意味は大きい。今いちど、文化を継承するモノづくりや、地域にしかないモノづくりに、ふたたび人びとの目が向きつつある。ニッポンの価値が見なおされつつある、そんな今だからこそ、この小さなアートプロジェクトにはさまざまな示唆がふくまれているように思う。

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