【連載】柴内晶子の「記憶の色」|記憶の中の色について
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2026年6月12日

【連載】柴内晶子の「記憶の色」|記憶の中の色について

 

LOUNGE |【連載】柴内晶子の「記憶の色」

 
まだ伴侶動物という考え方が日本で一般的に使われるようになる以前より、人生を彩り豊かにしてくれる存在として動物たちと接してきた筆者。赤坂動物病院の院長として、1人の人間として、幼少から今に至る優しい色彩のエッセイです。
 

Text & Photograph by SHIBANAI Akiko

流れる日々と「まろく」生きる

 
日ごろ特にお食事の場でご一緒することが多く、また超絶技巧による淹れ立ての異次元コーヒーを供してくださる、Tさんからのお誘いを頂戴しまして、ここに書かせていただく事になりました。
 
私はこちらに書かせていただくには畑違いも甚だしい獣医師という仕事を通して、長年にわたり伴侶動物医療に携わっております。両親も獣医師で動物達とはあたりまえのように共に育って参りました。人として地球の自然界の一部に属する一人として何かお伝えできる事があるかもしれないというぼんやりした「気持ち」はありますが、その向こうはほぼピントの合わない夢の中の色彩だけの風景のようです。
 
そこには雰囲気だけが存在し、冬の夕暮れの薄暮のような、決して後ろ向きではないなつかしい世界をすこし明らかにして皆様のお机にお届けできたら良いという気持ちでお話しを始めさせていただけましたらと存じます。
 
人は生きることで、仕事をすることで、何かに興味関心をもち実際におこなってみることで、感受性という花が開くのだと思っています。日常生活の中でも本当は一瞬一瞬に心動いているわけですが、日常となるとそのような事を感じ続けるわけにもいかず、つい流れる日々に感じたことにも瞳を伏して、過ごしてしまっているものです。
 
人の心を、過ぎる時間につま弾かれて様々な音を奏で続ける楽器とみてはいかがでしょうか。色とりどりの音色がそこにはきっとあるはずです。自身の心を置いてきぼりにしないで生きていく事が出来ていれば、日々の些末な不満や不幸につまずかず、自身と身近な人々を大切に「まろく」生を全うできるのかもしれません。
 
かくいう私自身がそのような生き方はできておりませんが、今まで感じた瞬間を少しずつ書き留めて、幸せを感じた瞬間や不安を感じる事柄や、不思議に思う物事、感覚だけで理解出来るエリアの事なども積み重ねると、月並みですがすこしばかり生きる力になり、幸せの積み重ねの助けになるかもしれないと思いながら筆をとっていこうと考えています。
 
私の高校時代の記憶の中にとても寒い中、広いすすきの平原をひたすら歩くという体験を呼び起こすことができます。そこは常に夕陽に照らされ、背後には高くない山があり、私はまぶしく感じる橙色の太陽の光の中、土にまみれながら、時にすすきの枯れかけた葉で足を切りながら歩いています。その平原の先には着物姿に綿入り半纏を着た少女が見えて、紫色の雲を背景に夕陽を浴びている風景へと移ります。
 
その少女が着ている半纏は私をとても可愛がってくれた明治生まれの祖母が綿入れしたものだと直感的にわかるのですが、私とその子の関係性は疎遠であることしかわかりません。少女は実在したのかどうかも不確かですが、記憶の中ではそのようなすすきの平原でとても大切な人に会ったということを感じる私自身が今も存在するのです。
 
すすきの平原は今までも心にありましたが、こうして顕す事で寒さの中で感じる自らの息づかいや、すすきで切った足の傷からスーッとにじみ出る赤い血液までも見聞きするほどに実在するものに置き換わり、明らかに人という生き物は自らの中にいくつもの世界と空間、その瞬間を内在させることができる至上の幸せを持って生まれた存在だとひしひしと感じる次第です。
 
誰にもとられる事も乱されることもないサンクチュアリは自らの中にあるという人間万歳的なのりで連載を始めさせていただくのはいかがなものかという見方もあるかも知れませんが、しばしおつき合いくださることに感謝申し上げます。
 
 
 
柴内晶子(しばない・あきこ)
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。
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