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2026年7月10日
【連載】柴内晶子の「記憶の色」|目に青葉、雨の中走る猫とスズラン
LOUNGE|【連載】柴内晶子の「記憶の色」
まだ伴侶動物という考え方が日本で一般的に使われるようになる以前より、人生を彩り豊かにしてくれる存在として動物たちと接してきた筆者。赤坂動物病院の院長として、1人の人間として、幼少から今に至る優しい色彩のエッセイです。
Text & Photograph by SHIBANAI AKiko
スズランの「真珠」
スズランの姿が私を遠い昔に誘う。
小学生の頃だった。夏の気配を感じるはずの春の日は、朝からずっと雨だった。夏の手前の気分のままに、カーディガン一枚で出かけると不安を感じる寒さだ。しかも雨が支配している白い空の日。こういう日は雨は動かない。途中で晴れたりも緩んだりもしない。
その日は久々に食材の買い物にいき、花も選んだ。枝花や小花が好きでブルースター、ナデシコ、梅花うつぎ、山吹、フロックス、アルチルベ、アストランチア、グリーンベル、紫色の火花のような夕霧草、アリウムなど沢山の花々が目にとまったが、時節柄もあってスズランを数本求めた。それとライラックのピンクムラサキ花も共に持ち帰った。
当時一軒家に住んでいた私は家のまえの砂利道で1頭の痩せたアカトラの猫に出会った。赤い傘を肩に載せてその猫の「小走り」について行った。住宅街のいくつかの道を曲がって、ときおりこちらを伺うかのように振り返る痩せた猫に遅れないようについていった。猫の足は速く、雨に濡れて毛が寝ているので痩せた身体が更に痩せて見える。足回りは泥が跳ねて汚れていた。
猫はついに角を曲がったあたりで高い壁に飛び上がり、その向こう側に消えて行った。壁は家屋の屋根で雨から護られ、空気が溜まりすこし暖かいようだった。とても小さく、かすかな、複数の、高い、か弱い泣き声が聞こえた。母猫だったのかもしれない。
猫を見失った足下にスズランが自生していた。複数のスズランのちょっとした群生におどろいた。その花は水滴のように丸くて、真珠のように魅力的だった。少しだけ頂いて帰ろうかと思ったのだが、むしるのは申し訳ない気がして、雨の中、緑の雑草の中に落ちている1つの“スズラン真珠”をみつけると、その1つだけを大事に持ち帰った。
家に帰ると、アクリルの2cm四方ほどの淡いピンクとブルーの色のついた四角い透明の箱に、水を沁ませたコットンをいれてその“真珠”をいれてみた。それはこの上なく胸にきゅんとくる宝物になった。今も遅い春の雨とスズランは痩せた猫の映像と特別な気持ちを甦らせてくれる。
柴内晶子(しばない・あきこ)
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。