【連載】柴内晶子の「記憶の色」|狛江町の土埃とサモエドの家族
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2026年10月13日

【連載】柴内晶子の「記憶の色」|狛江町の土埃とサモエドの家族

 

LOUNGE |【連載】柴内晶子の「記憶の色」

 
まだ伴侶動物という考え方が日本で一般的に使われるようになる以前より、人生を彩り豊かにしてくれる存在として動物たちと接してきた筆者。赤坂動物病院の院長として、1人の人間として、幼少から今に至る優しい色彩のエッセイです。
 

Text & Photograph by SHIBANAI Akiko

ロシアからきた白い家族

 
母が大変忙しく仕事をしていたので、私はよく祖母のもとに預けられた。毛布にくるまれて夜中に預けられ、そのまま何日間も、祖母宅で過ごしたこともあったが、特別淋しいとは思わなかった。小学生くらいになると友人の父兄からは淋しかったでしょうに偉いわね、などと言われたが、そのように感じたことはなかった。当時は専業主婦が大半で、傍目にそう思われやすい時代でもあったのだろう。
 
私が暮らしたのは当時の東京都北多摩郡の狛江町だった。家は古いが広くて沢山の動物たちがいた。犬、猫、鳥。祖父が綺麗な鳥を好んでいたということも手伝ってか、尾長鳥や金鶏鳥など珍しく見事な美しい羽根の鳥たちが沢山いた。犬は大型犬が数頭いて、セッター、シェパード、スピッツもいた。中にはオレンジ色の、いわゆるアカトラ白の私とほぼ同じ年の猫もいた。
 
昼間は遊びに事欠かず豊かな自然環境の中、土埃の立つ舗装されていない道を沢山歩き、近所の魚屋さんの息子たちとよく遊んだ。私はかなり幼かったので多分お手伝いさんだったのだと思うが、今でいうシッターさんの役割をしてくれる年配の女性たちも曜日変わりでいてくれた。「小島のばあば」と「大滝のばあば」と呼んでいたが、今思えばそこまで年配の女性たちではなかったのかもしれない。特に小島のばあばには私は全幅の信頼を置いていた。
 
毎日未舗装の道を散歩し、野の花、木々、川辺の遊び、風と緑を感じて過ごした。庭もあり、池には鯉がいた。近隣には養鶏場、養豚場もあったから、毎日様々な動植物を含む生物観察をして育った。原風景という言葉を聞くと土道、川、土手に沈む夕日に犬、という情景が思い浮かぶのだが、当時の日本人の多くがそのような風景を思い浮かべるのではないかと想像する。
 
ある時、ロシアから大きな白いスピッツのような犬たちがやってきた。サモエドというロシアのそり引き犬で、その当時は日本には数頭しかいなかったと聞いていた。ある家族が輸入をして、しばらくの間3〜4頭を狛江の家で預かっていた時期があった。その内の1頭がうちの犬になった。ヤッパーボーイオブタックタックスという血統書名でそのままヤッパーと呼ばれるようになった。人には温厚で子どもの私にもとても優しく大きな身体ですぐにお腹を出して「なでて」とせがむ愛くるしく可愛い真っ白な大型犬だった。
 
ある事件が起きた(らしい。事実を聞かされたのはずいぶん後のことだ)。夜だったようだ。近隣の養鶏場をサモエド家族が襲撃したのだ。当時、犬たちが待機していた場所は屋外で、大型犬の家族にとっては簡単に抜け出せるような場所だったのだろう。惨状については聞かされていない。犬たちはなんら悪いわけではない。本能の赴くままの行動で狩りをしたのだ。
 
サモエドの家族の狩猟。それがどんなものだったかについては想像するしかないが、犬にとってはさぞ楽しいものだったろう。一方の鶏たちには災難でしかない。ましてや私の家族(祖父祖母)にとっては、ご近所さんに多大な迷惑をかけ、大きな弁償も伴った大変なことだったに違いない。本当に大変だったと思う。農家さんには本当に申し訳ない。
 
私のような小さな子どもにもお腹をだして甘えてくる大きな白い犬は、群れになり本能に駆られるとそのような行動をすることがあり得る。犬は人と暮らしはじめて数万年と言われる。人間が洞穴生活をしていた頃からの友人動物である。今は「伴侶動物」と言われるようになり、家族同様に人生を共に歩む相手となっている。さらに、社会の中での犬への認識はこの40〜50年で劇的に変わった。
 
ただ私のヤッパーへの思いは何の変わりもない。私と1歳違いのヤッパーの、長くて白く輝く被毛が風にたなびくその美しさ。気持ち良さそうにまさに笑顔で私の歩く速度さえ気にして、優しく待ってくれるその横顔。ヤッパーは私の脳裏に焼き付いて今も胸の奥底に住んでいる。こうして出会った事の事実と真実はきっと永遠に消えないんだと確信できる。
 
私は何代も伴侶動物と暮らして来た。何代も伴侶動物たちを見送ってきた。そのたびにいつも「もう逝ってしまうのか」と思うけれど、すがすがしく旅立っていく我が動物たちの生きる姿を誇らしくさえ思い、気持ち良く手放す事の大切さも学ばせて貰った気がする。
 
 
 
 
柴内晶子(しばない・あきこ)
赤坂動物病院院長。日本大学農獣医学部卒業後、日本獣医畜産大学臨床病理学研究室などを経て、2016年に同院院長に就任。父、母に続く3代目院長として、伴侶動物医療と「人と動物の絆(Human Animal Bond)」を軸にした診療を推進している。内科全般、一般外科、再生医療を専門とし、農林水産省獣医事審議会元委員、日本大学生物資源科学部獣医学科非常勤講師なども歴任。高齢者と動物の共生支援やアニマルセラピー活動など、獣医療を通じた社会貢献にも力を注ぎ、「人と動物が幸せに暮らせる社会づくり」を生涯のテーマに掲げている。
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