【連載】時を繋ぐ人|受け継げない仕事を、それでも続ける
時を繋ぐ人|代永 勉
目白のくつ修理工房 glueには、履き込まれたヴィンテージシューズから、高級靴まで、様々な一足が持ち込まれる。靴の状態を確認しながら、店主の代永さんは持ち主と丹念に会話する。時には、1時間以上会話することもあるという。その一足にふさわしい方法を探り、持ち主と靴の時を長く繋いでいくためだ。
Text by SETOGUCHI Ryu|Photographs by NAKAMORI Makoto
赤いウエスタンブーツ
代永さんが最初に修理したのは、行きつけのカフェの女性スタッフが履いていた赤いウエスタンブーツだった。
「もうね、ヒールが削れてなくなるくらいずっと履いていたんですよ。革もはげちゃって、まだら模様で。当時の僕は広告制作会社のデザイナーだったけど、“そんなに気に入っているなら、直させてくれ”と言って預かったんです」
靴の修理の知識があったわけではない。ただ、パソコンに向かい、クライアントの要望に応える日々を送っていた代永さんには、自分の手で何かを変えられること自体が新鮮だったのだ。

塗料屋に教えを乞いながら、代永さんは独力で色を塗り直した。
「ヒールは手を出せなかったので修理店に持ち込んだんですが、新しいヒールを違和感なくつけてくれて。彼女に返したら、めちゃくちゃ喜んでくれましたね。ボロボロだったものが直って、持ち主が喜ぶ。この仕事はいいなと思いました。で、転職することにしたんですよ」
粘って乗り越えた試用期間
代永さんが門をたたいたのは、ウエスタンブーツの修理を依頼した店だった。
「求人もしていなかったので、店の人は面食らってましたけどね。でも、自分なりに修理してみた革靴を持っていったら社長が面白がってくれたみたいで、3カ月だけ使ってもらえることになりました」
しかし、3カ月後には「使えないから辞めてくれ」と告げられることに。靴の専門学校を出たわけでもなければ、靴修理職人としてキャリアをスタートするには若くもない。当然の結果だといえる。それでも代永さんは、給料を下げても構わないから残してほしいと頼み込んだ。
「道具もね、合ってなかったんですよ。僕は左利きなんですが、店には右利きの道具しかなくって。それを知った社長が“お前、左利きだったのか!?”と左利きの道具を用意してくださって、そこからはなんとかやれるようになりました」
約2年間の修業後、代永さんは大手の修理店に就職。そこで様々な靴に触れた後、目白にglueを構えた。
修理を始めてから、革靴を知った
高級紳士靴への理解を深めていったのは、独立後、glueに持ち込まれる靴と向き合うようになってから。というのも、在籍してきた店では、高級紳士靴の修理依頼は少なかったからだ。
「駆け出しの頃は、靴の知識もありませんでしたからね。なんでこんなに直しにくいんだろうと思っていたんですよ。オールデンやジョンロブのような紳士靴を修理するようになって、ようやく気づきました。それまでは、直すように作られていない靴を、頑張って直していたんだなって」
ここで代永さんの師となったのは、店に持ち込まれた靴とマニアの客たちだった。ブランドや製法について話を聞き、預かった靴を分解しては、その言葉を自分の目で確かめていった。
古いチャーチをオールソールした時には、エドワードグリーンと見紛うほどの作りに驚かされた。
「開けてみたら、見えないところのウッドペーストまで、ものすごくきれいに打ってあったんです。完成したら隠れてしまう場所で、そこを見るのは僕たちくらいしかいない。どれだけ手をかけているんだと思いましたね」
米軍の将校が履いていたとされる古い靴には、靴底の縫い目を隠すヒドゥンチャネルが施されていた。頑丈であれば事足りるはずの軍靴に、外からは分からない手間が重ねられていたのである。
「頼まれたものが何であっても、“自分が作るなら、このレベルでなければいけない”というプライドがあったんでしょうね。儲けじゃないんですよ」
靴のメンテナンスは趣味の世界へ
2009年3月にglueを構えてから、今年で17年。店に持ち込まれる靴が少しずつ変化してきた。従来の仕事用の革靴だけではなく、ファッションとして楽しむ革靴のメンテナンスが増えているのだ。
「バイクや車のチューニングやメンテナンスと同じで、趣味の世界に入ってきていますね」
客層にも変化はある。中高年の客層が減り、代わりに学生や20代が増えてきた。中には親子二代で革靴を楽しみ、glueを利用している客もいるという。
「昔は手頃な靴から始めて、いろいろ履きながら少しずつ上へ行く人が多かった。でも、今の若い人たちは、ジョンロブが欲しいなら、最初からジョンロブを買えばいいという感覚。今はインターネットですぐに情報を調べられますから、他の選択肢を最初から考えないんでしょうね」

しかし、画面で靴のスペックを知ることと、自分の足を知ることは同じではない。
革靴は木型によって幅や甲の高さが異なる。それでも欲しかったモデルが見つかれば、「このサイズしかなかったから」と、多少大きくても、きつくても買ってしまう若者がいるそうだ。
「ただ、そういう子たちも最終的には“自分が履きやすい靴”を見つけ出していきます。それが、最初彼らが欲しがっていた靴でないことも当然あります。いろいろ試して、自分の足に合うものや、使い勝手のいいものが見えてくる点では昔と同じかもしれませんね」
靴を履きながら知識を蓄え、憧れの一足を手に入れる時代から、憧れの一足を先に手に入れ、そこから自分の足を知っていく時代へ。
入口やたどる順番は変わっても、気に入った一足と長く付き合おうとする気持ちは変わらない。だから今日もglueに靴が持ち込まれるのだ。
一人でも繋いでいく
だが、靴修理業界、特に個人店が今後どうなっていくかは不透明だと代永さんは語る。
「チェーン店は、オペレーションのために仕事をマニュアル化していきます。お客さんは、用意されたメニューの中から選ぶ。一方で、チェーン店では満足できなかったお客さんが、ここをどうにかしてほしい・この色にしてほしいと相談に来る。そこからは感覚の世界なんですよね。弟子に教えようとして、教えられるものじゃない」
だからといって、時間をかけて代永さんのセンスを教え込めば済む問題でもない。靴修理は、長い修業期間と高い技術に見合う賃金を提供できる業界ではないからだ。
「自分でやるからには、高い品質のサービスは提供したい。でも、それは僕が自分の時間を使えるからできることであって、同じようにやれとは言えませんよね」
失われつつあるのは、職人だけではない。修理に使う道具を作る職人や機械メーカーも減ってきているという。
それでも代永さんは未来を悲観することもなく、黙々と目の前の一足に向き合う。その姿は、誰の評価も気にせず技術を凝らしていたかつての靴職人のそれと重なる。そして、“目の前の一足にすべてを注ぐ”志は赤いウエスタンブーツを独力で直した素人時代から何一つ変わっていない。

代永勉(よなが・つとむ)
くつ修理工房 glue店主。広告のグラフィックデザイナーとして約10年間勤務した後、30代で靴修理の世界へ入る。埼玉県内の靴修理店、大手修理店で経験を積み、業界入りから約4年で独立。紳士靴やヴィンテージシューズ、モードブランド、スニーカーなどの修理に加え、新品の補強やプレメンテナンスにも対応している。