連載・信國太志|第10回  チャーリー=アレン一家から教わったこと
Fashion
2015年5月19日

連載・信國太志|第10回 チャーリー=アレン一家から教わったこと

連載|信國太志

すばらしいテイラーはクラフツマンである

第10回 チャーリー=アレン一家から教わったこと

チャーリー=アレン。僕が最初にテイラリングの現場に触れたのはこのひとの工房です。正確には彼の兄がファクトリーを経営していてそこで実践的に服をつくったのが、僕が本当の意味でテイラリングに触れた現場です。チャーリーは、オズワルド=ボーテンが子どものころからすでに活躍していた、黒人として名をなした最初のテイラーです。

文=信國太志写真=原恵美子(ポートレイト)

コム デ ギャルソンのショーにモデルとして登場したチャーリー一家

チャーリーにはジョニーという弟がいて、僕がブランドをはじめたとき、海外でのセールスはすべて彼に任せていました。彼はサヴィルロウの名店をフィッターとして渡り歩いている名物セールス。その顧客にはジュード=ロウなどさまざまな著名人もリストアップされています。

信國太志|ボタニカ|タイシノブクニ 02

チャーリー=アレン

チャーリー一家のお父さんは、第一世代のヴァージン諸島からの移民で、彼は息子たち全員を大学に入れられないので、なにがあっても食えるスキルを身につけさせるためにスーツを丸縫い(ひとりで一着まるまる仕上げる)する技術を成人の課題として習得させました。

そのような技術をチャーリーや兄のジョーから僕も学んだことは誇らしいことで、そんなプライドで12年、僕のブランドもつづけてこられたのかもしれません。

信國太志|ボタニカ|タイシノブクニ 03

最近では、チャーリーは、英国のフットボールナショナルチームのユニフォームをUMBRO社の依頼でデザインしました。ユニフォームにもテイラーのエッセンスをいれようとするところがなんともブリティッシュです。タグには「Tailored by-」とあります。

また、ナショナルチームのマネージャーにして往年の名プレイヤー、ファビオ・カペッロ(Fabio Capello)のコートもチャーリーの仕立て。サッカーのチームってベンチの頭脳たちの装いにも差がでますね。今年のワールドカップは、オランダチームのベンチがお揃いの光沢系のスーツだったのが印象的でした。

余談ですが、彼ら一家の姿に感動したコム デ ギャルソンの川久保 玲さんは兄弟4人とお父さんをロンドンからパリに招待し、オム プリュスのショーにモデルとして起用。齢80のお父さんがショッキングピンクのスーツを着てキャットウォークに登場すると、パリコレの場は大きな拍手に包まれました。息子たちが照れるなかステッキをもつパパの姿の堂々たること。

大切な宝は身近にある

ところで僕は最近さらに深く学び直したくなっていた矢先、都内で知るひとぞ知る伝説のテイラーに巡り合いました。というか、僕の鼻がなって、いきなり門を叩き弟子入り志願。

信國太志|ボタニカ|タイシノブクニ 04

僕には複数の既製服のブランドがありますが、そのような仕事の余暇や休憩や週末の時間に足繁くそのアトリエに通い、職人さんのすべての技と先生のフィッティングの場に立ち会うことを許されました。

20代にジョーの工場でせっせとミシンを踏んだころのように、初心にかえってなにかを学ぼうとするのってとてもすがすがしい気持ちです。職人さんもそんな僕の熱意をかってくれて一番大事なミソの部分を丁寧に教えてくれます。

英国帰りのテイラーさんや旧式の英国式を信望する老舗テイラーさんなど、この国にも学べるひとや場所は多々あるようですが、僕は縁あって出合った師が、70年代以来大御
所芸能人や野球選手(ONの2大巨匠のスーツは師の手によります)を相手にしながら、各国のスーツを解体、分析してきて研究を重ねて得た秘密のメソッドに真髄を見出しました。

大切な宝は身近にあるものですね。
これから何年かは遊びやおつきあいの時間はなるだけ割愛して、師や職人さんたちの技を盗むべく、本業のデザイン以外の時間は縫製場にて過ごそうと思っています。

いつか師のスタイルを受け継いだ、限りなく軽いスーツを皆さんに僕の手であつらえる日がくるでしょう。そんな気持ちで職人さんたちに接するうちに思うのは“クラフト”という言葉の大切さです。

ラインにのってポケットばかり縫うといった工場生産によるものはプロダクトで、職人が一から最後までこさえるものはクラフトなのではないでしょうか? あらゆる産業においてそのような工芸がこれからも存続してほしいものです。

チャーリーのお店は、オーナーがもともと本の装丁や修理をする職人のお店だったそうです。そしてそのオーナーが物件を貸すのには、ひとつだけ絶対的な条件があり、それは借り手がクラフツマンであることだったそうです。

なんかいい話ですね。この話から僕は、テイラーはクラフツマンであり、我われはプロダクトではなくクラフトを身にまとえるのだと気づかされて、とても印象深いエピソードです。

           
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