連載・信國太志|第13回 東京クラシコのための心強いションヘル機
連載|信國太志
さらに軽やかな仕立てを目指して
第13回 東京クラシコのための心強いションヘル機
愛知県一宮市にある「葛利毛織」という機屋さんにうかがいました。ションヘル機という旧式の織機を見たくて仕方なくなりまして──。
文=信國太志
国内の素材を使用するのにこだわる理由
ションヘル機では一日に十何メートルの生地しか織れません。
ガシャーン、ガシャーン。音も凄いです。
上下にカチャカチャとスムーズにすばやく動き、横糸が飛ぶように見えない現代の高速織機とは風情がちがいます。ションヘル機だと1本1本キッチリがちっと織り込まれるのではなく、ふわりとゆるさと立体感が生まれます。
写真左の作業は、ひとつの素材を織りはじめる前に縦糸を機械にセットする姿。その数5000。数えるのも難しいその数の糸を1本1本機械にとおします。骨のおれる仕事をこの方は何十年つづけてこられたのでしょうか?
また、写真右は、クダと言われるもので、横糸を巻くものです。勘のいい諸兄はもうおわかりか? そう、“クダを巻く”とはこのことなのです。先の縦糸5000本に比べなんと楽な仕事でしょう。
しかしそんなことよりも、そんなことが語源だってことが驚嘆じゃないですか? それぐらい機織や生地づくりの産業が昔は一般的だったということです。だってあのトヨタだって「豊田織機」という織機のメーカーだったわけですから。
それにしても「葛利毛織」のまわりはなんとものどかな風景が広がり、その生地の風合いもそうですが、とても豊かな景色が広がっています。でもそんな雰囲気にひたってばかりじゃいけません。
ここはそもそもわが国の復興と隆盛をささえた基幹産業の中心地であったわけですから。それがこのように牧歌的であることは憂うべきことでもあるのです。以前のようにとはいかなくても、ガッチャン機械の騒音が鳴り止むことがないように、こんなすばらしい材料を紹介する料理人でありたいし、がんばります。
そんな国内の素材を使用するには大きな利点があるのです。それは「湿度」。どんなにイタリアンクラシコがすばらしくても、向こうでパスタを食べたらこっちと味わいがちがうように、向こうの生地を輸入して仕立てると、ジメッとした日にはジャケットがぴりぴりしわしわに水分をふくんでしまうのです。
たとえばスーパー160という細い糸は、一般に薄薄ペラペラなイメージがありますが、いかに糸が細長くても「葛利毛織」で織られた素材にはコシがあります。そんな素材だからこそ実現できるさらに軽やかな仕立てがあるはず。そんなことを追求していきたいと思ってます。“ジャパニーズクラシコ”と海外のひとが憧れて仕立てにくるようなテーラリング。サヴィルロウでもナポリでもない東京クラシコ。