人間国宝・森口邦彦氏が語る、伝統工芸の楽しみ方|MITSUKOSHI
MITSUKOSHI|日本橋三越本店
600余点が展示される公募展「第62回 日本伝統工芸展」開催
人間国宝・森口邦彦氏が語る、伝統工芸の楽しみ方
友禅作家であり親子二代にわたって重要無形文化財保持者(人間国宝)である森口邦彦氏が、日本橋三越本店で9月28日(月)まで開催されている日本最大の工芸の公募展「第62回 日本伝統工芸展」(文化庁、東京都教育委員会、NHK、朝日新聞社、日本工芸会が主催)に出展した作品は、「友禅訪問着「位相十字花文 深海」(ゆうぜんほうもんぎ「いそうじゅうじかもん しんかい」)」。森口氏は、「第14回から出展している48作品すべて入選しています」と語る。
Photographs by SUZUKI Shimpei Text by KAJII Makoto (OPENERS)
日常の自分を超えて着るものが友禅
「友禅という着物を知っていますか? 友禅は、ジーンズのように洗いこんで価値の出る久留米絣や、お祭りや日常でリラックスして着る浴衣とはちがい、非日常・異次元の世界に飛び出るときに着ていただくもの。生涯に一度、二度あるセレモニーのときに着るものです。ですから私は、この着物を着る女性がより美しくなることを想像して創作に励みます」と森口氏。
「友禅は300年あまりの歴史がありますが、戦国時代の武士が命を守る甲冑の下に着た胴衣が友禅染のオリジンで、さきに織った白い生地を自由な色、かたちに染めだしたのが辻が花染めで、友禅のルーツです。とくに1685年ごろ、井原西鶴の『好色一代男』のなかに、宮崎友禅斎が描いた“友禅模様”が京の遊里の島原で大流行したものとして書かれていることも、友禅がその時代にあったことの証拠です」
「華やかな江戸期元禄時代に起こったハイパーインフレの対策として、幕府は贅沢を禁止する奢侈禁止令(しゃしきんしれい)をだして、着物の鹿の子絞りや箔、縫などの高価な技法を禁じましたが、友禅は糊と染料しか使わないので、禁令にふれることなく庶民を含むあらゆる階層に爆発的にひろがり、友禅は自由な表現の世界をつくり、時代をさき取りするファッションとなっていったのです」と歴史を語る。
越後屋呉服店時代から受け継がれる文化の形成
「また、当時の各藩の大名が地域の殖産振興の目的でつくり上げた久留米絣や白山紬などとはちがい、友禅は京都に生まれた自主独立の文化でした。友禅はつねに前衛で、江戸時代には10年から15年おきにあたらしい様式が生みだされ、時代を先導するように、表現を展開していきました」
「この日本伝統工芸展がおこなわれているのは日本橋三越本店ですが、三越の前身の越後屋呉服店は友禅誕生のころの創業で、“文化を商うことによって文化を形成し、育てる”という強い気運がありました。徳川の鎖国時代は、まず文化がさきにあり、そのあとに政治、経済があるという理想的な時代でした。現在は残念ながら、経済があり、政治があり、そして文化がやっとついていく。文化に十分な保障をしないと、よいものは生まれません」と森口氏。
四角形と×(バツ)の組み合わせから生まれる模様
今回入選した作品「友禅訪問着「位相十字花文 深海」(ゆうぜんほうもんぎ「いそうじゅうじかもん しんかい」)」のデザインのインスピレーションをたずねると、「友人から『×(バツ)は模様にならないのか』と問われて、“交差しない立体の×”をテーマに模様をかんがえました。女性が着ると模様がおもしろくなるかなと取り組みましたが、展開がとても難しかった。四角形と×の組み合わせは、斜めの線が女性の身体に巻きついてスパイラルになっていくことをイメージしています。感覚的には、男性的なもので女性をくるむことを想定しました」と入選作品を説明する。作品名は、仕立て上がって「深海」と命名したそうだ。
また、三越のショッピングバッグのデザインも森口氏によるもので、第60回の出品作品の「友禅訪問着「白地位相割付文 実り」(ゆうぜんほうもんぎ しろじいそうわりつけもん「みのり」)」のデザインをベースに考案。たわわに実るリンゴが正六角形と正方形の組み合わせの幾何学文様で表現されている作品からショッピングバッグが生まれ、多くのひとに愛されている。2014年には、この三越「実り」紙手提袋はグッドデザイン賞を受賞している。
人間国宝が語る、日本伝統工芸展の楽しみ方
「工芸品とあまり触れ合ったことのない方は、まず三越の会場に来て、作品を見てください。そして、自分の基準で、好き・嫌いとか、色がきれいとか感じながら見て、そばにいるひとにいろいろ問いかけてみてください。その作品のどこが優れているかをたずねてください。全部で600余点も作品がありますから、きっと1点ぐらい好きなものがあるはず。それにあなたの賞をあげるつもりで見てください」と展覧会の見方を教えてくれる。
「あるいは、この着物にあの帯を締めたらとか、あの茶釜のとなりにどんな茶碗を置いたらいいかとかいろいろな組み合わせに想像をふくらませてください。あなたとおなじ歳くらいの作家から80歳、90歳の作家の作品まで並んでいます。これがいまの“工芸=kōgei”で、伝統を正しく守りながら最先端を目指したものです。いまの社会はどうあってほしいかが、工芸を通じて表現されています。そして、“手でものをつくること”の尊さを感じてもらえればうれしいです。ぜひ一度足をお運びください、それが理解への第一歩になります」
Page02. 世界に発信する“工芸=kōgei”作品
MITSUKOSHI|日本橋三越本店
600余点が展示される公募展「第62回 日本伝統工芸展」開催
世界に発信する“工芸=kōgei”の自由な世界
「第62回 日本伝統工芸展」は、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸7部門の重要無形文化財保持者の最新作と、一般公募作品より厳正な鑑審査を経て選ばれた入選作約600点を一堂に展覧する。
日本人のもつ根本的な精神を伝える
展覧会の開幕に先立ち開催されたオープニングセレモニーで、三越日本橋本店長の中陽次氏は、「毎年、日本伝統工芸展を三越で開催できることを幸せに感じています。ふつうの百貨店の品揃えのトップはファッションや宝飾のラグジュアリーブランドが占めますが、日本橋三越本店では、ここに並んでいる日本文化の結晶、工芸・美術作品をトップに据えると公言しています。それを象徴するイベントが秋の日本伝統工芸展です」と語った。
さらに、「“伝統”という言葉の意味を調べると、“伝える”に“統=インテグレート”という意味があり、大切なもの、根本的なものを伝えるということを表しているのだとおもいます。私たちが日本の伝統工芸で伝えたいものは、日本文化の根本的な精神です。平和と自然を敬う精神をベースに、先生方が自由に表現しているのが日本の伝統工芸で、今回ももっともクールな作品が集結しています。今回は外国人旅行客にもアプローチしていますので、会期中、さまざまな国のひとが見に来ることを期待しています」と述べた。
“工芸=kōgei”を世界に発信する
また、日本工芸会副理事長で、重要無形文化財「蒔絵」保持者の室瀬和美氏は、「ここにある作品の根本となるものは縄文の時代から1300年を超える歴史があり、これまで一度も絶えることなくつづいているのは、世界に類がありません。まさに私たちの誇り、日本の美です。日本の四季・自然を、さまざまな素材をもちいて、かたちのない手技により美の根源を伝えていく日本の工芸を世界に伝えていきたいとおもいます」とスピーチ。
つづけて、「明治時代以降、美術は絵画・彫刻というふうに、海外からの価値観で教育を受けていきましたが、それ以上に日本には工芸というすばらしい文化がありました。不幸なことに、工芸をクラフト(Craft)と訳してしまったために、日常で使うものというイメージが定着してしまいましたが、日本の工芸は日常使うモノから、ここにある美の世界まで幅が広いのが特徴です。そこで60回開催を機に、あえてクラフトを外し、“工芸=kōgei”と表記。図録にも“kōgei”で発信しています。世界にこのすばらしい工芸文化を発信できるよう邁進していきます」と締めた。
作品解説(ギャラリートーク)開催
本館・新館7階会場にて各日12:30より
9月21日(月・祝) 漆芸=金子賢治(茨城県陶芸美術館長)
9月22日(火・国民の休日) 金工=大澤光民(重要無形文化財保持者)
9月23日(水・祝) 木竹工=諸山正則(東京国立近代美術館主任研究員)
9月24日(木) 人形=林 駒夫(重要無形文化財保持者)
9月25日(金) 諸工芸=白幡 明
※9月19日(土)・20日(日)は12:30より受賞作家による作品解説を開催
第62回 日本伝統工芸展
日程|2015年9月28日(月)まで開催
時間|10:00~19:00(最終日は18:00閉場)
会場|日本橋三越本店 本館・新館7階 ギャラリー
東京都中央区日本橋室町1-4-1