世界で愛される日本最古のシルクジャカード織り職人の技 創業100有余年が語る|小倉織物
DESIGN / FEATURES
2023年2月20日

世界で愛される日本最古のシルクジャカード織り職人の技 創業100有余年が語る|小倉織物

DESIGN|小倉織物

幅広洋装のシルクジャカード織り工場としては日本最古「小倉織物」

山形県米沢、栃木県足利、群馬県桐生、山梨県富士吉田市、京都府西陣・丹後などと並び、日本が誇るシルク織物有数の産地として名を馳せる、石川県小松。ここには日本最後のシルクジャカード織り工場の小倉織物がある。

Text by IJICHI Yasutake

独特な立体感と奥行を生むジャカード織り

ジャカードとは、織りあがった生地にプリントしてデザインするのとは異なり、一本一本の生糸からデザインを生地に直接織り込んでデザインを作っていく手法のこと。経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を織り込んで表現するためデザインの自由度が高く、また生地に厚みが出るとともにプリントでは出ない立体感や奥行が生まれる。着用した時に初めてわかるその上質な質感と存在感は筆舌に尽くしがたい。色落ちや色褪せの心配がなく長く使えて愛着や味わいがわいてくるのも魅力のひとつ。
小倉織物は明治30年創業。幅広洋装のシルクジャカード織り工場としては日本最古となる。TOKYO2020オリンピック公式スカーフの生地を製作、最近ではヨウジヤマモトと鬼滅の刃のコラボコレクションの生地に採用されるなど、守秘義務もあり詳しくは記せないが、今もなお世界に名だたるメゾンブランドからオファーが届く、日本伝統の職人技を誇る。世界でもシルクが織られる地域は様々あるものの、小倉織物が今も世界からオファーを受けるのはその確かなクオリティがあり、世界が認める理由があるからこそ。

シルク織物のクオリティの違いは、“水”にあり。霊峰白山の恵みをうけたシルク織物

シルク織物は数あれどクオリティに違いが出るのは、“水”に因るところが大きい。「おいしい米と酒ができる場所は良いシルクが生まれる」と言われるように、シルク織物のクオリティの決め手は“水”と言っても過言ではない。その独特で柔らかな風合い、立体感や強度を生み出すために、生地が織りあがるまでの工程においてとにかく大量の水を使う。良質な水の確保は不可欠だ。
小松は、日本海の水分を大量に含んだ季節風に、富士山・立山とともに日本三大霊山の白山からの雪解けなど、豊かな自然の恩恵を存分にうけている。平成の名水百選にも認定された不老長寿の名水と言われる桜生水、弘法大使の恵みをうけたと言われる弘法大師之霊水など、名水・生水は多い。これらの名水・生水が、小松のシルク織物の多彩な表情と柔らかくとろけるようなテクスチャーを生み出している。

シルク織物が織りあがるまで

シルク織物は、糸繰り、撚糸、整経、縦繋ぎ、精練、脱水、乾燥、検反といった工程を経て出荷される。その中で小倉織物が主に担うのは、糸繰りから縦繋ぎまでの工程。シルク織物の原料となるのは蚕(かいこ)の幼虫が作る繭から生まれる絹糸。1匹の蚕が生み出す1つの繭から1㎞以上の絹糸が取れるが、先ずは繭から絹糸を引き出して紡いでいく。これが「糸繰り」である。そして、糸繰りしたものを糊付けし、ボイラーで乾燥させた後、天日でじっくり干す。そうすることで、手さばきがよくなる。その後、絹糸をねじりあわせて強度や立体感・質感を持たせるための工程「撚糸」を経て、経糸を本数や長さ・幅などの設計に従って織機にセットできる状態に整える「整経」を行う。経糸に緯糸を絡めていく「縦繋ぎ」へと進む。

経験に裏打ちされた繊細で高度な職人による手作業

こうした工程を経て織り上がるシルク生地1疋(1本)の長さは約50m。使う絹糸は10,000本以上、多い時は30,000本にも及ぶ。この時1本1本の絹糸を織機にかけるのは全て手作業だ。蚕から生まれた天然繊維の絹糸は1本1本の強度が異なり、1本でも切れてしまうとやり直すのは大変な作業を要するため、切れそうな箇所をあらかじめ確認しながら作業する必要がある。繊細で高度な技術を要する作業を迅速に行いながら、絹糸に触れた時に1本1本の絹糸の状態を見極めることが職人には求められる。
また、デザインを生地に織り込んで表現するシルクジャカードで欠かせないのがデザインの設計図となる「紋紙」。世界にひとつの生地をつくるデザイナーの魂とも言える。紋紙には目板と呼ばれる小さな穴が無数に開いていて、この穴に通糸(つじいと)を通して織機とジャカード機を繋いでいく。寸分狂いなく水平に繋ぎ、通るべき位置に通すことによってのみ、デザインを再現することができる。デザインが複雑になればなるほど紋紙の枚数は多くなるので、当然作業は時間がかかるが、これも職人の手作業だ。
しかし今、多くの日本伝統の職人技が後継問題に直面にしているのと同様、小松も50年前には約600件、12年前でも約120件あった工場も今では35件ほど、広幅洋装シルクジャカード織りは小倉織物を残すのみとなり、職人の平均年齢も70歳を超えているという。小倉織物には日本最古のジャカード織機があるが、今はもう生産がされていない。壊れたら終わりだから、職人が丁寧にメンテナンスしながら使い続けている。通糸ももう生産されていない。これも長年使っているものを職人がメンテナンスして使い続けている。織機が壊れ、通糸がなくなれば、自ずとそれを使う職人もいなくなる。世界中で愛される小松のシルクジャカードは生み出せなくなってしまう。
非効率的なだけの伝統を慣習や風習だけを理由に残していく必要はないが、本質的に良い伝統は守っていきたい。年月を要して培ってきた信頼足る技術は一度失ってしまっては再起不可能に近い。平成の大量生産・大量消費の時代から、本質的に良いものは持続的継続的に継承していこうという意識に変わりつつある令和。小松は今、歴史と共に育んできた守るべき伝統技術を未来へ継承し、世界で求められる新たな価値を生み出す術を模索しようとしている。
小倉織物株式会社
Web:https://www.ogura-fabrics.co.jp/ 
Instagram:@ogura1895 https://www.instagram.com/ogura1895/
                      
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