刀研ぎ「刀を買って、おうちに帰ろう!」|DESIGN
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2020年12月9日

刀研ぎ「刀を買って、おうちに帰ろう!」|DESIGN

連載|For OPENERS from PLEASE.

刀研ぎ「刀を買って、おうちに帰ろう!」

浅草橋で偶然見つけた「日本刀研磨」の文字。現代社会において「日本刀」とは何なのか? 「日本刀研磨」とは何なのか?  「長岡日本刀研磨所」の長岡靖昌さんに突撃取材してみた!

Photograph and Text by KITAHARA Toru

「刀は武器としてあるのではなく、文化財としてあるのです」

邂逅は歩く速度に合わせて目の前にあった。
浅草橋から足早に御徒町へと向かう。方向だけを定めて、闇雲に道を曲がると目の前に「刀」と「研磨」という文字だけが脳の中に残った。このあたりは刃物関係の店が多くあった、と同じく浅草橋にある「森平」さんの社長(PLEASE5に登場)から聞いたことがあった。だから、このお店もそうした昔の街の名残なのだろうと思い、通り過ぎた。
だけれど、気になって、戻って、中を覗いてみた。十数本、飾られた刀の白さが脳裏に眩しく残った。気になる存在であることは確かだった。
刀を研ぐ。
包丁を研ぐということさえ現代では商売になりにくくなっているのに、刀を研いで仕事になるのか? という疑問も逡巡する。刃紋(波紋)は広がるばかりなのか?(笑)
ということでその「刃紋」を拝見したくもまた、「刀研ぎ」という不思議な世界の門戸を叩いてみることにした。
伺う前に真っ先に思ったことは、現代においても刀を研ぐという仕事は、勝手に想像するに「一子相伝」「秘事口伝」といった言葉が頭を過ぎり、代々刀研ぎを生業にしてきた家系なのだろうと考えていた。
「長岡日本刀研磨所」は長岡靖昌さんが日本刀を研ぎ、美しさに磨きをかける場所。ガラス張りの店内はいつでも気軽に見られるようにしている。日本刀も売っている。そのため、刀剣女子の高校生が訪れることもあるほど。
そんな長岡さんと挨拶も早々に刀を前に話を伺うといきなりの先制パンチならぬ先制の一本!が。
「刀は今日、ここで買って、持って帰れるのですよ」
と。ん?ん??ん???である。何をおっしゃる、銃刀法という法律があるではないか?と思っていると。
「その顔は銃刀法があるではないか?と思っていますよね」
長岡さん、エスパーなのか?読心術まで使われる御仁なのか?ちなみに長岡さんの肩書きは刀剣研師(とうけんとぎし)であり、サイキックな方ではまったくなかった。
「みなさん、そこからはじめないと話が見えなくなるのですよ。つまり、刀は武器としてあるのではなく、文化財としてあるのです」
猟銃を買うにしても警察に行き、講習を受け、資格を取って……とまあ、面倒な手続きを経て、手に入るわけだけれど。
「確かに銃は警察の管轄ですが、刀は文化庁の管轄なので、美術品として取引されます。だから、<買って、家に持ち帰る>という大義名分があれば、警察に捕まることはありませんし、家で所持することも何ら問題はないのです」
もちろん、殺傷目的に持ち歩いたり、意味なく随時携帯する(まあ、いつ戦いがあるかわからないからナイフを持ち歩くという感じだろうか?)と、これは銃刀法違反で逮捕される場合もあるらしい。
刀剣は武器ではなく芸術作品と考えるのが良いわけだ。それゆえに刀剣には一本一本登録証があり、これとセットで保管し、持ち歩くことが義務付けられている。もちろん刀剣は護身用ではなく、観賞用が現代の主流。
そもそも、戦国時代においても刀剣は漫画や映画で出てくるような使われ方をしていないとも言われている。刀は相手を威圧するもので、実際には斬るよりも叩く(そう言われると「叩き斬ってやる」は正しいのですな)、刀を使うよりは殴る蹴るが実際の戦いであり、また戦力を見ればわかるから、すぐに降参したりもしたそうだ。(すみません、歴史に弱い筆者です)
特に現在残っている刀剣はほぼ人を切ったり、切られたりしていないようだ。というのも切ったら骨で痛んだり、曲がったり、刃こぼれしたりと、まあ、刀剣そのものは武器としてもそれほど強いものではないそうだ。
という話を聞くと「ああ、刀剣は平和の象徴みたいなものなのだなぁ」と思う次第。戦いを逃れたからこそ今に残っているのでもある。
そんな刀剣をなぜ、研ぐのか?とても簡単なことだった。
「実際に切ることを目的とした研ぎもあります。それは居合道で使われ、巻藁を切ったりする(つまりは王貞治さんが一本足打法を体得したときに使われたのもこちらに属するんでしょうね)ための研ぎ。これは美しさよりは切れ味になるので、研ぎを重視します。そして、観賞用は美しさを重視します。前者は金属の刃物を研ぎ減らしながら、より切れ味を良くするために研ぐのですが、後者は傷や錆を取りつつ、その刀剣の作り手の意図を探りながら、考えながら研いで行くのです。気をつけることは鉄を減らさないことです。文化財として保存も考えないといけないので、研ぎは最小限にして磨きをかけます」
なるほど。実用品と美術品との違いが研ぎを分けるというわけ。
途中気になったことを聞いてみた。それは作り手の意図を研ぎにどう反映させているか?ということ。
「刀によって刃紋は違いますよね。見ていただくとわかると思いますが、一本一本刃紋には特色があります。それは時代によって、作り手や流派によって型があるのです」
と聞いたところで、刃紋は金属の質が違うから、研ぐと勝手に出てくるのかなあと漠然と思っていた。どうやらそれはやや間違った認識だった。とはいえ、刃紋の美しさが刀剣鑑賞の一番の醍醐味なのだと思う。
この「刃紋」、刀鍛冶の思惑でできるそうだ。長岡さんにご説明いただいたのだが、結局いまひとつわかっていない。ごくごく簡単にかいつまんでいうと焼き入れをするとき(火の中で熱して、「水に入れジュッ」ってするやつで、刃を強靭にするのと同時に刃紋をつくる)にできるのだが、この焼き入れのときに土を刃につけて焼き込む。土の厚みや土の質を部分的に変えて、刃紋の形をつくると意図的に刃紋ができるという。しかし、まあ、これは職人としての意地みたいな気もする。柄の内側の部分「茎(なかご)」に名があるものの、柄で見えない。だから、外で見える刃に刃紋という形で自分の意匠を残したのだろうと勝手に推測してみている。
さて、研ぎを見せていただく前にそうっと聞いてみた。刃物屋が多い町に暮らし、一子相伝なのではないか? と。
「いやいや、最初はサラリーマンでした。遺伝子工学を大学で学んで、製薬会社で薬事法(現在は薬機法)のチェックとかしていたんです。同時にパンフレット作りも自分でやってしまって、写真も撮って、文章も書いて(なんともPLEASEの作り方を聞いているようだ)、そうこうしているうちにパンフレットの写真がいいと言われて、カメラマンに転向。ブツ撮りを中心に広告写真の世界に。そのうちに好きだった刀剣の写真を撮る機会があり、自分だったらどう撮るだろうか?と考えて撮るようになりました。さらに刀に魅せられて刀研ぎを目指して。それぞれ10年単位くらいで転向しているんですが、一番長くなりましたかね。今の仕事が」
カメラは独学というか、撮っているうちにプロになるという自己流だけれど、流石に刀研ぎは弟子になってという段階を踏んだのだろうか?
「いやいや、まずはやってみて、うちにあるものを研いで、砥石も探して、どれが合うのか、と。ときどき同業者に聞いたりはしましたが、ほとんど我流ですよ」
刃物の町にしっくりと馴染んでいて、日本刀の刃を見る眼差しは通りすがりのぼくの目を釘づけにしたのだから、素敵な佇まいだ。
そんな佇まいから静かに粉を叩き、そして、研ぎを見せていただいた。
研ぎは大きな錆があったり、鍛冶屋さんから送られてくるような新しい刀(刃がついていない)の場合は、それはもうゴリゴリと粗い砥石から始まり念入りに力を入れて研ぐのだけれど、白い刃の刀剣はあまり研いでもいけないらしい。というのは研ぎはあくまでも研ぐわけで、元にある鉄分が削れてしまうわけだ。そうなるとどんどん減って、刀もしょぼくなってしまうではないか!
「居合などで使う、切るために研ぐこともありますが、自分が研ぐのは観賞用です。観賞用はどう美しく見せるか、どう自分の思う刃紋を出すか、ということで所謂「研ぎ」とも違うんです」
と長岡さんは言う。最後の仕上げを見せてもらうと砥石の断層を綺麗に剥がし、漆(ウルシ)で紙に接着させる。なぜ、漆なのか?
「膠(ニカワ)などの接着剤を使うと固すぎて砥石ごと折れてしまうのですが、漆には適度な弾力性があって折れにくいんですよ」
と言いながら、音も立てずに親指でくしゅくしゅと刃を撫でるというのか、揉むとでも言おうか、砥石を刃の肌に滑らせているのである。
ダイナミックな研ぎとは対極にある感じだけれど、この丁寧さ、繊細さが美しい刃を磨き上げる。
随分と昔のことだけれど、ぼくはニューヨークにいた。B&B(民泊ですな)で泊まらせてもらった家のお父さんに夜”Hey,Toru”と言われて近くに寄ると日本刀を眺めていた。”Toru, It’s beautiful”と囁いて、恍惚の彼方にいらしたことを思い出した。たぶん、「日本はこんなに美しいものをつくっているのだ、自信を持って生きなさい」ということも言おうと思ったのではないだろうか。
日本刀はこんな風に世界でも愛されていると思った。
美しく磨かれた日本刀を、いつか買って帰りたい。
           
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