新作「ラナ」にみるジャーマンプロダクトの魅力|STOWA
DESIGN / FEATURES
2015年3月9日

新作「ラナ」にみるジャーマンプロダクトの魅力|STOWA

STOWA|ストーヴァ

デザインプロダクツ対談|建築家 谷尻 誠 × ライター 柴田 充

新作「ラナ」にみるジャーマンプロダクトの魅力(1)

ジャーマンウォッチを代表する名門ブランド「STOWA(ストーヴァ)」は、ドイツらしい質実剛健さで多くのファンに支持されている。旧ドイツ空軍のパイロットウォッチを手がけるなど定評のある機能美に、新作ではデザインというあらたな魅力がくわわった。それがフロッグデザインの創始者ハルトムット・エスリンガー氏が手がけた「ラナ(rana)」ウォッチである。今回はそのデザインとモノづくりについて、建築家、谷尻誠氏と時計ジャーナリスト、柴田充氏が語り合う。

Photographs by KISHIDA KatsunoriText by SHIBATA Mitsuru

シンプルの定義を変えたエスリンガー氏のフロッグデザインの功績

1969年ドイツで創業し、世界的なデザインコンサルティング会社となったフロッグデザインは、1980年代半ばから90年代初頭にかけて初期アップル製品のプロダクトデザインを担当したことで知られる。アップル製品のほとんどはデザイナー名が公表されないが、フロッグデザインは別格であり、そこに高いリスペクトがうかがえる。それを指揮したのがエスリンガー氏だ。

エスリンガー氏がデザインした「ラナ」ウォッチは、時計好きばかりでなく、アップルはじめプロダクトデザインに興味関心のあるマニアからも注目を集めている。そこでジャーマンデザインの特徴と革新性を通して、さらに広がるウォッチデザインの可能性について探る。

柴田 充(以下、柴田) ジャーマンデザインというとまず思い浮かぶのがバウハウスであり、とくにプロダクトデザインではブラウンに代表されるディーター・ラムズの作品ではないでしょうか。まさにモダンデザインの金字塔であり、すべてはあそこからはじまったような気がします。

谷尻 誠(以下、谷尻) そうですね。僕もディーター・ラムズは大好きです。機能美の一番根っ
こにある部分だと思います。それにしてもドイツデザインって安定感がありますよね。それがドイツらしさとなっているのがすごい。

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柴田 その系譜にあるのがフロッグデザインであり、初期のアップルは本当に衝撃的でした。「形態は機能に従う」というテーゼは揺らぐことなく、感性にも響いてくる。谷尻さんはフロッグデザインについてどのような印象?

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谷尻 ある種の空間要素だと思っているんですよ。たとえば建築でもお店を設計するとなると、店内だけを考えがちですが、お店というのは風景の一部であり、その要素でもある。つまりお店をつくることは街の一部を作ることだろうし、それは都市の一部をつくることでもある。おなじように家具をつくることは置かれる空間を作ることでしょうし、フロッグデザインの作品にもおなじ印象を感じます。アップルのコンピュータがあるだけでオフィス空間が変わるような。

僕もその関係性を大切にしていて、単体として考えるのではなく、存在することでそこにどのような空気が生まれて、どんな関係性が形成されるかに興味があるんです。

柴田 デザインという定義が単なる“機能とフォルム”だけではなくなってきたということなんでしょうね。それこそ現代のプロダクトデザインでは、新素材や加工製作の技術から、生産管理、流通、リサイクルまで広範な分野にまで目を配らなくてはいけません。それだけに使う人により身近になり、ライフスタイルに寄り添ってくる。

谷尻 時計をつけるという行為だって人格そのものをつくるじゃないですか。スポーツウォッチをつけていれば、その人がいくらスーツを着てネクタイをしていても、週末はアウトドア派なんだなとか。話をしなくても人格が浮かんでくる。そう考えると時計選びも製品としてだけでなく、背景やストーリーも含め、それを知るほど愛着が湧く。それもデザインの一部なのでしょう。

柴田 ところでコンピュータのデザインといえばIBMが一世を風靡し、とくにリチャード・サッパーがデザインしたThink Padはブラックボディに赤いトラックポイントが斬新でした。対してアップルはブラックとは対照的なスノーホワイトを採用したのが強く印象に残っています。

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谷尻 色に関していうと黒って一般的には無機質なんですが、有機的な黒とか、白っぽいとか緑っぽいとか、じつは奥深い。さらに黒と白の間のグレーゾーンというのは限りなく黒に見える白でもあるかもしれない。その領域について考えつつ、横軸だけでなくもう少し多層な、ほかの色の存在を考えるようにしています。黒の中の異なる色を意識した時にはじめてそこに違う空間が現れてくるのです。

柴田 黒にはすべての色が入っているといいますしね。それに黒と白はフォルムがもっとも際立つコントラストでしょう。ポルシェデザインのF.A.ポルシェ氏に生前、話を聞いたさい、モノトーンしか使わない理由を尋ねたら、ラインをより明確かつシンプルに表現したいからといっていました。

谷尻 たとえばいろいろな要素を紙に書き連ねていくと、最後にはその紙自体が黒一色になってしまいます。複雑で多様であるほど最終的にたどり着くシンプル性がある。それらが濃縮されているからこそ、シンプルなのに奥行きを感じるのでしょう。白にしてもなにもない概念なんですが、じつは複雑で多様なものを含んでいるのです。

柴田 画家がデッサンするなかで何本も線を書いて重ねていっても、最終的に残るのは一本の線なのですからね。そのほか大勢の線がそこに生きている。それはシンプルなデザインの難しさであり、おもしろさにも通じますね。「ラナ」ウォッチにしても、シンプルなデザインにもかかわらず、細部の面やラインはとても凝っています。金属なのにどこかあたたかみが伝わってくるような。

谷尻 そんな矛盾しているものって僕はすごく好きなんです。世の中ってものごとを両極で判断しがちですが、なにかそのあいだにある、なんともいえない領域が一番魅力的だと思います。建築でいうなら、じつは外で飲むビールがおいしかったり、露天風呂が気持ちよかったり。それなら“外みたいな中”ってどうやったらできるのかなって思います。

つまり中間にある領域性を見つめることであり、矛盾しているものをいつも考えたい。たとえば“懐かしいあたらしさ”を作ろうとか。あたらしいという判断基準もあたらし過ぎると判断できなくなります。だとしたら人びとの思考のなかにある、誰もが懐かしいと思ってしまう要素が何なのかを突き止めて、それを要素としてくわえながらあたらしさを提示するというデザインもあると思います。

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STOWA|ストーヴァ

デザイン対談|建築家 谷尻 誠 × ライター 柴田 充

新作「ラナ」にみるジャーマンプロダクトの魅力(2)

すべてのインダストリアルデザインは、バウハウスが原点

柴田 谷尻さんの発想ってホントおもしろい。建築というのが本来、生活という抽象的なものを具象化することだからでしょうか。とくに心がけていることは?

谷尻 いい違和感を設計することだと思います。「思い通りにならない思い通り」とか。デザインするというのは思い通りであり、想像したとおりのかたちには、人はあまり感動しません。でもいろいろな人の思考やノイズも含めて、そこに化学反応が起きてひとつのかたちになった時は感動するんですね。自分が考えているはずでも、そうではない道を辿ってできあがったものには。

モノづくりというのはひとりの思考に閉じないようにして、異なる意見やノイズを入れながら、いいものにたどり着く方法論のように思います。

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見た目の重厚感やシャープな印象に対し、腕に付けてみると軽く装着感も優れる。この意外感も魅力、と谷尻氏はいう

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「ラナ」ウォッチはデザインばかりでなく、「ウッドペッカーレギュレーター」と呼ばれる独自の緩急針を採用する

柴田 「ラナ」ウォッチのデザインを少しみてみましょう。文字盤はシンプルな三針、ドットインデックスはサイズを変えることで流れる時間を表現しています。なんといっても特徴的なのはケースのフォルムです。ラウンドケースの両サイドを大胆にカットし、直線をくわえていますが、ラグやストラップに連なることで違和感を与えません。

ストーヴァのオーナーであり、エスリンガー氏とパートナーシップを組んだ時計師のヨルク・シャウアー氏はもともと彫金師であり、造形的な完成度もその技術ノウハウから生まれています。

谷尻 そうなんですか。彫金という伝統技術のバックボーンがあったから、モダンなデザインやテクノロジーを内蔵していてもどこかアナログ感が伝わってきます。そこに「あたらし古い」という価値が生まれているのですね。

柴田 おもしろいのはシャウアー氏とエスリンガー氏は親子ほども年が違いますが、同郷でシャウアー氏の父がかつてエスリンガー氏にデザインを依頼したこともあるとか。本人もアップルファンで、フロッグデザインの近くに通学し、時計づくりをはじめた頃からエスリンガー氏に手紙を出して時計づくりの意見を聞いたそうです。

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谷尻 つくり手同士が世代を超えて、しかも時間をかけて関係が生まれているというのはいいですね。しかも手紙を出すなんてアナログなところも。たしかに「ラナ」ウォッチは手にしていると金属だけど温かい。やわらかいシャープさとでもいうか、ツンデレデザインでしょう(笑)。矛盾という魅力であり、そのコントラストに人は惹かれます。

柴田 でもエスリンガー氏のアイディアを形にするにはかなり苦労があったとシャウアー氏はいってました。時計はウェアラブルなので装着感にもこだわらなければいけない。そこでケースは2ピースにして、手首に触れる部分と表面のベゼルは別体にしています。フローティングディスクと呼ぶそうですが、たしかに軽快感が出た。これはデザインと製造を両立するなかで生まれた魅力でしょうね。ちなみに建築では設計とクライアントの意向の折り合いはどうつけているんですか。

谷尻 結局プロがプロになった瞬間が一番まずいんでしょうね。自分が正しいと思ってしまい、そこでユーザビリティが見えなくなってしまう。だから依頼主のユーザーとしてのコメントに耳を澄ませて、その言葉のなかでももっとも本質的なことを捕まえて具現化しなければいけないと思っています。

柴田 でも時計はまだつくり手が自分の個性や主張を表現しているプロダクトだと思いますよ。おもしろいのは10年ほど前にはじめてシャウアーさんと会った時、ドイツ人で金属加工出身というから、イカつい人物を想像していたのですが、会ってみるとすごく穏やかで、握手すると手がとてもやわらかい。道理でシャウアーさんの時計にはどこか温もりがあって、その虜になるとなかなか離れられないという理由がわかりました。

谷尻 そうか。人となりが出るのですね。僕も次のステージに行くためにはもっとわがままをいわなければいけないかも(笑)。

柴田 ストーヴァというブランドは80年近い歴史がありますが、休眠状態だったのをシャウアーさんが8年の準備期間を経て復興しました。これまではアーカイブを主体にしたラインナップでしたが、エスリンガー氏とのパートナーシップを皮切りに、デザインというファクターから、よりエモーショナルなブランドに変わりつつあります。谷尻さんはウォッチデザインに興味はありますか?

谷尻 機会があればやりたいですね。でもひねくれ者なので、そもそも時計ってなんなんだろうというところから考えはじめるでしょう。世の中が想像しているもののかたちに対して、本来の目的や機能を掘り下げて考えると、いままでとはまったく違うかたちが生まれる可能性があります。最終的には時計の姿をしているけれど、違うものとかを確信犯的にやってしまうかも。

Jörg Schauer|ヨルク・シャウアー
1968年生まれ。ドイツのフォルツハイムの学校で彫金師の専門教育を受け、宝飾加工と時計組み立ての技術を習得。その後、27歳で自らの名を冠した時計ブランド「シャウアー」を設立。2004年に「ストーヴァ」を買収。現在に至る。

Hartmut Esslingen|ハルトムット・エスリンガー
1944年生まれ。フロッグデザイン創始者。1980年代から90年代初頭にかけて初期のアップル製品のデザイン「スノーホワイトプロジェクト」を支えたプロダクトデザイナーのひとり。そのほかソニー、ルフトハンザ、ルイ・ヴィトンなど多くの企業のプロダクトデザインに貢献。

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rana(ラナ)
ケース|ステンレススチール
サイズ|H43×W37mm
ムーブメント|自動巻きムーブメント(Cal.ETA-2824、クロノメーター認定)
パワーリザーブ|40時間
ストラップ|ラバー
防水性|10気圧
価格|62万6400円

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谷尻 誠|TANIJIRI Makoto
建築家。1974年広島生まれ。SUPPOSE DESIGN OFFICE 代表。94年穴吹デザイン専門学校卒業後、設計事務所勤務を経て、2000年に建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE。共同代表の吉田愛とともに、広島・東京の2カ所を拠点とし、住宅、商業空間、インスタレーションなど、国内外問わず多くのプロジェクトが進行中。現在、穴吹デザイン専門学、広島女学院大学、武蔵野美術大学、昭和女子大学で講師も勤める。

柴田 充|SHIBATA Mitsuru
男性ファッション誌やライフスタイル誌などを中心に活躍中の敏腕ライター。クルマ、ファッション、腕時計、音楽など、あらゆる男性の嗜好品に精通。製造現場まで足を運び、勢力的に取材。モノに関して深い造詣をもつ。

vol.1|新作「ラナ」開発秘話インタビュー記事を見る

           
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