霜里農場|有機農業から広がる地域活性化
Frostpia Farm|霜里農場
点から面へ、そして循環するコミュニティ経済へ
埼玉県・小川町「霜里農場」の有機農業と、地域活性化の仕組み
埼玉県小川町の霜里農場は、有機という言葉も定着していなかった1970年代から有機農業を始めたパイオニア的存在です。食だけでなくエネルギーの自給も考えたその取り組みは、国内外で高く評価され、日本だけでなく海外からの研修生や視察も絶えることがありません。人を育て、地域を変える霜里農場の仕組みは、これからの農業や地域再生を考えるたくさんのヒントにあふれています。
Text by MINOWA Yayoi
国際的に注目される霜里農場の有機農業
「有機農業を村人に教えて、自立を助けたい」。ラオスから来たバンディットさんが、ランチを食べながらなぜ有機農業を学びたいかを、一生懸命に説明している。
埼玉県小川町の霜里農場は、国際色豊かだ。それもそのはず、金子美登(よしのり)さんが経営する霜里農場は、国内のみならず、海外のメディアでも紹介され、すでに41カ国からの研修生を受け入れ、その数は100名を超えるという。最近では、2012年にフランスやドイツで放送されたテレビ番組『Le moissons du Future(未来の収穫)』の影響もあり、欧州やフランス語圏からの研修生が増えているという。
研修は基本的に1年間。母屋に住みこんで有機農業の基本を学んだ後、全国、そして全世界に散っていく。世界が探している“循環型の有機農業の理想形”がここにあるからだ。
霜里農場の広さは約3ヘクタール。農場はのどかな里山の風景のなかに、牛5頭、にわとり約200羽、そのほかカモや、たくさんの犬猫たちもいてにぎやかだ。化学肥料や農薬などに依存せず、自然エネルギーを含む身近な資源を生かし、食物だけでなくエネルギーも自給して、自立する農法を目指している。
霜里農場に、無駄なものは何もない
「ここの土地は300年以上農薬を使っていない」。金子さんの奥さまである友子さんが話してくれた。もともと金子さんの実家が酪農や養蚕業をやっていたことから、動物や蚕に食べさせる草や葉を育てるため農薬は一切使っていなかったという。
現在の農場にも5頭の牛がいる。この牛たちは、乳を搾るだけでなく、あぜ道などで刈った雑草を食べ、糞は肥料や燃料になる。カモは田んぼの虫や雑草を食べ、糞は肥料になる。動物もすべて役割があり、霜里農場という小宇宙の大事な住人である。
母屋には太陽光パネルが設置されているほか、小さな太陽電池があちこちにある。たとえば、カモを守るための電牧柵や、水まきのためのポンプにも太陽電池からの電力を使っている。
さらに、家畜の糞や生ゴミなどからバイオガスも作っている。デンマークやスウェーデンなどでは、街ぐるみで生ゴミなどを集めてバイオガスを作り、それでバスなどの公共交通を走らせているところもある。
霜里農場では、トラクターやクルマを走らせるのはバイオガスではなく、廃食油(てんぷら油など)を活用したSVOと呼ばれるバイオ燃料だ。廃食油は農場から出るものだけでなく、近隣の豆腐店から出る良質の廃食油を精製せずにろ過して使っている。
無駄なものは何もない。「土から生まれるものはすべて土に戻る」と金子さんは言う。
資源が循環する仕組み
身近な資源を使った栽培の工夫もあちこちに見られる。
たとえば、苗を育てたり、発芽をさせるための苗床は、「踏み込み温床」を使って作られる。これは、落ち葉や米ぬか、わら、牛糞などを何層にも重ねてベッド状にしたものであるが、発酵熱の暖かさが厳寒期の発芽を可能にする。またこの栄養豊かな土壌は2年寝かせて苗土になるという。電気やガスをまったく使わずに熱を作り出し、その熱で作られたものは、また豊かな土壌に戻っていく。
できる作物も、農薬や化学肥料を使って育てる慣行農業で作られたものとは大きくちがうようだ。
「企業や大学の先生の研究でも、霜里の野菜には菌根菌(きんこんきん)を代表とする土中微生物との共生関係がうまくいっていることがわかっている」と、金子さんは話してくれた。
身近な資源をうまく使い、循環させる仕組みは自然の仕組みのように理にかなっており、無理がない。有機農業そのものの技術だけでなく資源が循環する仕組みが、多くの研修生を呼び、学びの場になっているのである。
有機農業が地域の6次産業化を後押し
霜里農場が作りだした循環の仕組みは、地域へ広がりを見せている。
2001年からは、地元で昔から栽培されていた在来種の青山大豆の有機農法による、集団栽培を開始。大豆は隣町の豆腐メーカー「とうふ工房わたなべ」がすべて買い上げ、霜里豆腐として売り出し、売上を伸ばしている。
地区の有機栽培は小麦や水稲にも広がり、地域の地ビール会社や酒造会社、醤油メーカーが使用し、新製品の開発がつづいている。霜里農場を核とした有機農作物が地域の経済にも寄与し、循環する経済をも生み出しているのだ。
また、地域内で就農する若い就農農家さんも増えている。霜里農場で合わせて2年研修を受けたという有井佑希さんは、この地域(下里地区)で就農した。大学で国際問題や環境問題を学び、海外でのNGO活動にも従事したが、エネルギーも食も自立して生きていきたいと有機農業の道を選んだ。今は仲間とともに古民家に住み、野菜を作り販売する。最近では作ったお米を使って日本酒作りも始めた。「自然に即した生き方をしたい」という有井さんの目標が形になりつつある。
小川町では有井さんのように、有機農業で新たに就農した人が45人もいるという。近隣のお店には霜里農場の名前をつけた商品が見られる。
金子さんが40年かけて積み重ねて実践してきた有機農業が人を育て、地域に広がっているのを感じられる。点から面へ、そして循環するコミュニティ経済へ。これが日本だけでなく世界が注目する理由なのかもしれない。
霜里農場
http://www.shimosato-farm.com/
NPO法人 霜里学校
http://shimozato.jp/
とうふ工房わたなべ
http://www.11-12å.co.jp/
「おがわの自然酒」晴雲酒造
http://www.kumagaya.or.jp/~seiun/
箕輪弥生|MINOWA Yayoi
環境ライター・NPO法人「そらべあ基金」理事。環境関連の記事や書籍の執筆、東京・谷中近くのグリーンなカフェ「フロマエcafé&ギャラリー」を営むなど、自然エネルギー、オーガニックな食や自然素材などを啓蒙・実践する活動をおこなっている。著書に『エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(飛鳥新社)ほか。
http://gogreen.petit.cc/