Mountain man(s)|MEDICOM TOY
MEDICOM TOY|メディコム・トイ
……リサーチ 小林節正氏に聞く(1)
マウンテンリサーチを手掛ける小林節正氏が生み出した思想家フィギュアシリーズ Mountain man(s)から、代表作『ウォールデン 森の生活』などで知られるヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817 - 1862)が、全高約400mmのPVC製フィギュアで登場。アメリカはもとより日本でも人気が高く、多くの邦訳書が出版されているソローがTシャツと短パン姿で山登りに向かう姿を立体化したアウトドア愛好家垂涎のプロダクトだ。ジェネラルリサーチのデザイナーだった小林氏がその活動を終え、新たに……リサーチプロジェクトを開始したのが2006年。長野県南佐久郡川上村に土地を所有し、自ら製品のテストも兼ねて山暮らしを実践しながら生み出してきたマウンテンリサーチのアイテムたち。そして今回のMountain man(s)には、どのような思いが込められているのだろうか?
Photographs by OHTAKI KakuText by SHINNO Kunihiko
アタマでっかちな思想家をソローが山に連れて行く
――すごいものを作られましたね。
小林 他じゃ絶対あり得ないですよね(笑)。本当はソローの生誕200年となる2017年に出したかったんですけど、結果的にこうしてメディコム・トイさんから発売されることになってよかったなと思います。
――そもそもソローとの最初の出会いは何だったんでしょうか。
小林 マウンテンリサーチは山暮らしの服をメインテーマに始めたんですけれども、その実践のための土地を探しているときに『spectator』編集者の青野利光くんから1980年代半ばに東京から長野県川上村に移住して自給自足の生活を送っている田渕義雄さんという作家の本を紹介されて、非常に影響を受けたんです。
田渕さんは『BE-PAL』の創刊にも携わっていた山暮らしのオーソリティーなんですけれども、文中にたくさんソローの話が出てくるんですね。『ウォールデン 森の生活』ぐらいは聞きかじっていたんですけれども、一体どういう人なんだろうと興味を持って。そこからソローの著作をいろいろ読んで、『ソローの市民的不服従』というエッセイに強く惹かれたんです。要するに、自分とは考えの異なる法律や命令には従わず、非暴力的手段でもって自分の良心にだけ従いましょうということなんだけど、そこには『ウォールデン 森の生活』とは趣の異なるソローの一面があって、すごく魅力的に感じたんです。
ネイチャーライターとしてのソローもいまだに古びませんけれども、アメリカやフランスで起こっている抗議運動の根の深さを見るにつけ、時にヴァイオレンスな手段に訴える彼らのことを自分は必ずしも支持するわけにはいきませんが、そういったことへのカウンターとして機能するという点において、今もなお古びていないのが『市民的不服従』に記されたソローのコンセプトだと思うんです。そこでマウンテンリサーチの服が好きで買ってくれている人たちにも自分なりに調べてもらって何かのきっかけになるといいなと思って、ソローのスローガンや肖像を刷ったTシャツを作るところから始まり、マルクス、レーニン、毛沢東というアタマでっかちな思想家をソローが山に連れて行くという想像上のストーリーが出来上がり、最終的にはMountain man(s) というフィギュアシリーズにつながっていって。
あれはソローを教えてくれた田淵さんの導きによって僕らが森に出かけていった感じと、すごく重なる構図なんです。
――『市民的不服従』の精神はイギリスのバンド CRASS が掲げたアナーコパンクの思想とも通ずるところがありそうですね。
小林 どちらも目指すは"支配するもの無き世界"。要するに“思想なき実践”も意味なければ“実践のない思想”じゃ余計意味がない。この点においても自分にとってはどこまでいっても、ど真ん中はソローなんです。
――マウンテンリサーチで最初にソローの言葉や肖像を入れたアイテムは何だったんですか?
小林 “Never Finished WALDEN”というメッセージが入ったTシャツが最初です。要するに、ツマミ読みはしているけどウォールデンを通して読んだことはありません、と(笑)。決して読みやすい文章じゃないので、途中で飽きちゃうんです。だけどそのまま投げ出すんじゃなく、いつの日か最後まで読んでもらえたらいいな、というメッセージですね。
ソローの文体は、ひけらかすような、いやらしい文体でしょ(笑)? 当時の知識人らしくシェークスピアの引用が出てきたり。啓蒙の時代の人なので自分の知的バックグラウンドを散りばめて啓蒙してくるんです。それから食事は小麦が何グラム、幾らかかったとか細かく書いてある。
話が逸れちゃいますけど、あれ、すごく『POPEYE』っぽくないですか? 『POPEYE』とか『Made in U.S.A.』を読んだ時の感覚に近い。ウォールデン湖畔の森の中で自給自足の生活をしつつも、結構頻繁に街に戻ったり。ソロー研究者には失礼になるかもですけど、この際ですし、誤解を恐れずに言ってしまうと、「僕からするとソローは“孤高の人”というよりむしろ“カジュアルでアジテーション好きなオジさん”」って、ずっと感じてるんですけどね(笑)。
‘70年代にパンクの連中がかぶれていたレーニン、マルクス のようなプロパガンダヒーローが、自分にとってはソローなんですよね。彼らのアナーキーシャツがマルクスのポートレイトなら、僕らの作るシャツはソローのポートレイトになる。自分の中ではそういうタイプのヒーローです。
Page02. これ以上シンプルに戻る場所がない原初のもの
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……リサーチ 小林節正氏に聞く(2)
これ以上シンプルに戻る場所がない原初のもの
――これまでマウンテンリサーチからリリースされたMountain man(s)シリーズは、ジオラマの本場ドイツの模型と同じ1/22.5スケール(1体約8cm)でした。
小林 自分は子どもの頃からフィギュア好きで、イギリス製の軍隊の人形とか捨てられず、いまだに大量に持っているんです。
タミヤの1/35兵隊シリーズも歩兵から何から全部作って。
Mountain man(s)シリーズも趣味の延長で作っているものですね。最初が山を歩いている4人(The Walker)で、次がキャンプで寝袋に入っている4人(Camp)。それからカヌーに乗っている4人(Canoe)、ドッグパックを背負った犬(GOO)、胸像のセット。
あとはキャンプサイトで実際に使えるソローの頭部型の蚊取り線香スタンドやキャンドルも作りました。
――棚に並んでいる、古いソフトビニール製の毛沢東の人形はなんですか?
小林 これは中国製です。毛沢東が中国の国家主席だった時代、おカネのない山奥の農家に高価な
ポーセリン製の肖像は買わせられないので、ソフトビニールの人形を配って置かせたらしいんですけれども、現存しているものはすごく少ないと思います。集め始めて気づいたんですけど、このビニールの毛沢東人形には蓄光素材のものが幾つかあって、どうせなら今回のソローのフィギュアも蓄光で作りたいなと思って。
そんな話をしていたら知り合いの原型師が作ってくれたんですけれども、あまりに出来が良いので、これはなんとかしたいなと思ってメディコム・トイに相談したらすごく面白がってくれて。そこから実際に発売されるまで、ずいぶん骨を折ってくれました。本当にありがたいです。
――今回のソローのフィギュアは、背負ったバックパックも精巧に立体化されています。
小林 これには元型があるんです。1960年代末にナイロン製バックパックが主流になりつつある頃、綿と革と木材だけでバックパックを作っていたアメリカの「segen pax」っていうブランドがあって。そこのバックパックがすごく好きだったので、それを模してマウンテンリサーチのバックパック部門である「アナルコパックス」 で商品化したのがこのモデルです。
いまは1年半中断してますが、僕らの会社は年に一回、アパラチアン・トレイル(アメリカ南部14州にまたがる総距離約3500km、世界最長の自然歩道)にひとりずつ歩きに行っているんですけれども、その時に必ずこのモデルを持っていくようにしていて。それで今回はアパラチアン・トレイルを歩いていたら、僕たちのバックを持って歩いているソローとすれ違うイメージで作ってもらったんです。
――ちゃんとストーリーがあったんですね。
小林 自分たちのプロダクションで元ネタがあるものは、すべてソローが言っていたようなスピリットがあります。先ほどお話しした「segen pax」はAdvanced Simplicity(最も進化した簡素さ)という謳い文句ですし、何年か前に作った革の山靴も日本のエベレスト遠征隊の靴を手掛けた職人さんに無理を言って彼らが大事にしている型を復刻してもらったもの。両方とも極めてシンプルなもので、これ以上戻る場所がない原初のものなんです。『ウォールデン 森の生活』に綴られている“これ以上ないシンプルさ加減はなんですか?”という話です。
いろいろと調べて分かったんですけれども、1960年代頃までは登山靴用の革って1、2種類しかなかったんです。そのひとつはスイス製で、ドイツも、日本も、イギリスも、アメリカも登山靴ブランドはその革を使っていました。要するに、世界中の人が同じ材料を持って、その国に応じたものを、同じ製法(ノルウィージャン・プロセス)で作っていたんですね。
山上の景色が世界共通だった時代、靴やバックのマテリアルについてもまた最もオーディナリー(原初)なものを、ソローがTシャツ&ショーツ姿で担いでるっていう。
――このフィギュアが部屋にあると、いつでも山に行きたくなるでしょうね。
小林 もう本当に夢みたいです。バックパックも靴も、これだけ実物に忠実なディテールが出ているし。自分たちが先人を真似て作ったプロダクションをソローが装着して歩いているっていうのは本当に夢のよう。
このバックパックのストラップは緩衝材がなく、フエルトだけの設計です。それで20kg程度の荷物を背負うことがどれだけツラいか、マウンテンリサーチのスタッフたちは、皆んな自分の肩で知っています。昨今のモダンギアを手にする時とは違う心づもりや覚悟が必要なものなのですが、利便性ばかりが追求される一方で、こういう原初に戻れるものがあるほうが、僕はいいと思うんです。
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