特集|もつ喜びのあるカメラ デジタルカメラに受け継がれる クラシックデザインの正体
「Df」「Nikon 1 J5」ニコン開発陣に聞く
デジタルカメラに受け継がれるクラシックデザインの正体(1)
過去の銀塩カメラを彷彿させるクラシカルなデザインと本格的な撮影性能をあわせるデジタルカメラが各社から相次いで発売されている。最新の技術を投入しながら、メカニカルでアナログなデザインを選ぶデジタルカメラには、どのような意図が隠されているのか。
Photographs by JAMANDFIX
クラシカルな操作系のデジタルカメラの意義
トレンドを押さえるなら、トップメーカーに話を聞くべきだろう。今回は、デジタルスチルカメラ領域で世界のトップメーカーのひとつ、ニコンで話を聞く場をもうけることができた。
まずは、かつてのフィルムカメラのようなクラシックなデザインが投影されたモデル「Df」の開発を担当した、ニコンフェロー 映像事業部の後藤研究室の後藤哲朗氏、三浦康晶氏との対話から、クラシカルなデザインの正体、その源流を探りたい。
対話では、ユーザーインターフェースを通したプロダクトデザイン、グラフィック領域を研究対象のひとつにしている、慶應義塾大学環境情報学部教授の脇田玲さんをくわえて、ユーザー視点の「Df」のインプレッションをぶつけてもらった。
――ダイヤル操作がもたらす楽しさとは
後藤研究室は、プロフェッショナル向けのフラッグシップモデルである、かつてのフィルムカメラの「Fシリーズ」やデジタルに移行がはじまった時代の「D3シリーズ」までの開発に携わってきた後藤哲朗さんが率いる。この研究室が中心になって開発され、2013年に「Df」が発表された。
慶應義塾大学:脇田玲(以下、脇田) 「Df」を手に取って、率直に面白いとおもいました。例えば、往年のモデルに通じる“Nikon”ロゴひとつを見ても、昔からカメラに親しんできた人に訴えかける何かがあるとおもいますが、どのような経緯で開発されたのでしょうか?
ニコン:後藤哲朗さん(以下、後藤) いまのデジタルカメラは液晶画面と電子ボタンで操作する、まさにデジタル方式です。便利で迅速な操作は出来ますが、ロゴを隠すとどこのカメラなのか分かりません。他のカメラに埋没しないカメラを作ろう、ニコンならではの存在価値を訴えようとおもったとき、往年のカメラに通じるダイヤル操作系をもつクラシックデザインにしよう、というのがスタートでした。
脇田 いまのコンパクトデジカメやスマートフォンは一枚のガラス板にすべてのメニューを押し込んでいますね。深い階層を経て、必要な機能にたどり着くということも多い。
「Df」はダイヤルやボタンからダイレクトに操作できるのがいいなとおもったんです。操作にダイヤルを用いたのはクラシックな雰囲気を演出するだけでなく、いまのデジタルカメラが秘めた操作性の問題を解決するという意図があるのでは?
ニコン:三浦康晶さん(以下、三浦) 操作系をアナログにするか、デジタルにするかは一長一短です。ただ、「Df」を企画するとき、“カメラはデジタルになっても精密機械だ"というおもいがありました。ダイヤル操作系は精密機械の象徴であると同時に、シャッタースピードや露出がどういう設定になっているか、ひと目で分るというメリットがありますし、手に取ってダイヤルに触れながら、撮影シーンにおもいを巡らせるという楽しみもあります。
後藤 ご質問のような操作性を解決してやるというほど大それた意図はなかったのです。ダイヤルにすることでできなくなることもありますし、動画撮影、Wi-FiやGPSなど省略した機能もあります。
いっぽうで、“シャッタースピードって何だろう”、とカメラを操作することや撮影する手順に好奇心をもつようになる方も出てくるでしょう。ただ、写真を撮ることに没頭できる、そんなデジタルカメラを作りたかったんです。
脇田 撮影に必要な機能、カメラが本質的に備えている機能だけに絞ったということですね。もしかすると、スマートフォンでしか写真を撮ったことがないという人は面食らうかもしれませんが、私はこの驚きと向き合いたくなりました。
“どうしたらコイツを御することができるのか”という挑戦を受けた気がしたんです。例えば、クルマでいうならばスーパーセブンのようなスポーツカーを意のままに操りたいという欲求に似ているかもしれません。
――歴代の名機への畏敬と回帰
後藤 しかし、実際にはなかなか商品としての賛同を得られない時期もありました。2009年に後藤研究室が発足して、翌年の春にはモックアップが完成していたのですが、2011年前後は社会的にも大きな出来事が多く、メインストリーム以外のモデルを製品化するほどの余裕がなかったのです。
その間に、「Df」と似たコンセプトをもつ、富士フイルム「Xシリーズ」、オリンパス「OM-Dシリーズ」が発売されて、先を越されたなとおもいました。
ただ、往年のフィルムカメラに通じる操作系をもつ設計、他のカメラに埋没しないデザイン、カメラメーカー各社の“らしさ”を象徴するクラシックなスタイルの追求は、今後のデジタルカメラのあたらしいトレンドになるこを確信することができました。
三浦 最初はひとりでスケッチを描いて、モックアップをつくってという状態からスタートしました。代わりに、自由に作業できた部分も少なくありません。例えば、名機F2やF3を意識したボタンやダイヤル、ロゴのデザイン、底面の開閉ノブをモチーフにしたバッテリー室カバーなど、これまでのニコン製品のオマージュも散りばめたのです。
脇田 これまでのニコンデザインをリミックスしたということですか。
三浦 オールドニコンファンでデジタルには抵抗があるという方はいまもいらっしゃいます。「Df」によって、昔のカメラとの共通性を感じて、デジタルに踏み出していただきたいという願いもあります。確かに、操作する感触、道具を使う本質的な楽しさもありますし、じっくり取り組むからこそ見えてくることもあります。
私は若い人も含めた、もっとひろい層に使ってもらいたいと感じました。「Df」はいい写真を撮りたいという欲求を、自分の技能が向上する喜びによって叶える、そういうものに向き合えるツールだとおもいます。
「Df」「Nikon 1 J5」ニコン開発陣に聞く
デジタルカメラに受け継がれるクラシックデザインの正体(2)
小気味よい撮り心地と高級感を備えて
デジタルカメラビギナーが手に取って、撮影しやすく、きれいな写真を残すことができるレンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1」シリーズ。従来モデルは“シンプル・ミニマル”というデザイン思想のもとにデザインされてきたが、最新の「Nikon 1 J5」では、その流れを変えたという。
ここからは、「Nikon 1 J5」の開発を担当した、ニコン 映像事業部の舛田知也さんと小林達也さんに対話にくわわってもらい、開発の背景や「J5」の一見“クラシック”なデザインが宿す、開発者の意思を探っていく。
高級感と撮り心地の向上を目指したという新モデルは、「Df」ほどはっきりした“クラシックデザイン”ではないが、グリップやボタン、ダイヤルが突き出たメカらしいデザインは、“クラシックデザイン”の潮流のただなかにあると見ることもできる。
――使いやすさと楽しさの両立を
脇田 想像を超える写真が撮れて嬉しい、というのが「Nikon 1 J5」の第一印象でした。扱いやすく、撮りたいとおもったものをストレスなく確実にカタチにしてくれる。
ニコン:舛田知也さん(以下、舛田) 「Nikon 1 J5」は、シャッターボタンを押してから撮影されるまでの撮影タイムラグはレンズ交換式デジタルカメラで世界最速です。開発当時、こうした性能面や操作性の向上も図りつつ、小型・軽量というレンズ交換式アドバンストカメラの特徴も両立することが求められていました。
ニコン:小林達也さん(以下、小林) 「J5」の特徴であり、具体的な進化としては撮影の自由度を上げるための機能の充実を図ったことです。チルト式液晶モニターやメカニカルダイヤルの採用がその一例です。
脇田 メカニカルダイヤルと液晶タッチパネル、機能配分のバランスが見事だとおもいました。「J5」のキャラクターを考えると、すべての機能をダイヤル操作にすると楽しみを感じる人がいるいっぽうで、操作が難しいと感じてしまうユーザーもいるかもしれない。
しかし、モニターのパネルのみの操作で機能にたどりつくために、いくつもの画面を経るのもストレスになるという人もいるでしょう。
小林 本体天面にモードダイヤル、前面にファンクションボタンを設けたことで、すみやかにダイレクトに撮影者の意思を反映できるようになったとおもいます。もちろん、フルオートモードもありますし、液晶モニターでのタッチ操作も可能です。
――感動を演出するたたずまいとは
脇田 ダイヤルだけでなく、デザイン面もこれまでとは異なるアプローチが感じられます。視線が行くところ、手で触れる部分の高級感というか、気分を高揚させる要素やアクセントが散りばめられていますね。
小林 金属を削り出したような質感、グリップ部のレザーテクスチャーなど、クラフツマンシップが感じられるようなたたずまいを目指しました。すべてのパーツをきらびやかに仕立てるのではなく、こだわりの部分はしっかりと、というバランスが高級感につながったのではとおもいます。
脇田 お借りして、最初に愛犬を撮ったのですが、本当に美しい写真が撮れたとおもったんです。組み合わせるレンズもいいなと感動した。ズームレンズは動く被写体にもしっかり追従します。レンズ交換によって、見えている風景とは違った世界がひろがる気がしました。
明るい単焦点レンズを使うと、多くの方にとって最初のハードルとなる“ボケ味”の効いた写真も難なく撮れる。ズームの効く遠くの風景も精彩に撮影できる。レンズを変えると、あたらしい発見があるのが楽しいですね。
小林 楽しいとおっしゃっていただけるのは嬉しいですね。センサーや画像処理エンジンも進化していますし、暗いところでのノイズリダクション機能も精度が上がっています。
脇田 写真を撮る楽しさ、感動って「驚き」と「共感」が必要だとおもいます。キレイに撮れることで驚きを、その性能にふさわしいエクステリアデザインや質感に共感を覚える。「J5」はそのふたつを兼ね備えているからこそ、「やっぱり、コイツはいいカメラだな」と感じるんでしょうね。
――現在のデジタルカメラにクラシックデザインが息づく意義
小林 「Nikon 1」シリーズは“シンプル・ミニマル”というデザインコンセプトでしたが、これにくわえて「J5」では、さまざまな撮影スタイルに応えるべく、ダイヤルなどのアナログ操作系のパーツを追加しました。
クラシックというよりは高級感と操作性の両立をテーマに、モックアップを作っては何種類もレザーを貼り変えて、触れては調整を繰り返しました。
質感の良さを実感できるからこそ、レンズを変えてみたいとか、いろいろな写真を撮りたいという欲求が生まれると考えました。
脇田 使いやすさと愛着を感じるプロダクトということしょうね。「J5」ははじめてデジタルカメラを手に取る人でも、直感的に楽しめますし、長く手元に置きたいとおもわせますね。
後藤 「Df」の場合、ユーザーに挑戦するという一面もあるかもしれません。デジタル一眼レフカメラは各社が機能的にも、性能的にも多彩なバリエーションを発売しています。
それならバリエーションのひとつに、「Df」のように“持つ悦び”と“使いこなす愉しさ”を追求したモデルがあってもいいでしょう。
脇田 カメラに限らず、最近のプロダクトは奇をてらったものや新機能を詰め込んで性能を主張する製品が少なくありません。でも、カメラのダイヤル操作に代表される“クラシックデザイン”によって、「Nikon 1 J5」は多くの人に手軽に写真の楽しさを伝えてくれますし、「Df」はいまのカメラが失いつつある写真を撮るという行為、そのものへの欲求を取り戻してくれるように感じました。
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