連載・柳本浩市|第23回 橋詰 宗氏に「デザインと教育」をきく(中編)
Design
2015年5月15日

連載・柳本浩市|第23回 橋詰 宗氏に「デザインと教育」をきく(中編)

第23回 橋詰 宗氏に 「デザインと教育」 をきく(中編)

今回は、グラフィックデザイナーの橋詰 宗(はしづめそう)さんをお迎えして、2年間のRCA(ロイヤルカレッジ・オブ・アート / ロンドン王立芸術学院)での学びから得たこと、考えたことなどを聞いてみたいと思います。

文=柳本浩市

論文のタイトル「エンプティネス オブ デザイン」にこめられた思い

橋詰 論文のタイトルに「エンプティネス オブ デザイン」という言葉が頭に浮かんだとき、この思想そのものは、東洋的思想、たとえば禅や俳句などとコネクトしているのかという認識がありつつも、ヨーロッパ人であるチューターには「あなたの言っていることがわらない」と言われる始末で(笑)。だけども「エンプティネス」を自分から積極的にあたらしいものをつくりださないという仮定で考えていくと、Åbäke(ロンドンを拠点に活躍中のデザインスタジオ)のやっていることや、ロンドンで身をもって体験した生活にも、どこか繋がっているのではと思うようになりまして。そこでひたすら本を読んだり、リサーチしていくなかで、「実践」というキーワードが浮き彫りになってきました。

柳本 卒業論文のテーマから一歩踏み込んだわけですね。

橋詰 なかでも『The Practice Of Everyday Life』(日常的実践のポイエティーク。Michel de Certeau著)という本は、「エンプティネス オブ デザイン」の考えを深めるキーになった一冊です。本書では、僕たちが都市空間のなかで日常なにげなくやっていることが「実践」という言葉で括られていて。権力やシステムを転覆させ、自分の領域を確保するのではなく、すでにある構造のなかで上手くやること、切り貼りをしながら生活していくという考え方が明記されていました。生活にはいろんな「コンポーネント」(構成部分の意。ソフトウエアプログラムの世界では、特定の機能をもちながらも単体では使用できず、ほかのプログラムと組み合わせて機能を発揮することを意味する)があって、モノごとの順列を組み替える処理をすることで、生活するひとにとって、おもしろさや有意義なものにあらたに変化できるとも書かれていました。日常生活のなかで、子どもが通学路をそれて寄り道をして帰ったり、賃貸のような間取りが決まった物件でも自分が好きなように部屋を装飾していくといったような行為もこれに当てはまりますよね。

「コンポーネント」という概念によって、一からデザインするのではなく、これだけのモノが世の中にあるんだということを意識することに行き着いたんです。かつてはバウハウスの思想があり、スイスタイポグラフィが台頭し……といった歴史をふまえながら、またまわりにあるモノの順列を変え、さらには再編集のプロセスでコンポーネント的な概念を活かしていくことで、これからのデザインがおもしろくなるのではと思いました。こうした考え方は、その後の活動の大きな指標となりました。

柳本 そして日本へもどってきて、イギリスとのギャップを感じませんでしたか?

橋詰 それはもうしんどかったですよ(笑)。ロンドンとまったく異なったものの見方や価値観で成り立っているのは事実ですし、とはいってもRCAで学んだことをすぐにデザインの文脈で実践できるはずもなく、結果帰ってからしばらくは悩んだ時期がありました。そのころは悩んで日本の同世代のデザイナーに相談をしても結局は「とはいっても現実はね……」という流れになってしまうことも少なくありませんでした。そこで「やっぱり日本はダメだ、イギリスにもどろう」と本気になれば、行動には移せたと思います。だけども「イギリスで学んだことを共有し、あらたな関係性を日本で構築する」という個人的な信条が勝って、2回目の日本脱出は思いとどまったんですね。

柳本浩市|橋詰宗|アートディレクター|グラフィックデザイン 02

柳本浩市|橋詰宗|アートディレクター|グラフィックデザイン 03

東京は、編集的に面白いことができるたくさんの要素がある

柳本 そこでどうして踏ん張れたのですか?

橋詰 そのときに感じたことは、日本でのデザインという行為は大半が発注型のクライアントワークであることを認めつつも、そのような状況において自分の考えていることを実践するためにも、日本のなかで自ら環境をつくり関係性を育む、という方面へシフトしようと。東京という都市を冷静かつ客観的に見わたしてみると、これから編集的におもしろいことができるたくさんの要素があると確信して。そんなときに出合ったのが、ユトレヒトの江口宏志さんです。日本では彼のような動きをするひとはほかにいないと思っています。実践的な本屋の運営、併設のカフェでは英語教室もやったり、とにかくよくわからない動きなんですが(笑)、それがすべてにおいて関係性を育んでいるんですね。「コンポーネント」という概念にとどまらずに江口さんの場合は、さらにその上をいく「場」を実践として軽やかにつくってしまいますからね。さらに彼の性格のゆるさもくわわって(笑)。そうこうしているうちに江口さん、プロダクトデザイナーの白鳥浩子さん(RCA卒業生)と3人で意気投合して、「なにかやろうよ」ということになって。企画を寝かせながら、のちの「D ♥Y」に繋がっていくんです。

※「D ♥Y」は2010年6月5日、6日の2日間にわたって、CLASKAにて開催されたイベント。“Do It Yourself”をテーマに、40を超える出店者が集結。その場でつくる、オーダーする、つくって食べる、みんなで歌う……などバラエティに富んだ内容に、約2000人が来場した。橋詰氏は主催者として全体をプロデュースするとともに、アートディレクターとしても携わった。

柳本 「D ♥Y」では、ロンドンでのRCA時代にもどった感じですね。

橋詰 そうですね。ロンドンの文化構造にはDIY的な概念が大きく影響していますし、江口さん、白鳥さんと「D ♥Y」のモデルになるようなものを、ということでさまざまなリサーチをしました。V&A(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)で「VILLAGE FETE(ヴィレッジ・フェテ)」というデザイン村祭りのようなイベントをやっていて、RCAの学生やインディペンデントに活動するデザイナーがバザーのように出店しているんです。だけどもそこでデザイナーはたんにモノを売るのではなくて、たとえ専門外のことであっても、デザイナーとして培ったプロセスやノウハウを活かして、参加者を充分に楽しませるという内容なんです。イギリスでの「ヴィレッジ・フェテ」、RCAで学んだこと、東京という都市、そして僕たちが育んできたさまざまな関係性……そんな要素の順列組み合わせが、「D ♥Y」開催の潮流になったわけです。結局のところこのような実践は僕が大好きな音楽、とくにDJカルチャーにおいて若いときに影響をうけた「すでにそこにあるものをさまざまな手法で繋ぎあわせていく」という編集的な概念に強く影響されているといえますね。

次回は橋詰さんの「編集」に迫ります。

橋詰 宗|HASHIZUME So
1978年広島県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)コミュニケーションアート&デザイン修士課程修了。帰国後、アート、建築、ファッションなどの領域にかかわるアートディレクション、ブックデザイン、ウェブデザインなど、数多くのプロジェクトに携わる。最近では領域を横断したワークショップやイベントの企画なども積極的におこなう。
http://www.sosososo.com/

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