オランダ、フードデザインの現場「Proef アムステルダム」
オランダ、フードデザインの現場
マライエ・フォーヘルサング|Marje Vogelzang
写真と文=木戸昌史
ここ数年、オランダのデザインが再び脚光を浴びている。その独特のコンセプチュアルなアプローチが、行き詰まり感を見せるインテリアやプロダクトの世界に、これまでにない新しい風を吹き込んでいるのが注目の理由だ。既存のジャンルに捕らわれないオランダのデザインは、その対象を「食」にまで広げつつある。
さて、オランダを代表する食べ物といって、何が思いつくだろうか。意外と思いつかないかもしれない。じつは、オランダ人はもともと食に対しては、機能的に「お腹を満たす」という風にとらえていたため、それほど関心がはらわれる対象ではなかったのだという。しかし、最近になってオランダ国民の食文化への関心が高まるなか、食べ物をデザインとして捉えることで、現代的な食文化として発信するデザイナーがいる。そのひとりが、マライエ・フォーヘルサングだ。アムステルダムにある彼女のアトリエを訪れ、その創作の現場をのぞくことができた。
取材に訪れた私たちを迎えてくれたのは、マライエがデザインする素敵なランチ。
アムステルダムにあるスタジオは、気持ちのいい風が吹き抜ける、緑に囲まれた環境にある。その木陰のもとテーブルを囲んで食べるランチは、シチュエーションだけでも十分に感動してしまうのだが、もちろん、それ自体にも工夫が凝らされている。
手渡された茶色と白色の紙袋は、キッシュやスコーン、数種類のソースやオレンジジュースが詰め込まれているケータリングセットで、ちがう色の袋を持った人と一緒に食べるようにいわれる。じつは、二人一組で、たがいに向き合って食べることで、おかずが完結するという仕掛けだ。「せっかくのランチ、コミュニケーションのきっかけとして捉え直してみよう」という創意工夫の溢れるマライエのプレゼンテーションにさっそく、引き込まれてしまった。
そもそも、マライエ・フォーヘルサングとはどんな人物なのだろうか。
じつは彼女、スタジオ・ジョブやピート・ヘイン・イーク、ヘラ・ヨンゲリウスなど、数多くの世界的なデザイナーを輩出するデザインアカデミー・アイントホーヘンでデザインを学んでいる。卒業後、ヘラ・ヨンゲリウスのもとで、デザイナーとして働いた経験もあるマライエのバックグラウンドはあくまでデザインだ。
「私は学校で料理を学んだわけではありません。あくまでデザイナーとして食をデザインしています」と自らを語るマライエは、ロッテルダムにオープンした有機野菜にこだわった Proef というレストランで、一躍注目を浴びることになる。しかし、それはあくまで彼女の活動のひとつに過ぎない。食をデザインとして捉えることで広がるさまざまな可能性を模索するべく、アムステルダムのスタジオで研究から創作までを行い、フードデザインの啓蒙にも努めている。
彼女のこれまでの活動は、ウェブサイトでご覧いただくとして、私たちが訪れたのは、そうした活動の拠点となるアムステルダムのスタジオだった。古い建物を改装した、週末のみレストランとして開いているスタジオ兼レストランは、どちらかといえばデザイナーのアトリエそのもの。建物の内部には、デザインのインスピレーションとなるようなアイテムが、あちらこちらに散りばめられ、「食」を単なるプレートの上での出来事として完結させない、マライエの思想が凝縮されていた。
なかでも驚いたのは、アトリエ内で飼育されている「鶏」だ。マライエが手にしている鶏は、名前の記された写真を貼った巣の中で飼われている。卵自体がどの鶏からやってくるのか。卵ひとつとっても、その出所までリサーチをする必要があると考えるマライエ。フードデザインといえど、決して表面的な見た目に終始することなく、さまざまな可能性を秘めているのは、彼女のこんな徹底したこだわりぶりから、見て取っていただけるのではないだろうか。
今年の秋には、彼女の食のデザインを日本でも楽しめるという話もある。OPENERSはひきつづき、彼女の活動に注目していきたい──
マライエ・フォーヘルサング|Marije Vogelzang
1978年生まれのフードデザイナー。2000年にオランダのデザイン・アカデミー・アイントフォーヘン卒業。ヘラ・ヨンゲリウスのもとで1年間デザイナーとして勤務。学生時代より新しいデザインに対するアプローチを模索し、人間にとって最も身近な食をテーマにデザイン活動をスタート。
2004年にオランダ・ロッテルダムに自身のデザインスタジオ兼レストラン「Proef」をオープン。デザインフリークを中心に話題を集める。
2006年にはアムステルダム市郊外にフードデザインのアトリエ兼レストラン「Proef アムステルダム」をオープン。食をテーマに新しいデザインの地平を切り開いている。
PROEF
http://www.proefrotterdam.nl/
協力・協賛|オランダ大使館 文化部(http://www.mfa.nl/tok-jp/homepage)、オランダ政府観光局(http://www.holland.or.jp/)