北京現地リポート|BOSE
BOSE|ボーズ
BOSE、クルマ、そして中国
北京モーターショーにブースを出展し、中国国内販売店も充実させるという「BOSE」。カーオーディオ界でも、もはや代表的ブランドという印象がつよい。そのボーズは中国をどう評価するのか? そして中国はボーズをどう評価するのか? カーオーディオとホームオーディオの両面から大谷達也氏がリポート。第1弾はカーオーディオブランドとしてのボーズの知られざる過去と現在を紹介する。
Text by OTANI Tatsuya
Photographs by OGAWA Yoshifumi
17年前ボストンで
中国国内の自動車メーカーはいうにおよばず、日本、アメリカ、そしてヨーロッパのプレミアムカーブランドがこぞって出展した北京国際モーターショー。その一画に、オーディオブランドの「ボーズ」もブースを構えていた。最近はプレミアムカーオーディオの代表的ブランドとしても定着した感のある同社は、もともとも革新的なスピーカー“901”(発売は1968年)で名を成したホームオーディオメーカーである。
現在もホームシアターやパーソナルオーディオ、ヘッドフォンなど幅広い製品をラインナップしているが、北京ショーの会場にも、カーオーディオの最新作であるポルシェ「911」とともに、さまざまなホームオーディオがずらりと展示されていた。それらが奏でる音に耳を傾ける中国のひとびと。その姿を見て、筆者は17年前にボストンで味わった濃密な“ボーズ体験”をおもい出さずにはいられなかった──
1992年、ボーズは日本におけるカーオーディオの開発ならびに活動拠点としてボーズ・オートモーティブ(当時の社名はボーズ・インターナショナル)を設立。その3年後、自動車雑誌編集部員だった筆者はボーズの生まれ故郷であるボストンに招かれ、同社を隅々まで取材するとともに創業者であるアマー・G・ボーズ博士にインタビューする機会を得た。
1980年代、ボーズはすでに業務用オーディオの分野でもその名声を確立しており、天井からつり下げられたコンパクトなスピーカーが生み出すパワフルなサウンドは、日本で暮らす我々にも“耳馴染み”の深いものとなっていた。同社の製品はスタイルやサウンドがユニークなだけでなく、心理音響学や室内音響学を駆使した“ハイテク・オーディオシステム”としても独自の地位を築いていたのである。そんなボーズの本拠地を訪ねる旅は実に刺激的で、また感動に満ちたものだったことはいうまでもない。
カーオーディオは妥協の産物なのか?
なかでも印象的なのが、カーオーディオづくりにたいするボーズの姿勢、そしてこだわりだった。彼らは車種ごとにカーオーディオを専用設計するだけでなく、よりよい音を創造するため、スピーカーの設置位置やスペース、周辺の構造などを自動車メーカーと協議しながら設計する手法をつくり上げていた。
「自動車はオーディオを楽しむのに好都合なスペースです」
ボーズ博士は筆者に語りかけた。
「なにしろ、リスナーとオーディオシステムの位置関係があらかじめわかっている。オーディオに携わるエンジニアの立場でいえば、これはホームオーディオにはない、大きなアドバンテージです」
それまでカーオーディオは妥協の産物でしかないとおもっていた筆者にとって、ボーズ博士の思想は独創的で、なにより夢に溢れていた。また、直接音と間接音の関係(前述の901は直接音と間接音の比率を1:8とするため、前方に1個、後方に8個のスピーカーユニットをとりつけていた)や音像の定位にとりわけ熱心に取り組んできたボーズが、リスナーとスピーカーの位置をあらかじめ特定できるカーオーディオに進出したというのも、実に納得しやすい話だった。
BOSE|ボーズ
BOSE、クルマ、そして中国(2)
自動車メーカーと一体となるスタイル
いまでこそ自動車メーカーとオーディオメーカーが協力してオーディオを開発することはめずらしくなくなってきているが、このスタイルは、1980年初頭にボーズがキャデラックのカーオーディオシステムを開発したときにはじめて採用されたもの。この分野でもボーズは先駆者だったのである。ボーズのカーオーディオづくりのもうひとつの特徴は、本当の意味で自動車メーカーと一体になった製品開発にある。
先ほど、ボーズは1992年に日本法人のボーズ・オートモーティブを設立したと書いたが、これはホンダ、日産、マツダなどの日本車メーカーとカーオーディオを開発するための“前戦基地”としての意味あいが濃かった。しかも、ボーズは生え抜きのエンジニアを現地に送り、自動車メーカーの設計者と力をあわせてカーオーディオをつくり上げていく。
ボーズ・オートモーティブが設立された当初はマイク・ローゼンという敏腕エンジニアが日本に滞在していたし、彼の後を引き継いで日本にやってきたリチャード・ミラーは、現在、ボーズ・オートモーティブ・チャイナの技術部門責任者として中国に駐在している。
今回、北京で初めて出会ったミラーに「生粋のアメリカ人であるあなたにとって、現在の中国暮らしを不自由に感じることはないのか?」と訊ねてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「たしかにアメリカと中国の文化はことなります。アメリカと日本の文化がことなるのとおなじようにね。ただし、不自由はありません。私はこちらの土地に溶け込んで、中国での生活をエンジョイしていますよ」
その屈託のない表情は、心に曇りのないエンジニアに特有ものだった。
2デシベルの好み
つづいてミラーに、中国人の音の好みについて訊ねてみた。
「中国にはとても豊かな音楽の歴史があり、いまも多くの方々が音楽に親しんでいます。ご指摘のとおり、音の好みには国ごとにちがいがあります。たとえばアメリカ人は低音が好きで、日本人には高音を好む傾向にあります。いっぽう、中国の方は中音域が強めなサウンドを好まれるようです。といっても、せいぜい2dB(デシベル)程度ですが……」
dBとは音圧を表すのにもちいる単位だが、2dBとは、製品ごとの微妙なバラツキと変わらない、ごく小さなちがいでしかない。そのわずかな差を把握しているボーズの緻密さに、深い畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
もっとも、だからといってボーズのサウンドが国ごとにことなるわけではない。ボーズ・オートモーティブ・チャイナでジェネラルマネジャーを務めるジョン・F・マーは次のように力説した。
「ボーズ製品のクォリティはどの国でもまったく変わりません。ボーズ・オートモーティブの基準は世界共通なのです」
そうした基準はミラーのようなエンジニアたちが各地でおこなってきた周到な調査や研究からつちかわれたものである。そしていつの日か、彼らの努力が実を結び、中国市場でも幅広くボーズの名が知られる日がやってくるのだろう。かつて、日本におけるボーズがそうだったように……