ロールス・ロイスは復活したか|Rolls-Royce
Rolls-Royce Wraith|ロールス・ロイス レイス
Mr.ロールス・ロイスにきく
ロールス・ロイスは復活したか?
1906年に設立され、“世界最良のクルマ”メーカーを自認したロールス・ロイス。しかし、1971年の経営破綻以降、ロールス・ロイスのたどった道は複雑なものだった。国有化、ヴィッカーズへの譲渡、フォルクスワーゲンによる買収を経て、現在は、ロールス・ロイスを冠するクルマは、BMWが所有するロールス・ロイス モーターカーズによって生産、販売されている。2003年に登場した「ファントム」は、そのロールス・ロイス モーターカーズによる第1弾であり、あたらしいクルマだったが、市場も、ジャーナリズムも、これをロールス・ロイスとして歓迎。いまや「レイス」という挑戦的なモデルの投入を可能にするまでに至った。今回はその新生ロールス・ロイスをあらためて問う。
Text by OGAWA Fumio
ロールス・ロイスは後席に座るだけのクルマではない
2013年4月18日に、ロールス・ロイスの新型クーペ、「レイス」が発表された。
スコットランド方言で、神秘的な力を意味するレイスと名づけられた新型は、ロールス・ロイス史上もっともパワフルという632psの最高出力をもつV型12気筒エンジンを搭載する。記者発表会の席上では、まず、ジェイムズ・ボンドばりの眼光するどい男性がハンドルを握る、特徴的なスタイリングのファストバックボディを持つレイスが登場した。
この発表にあわせて英国グッドウッドにある本社から来日したのが、アジア・パシフィック地域のマーケティングを統括するダン・バルマー氏だ。2003年に発表された新生ロールス・ロイスを象徴する「ファントム」のときから同社に籍を置き、ロールス・ロイスとはなんたるかを語ることのできる人物である。
インタビューは、東京・溜池にあるANAインターコンチネンタル東京の一室でおこなわれた。
ブラックのスーツに長身を包み、ラペルピンとカフリンクスに、ロールス・ロイスのシンボルであるスピリット・オブ・エクスタシーを配した、いわばミスター ロールス・ロイスは、レイスとはいかなる役目を担って登場したクルマかの説明からはじめたのだった。
──レイスを開発した目的を教えてください
ダン・バルマー氏 2009年に「ゴースト」を発表したときから、私たちは、ロールス・ロイスのイメージを変えていこうと考えはじめました。ロールス・ロイスはスーパーラグジュリアスなマーケットでは頂点に立っていますが、そのいっぽう、世界中、とりわけアジアの国々では、後席に乗るクルマととらえられています。
でも、じつは私たちのヘリティッジはそうではないのです──
Rolls-Royce Wraith|ロールス・ロイス レイス
Mr.ロールス・ロイスにきく
ロールス・ロイスは復活したか?(2)
“ノワール”なロールス・ロイス
──これまでにもパーソナルなモデルは「ファントム クーペ」がラインナップにありましたが、レイスはそれとちがう立ち位置なのですか
ロールス・ロイスの歴史を振り返ると、第二次大戦前はレース活動も熱心につづけていました。でもたんにレーシーであればいいというのではありません。端的な例は、1913年にスペイングランプリにシルバーゴーストで優勝した際、ドライバーのドン・カルロス・デ・サラマンカの言葉です。
“レースのあとはへとへとになるものだが、ロールス・ロイスだと5分しか運転していないとおもえるほどリラックスしていられる”
サラマンカ・ブルーという車体色は、このデ・サラマンカに由来しています。
──レースのヘリティッジを強調することは、どこのマーケットで有効ですか
世界中のあたらしい顧客にたいしてです。
今回、日本の前にマイアミ、ロサンジェルス、ドバイなど各地でレイスのお披露目をおこないましたが、レイスに興味を持ってくれた層のうち4分の3があたらしい顧客です。みな、他社のパフォーマンスカーのオーナーで、従来ならロールス・ロイスに興味を持たなかったであろう層です。
──あたらしい顧客を惹きつけるためには、あたらしいロールス・ロイスをつくらなければならなかったのでしょうか
私たちは、レイスをノワールなロールス・ロイスと表現しています。
ノワールとは、エレガンスよりアグレッシブさによったものを指す言葉で、もとはフランス語の“黒”ですが、レイスのように、レースのヘリティッジを強調したり、個性的なデザインを採用した、強いキャラクターをノワールと呼んだりしています。いってみれば、レイスはロールス・ロイスが持っていたダークサイド──といっても悪い意味ではないですよ──を打ち出したモデルなのです。
Rolls-Royce Wraith|ロールス・ロイス レイス
Mr.ロールス・ロイスにきく
ロールス・ロイスは復活したか?(3)
チャールズ・ロールスの精神
──ロールス・ロイスは、ロールス・ロイスとはいかなるクルマであり、また、いかなるクルマであるべきかというプリンプルに忠実な自動車メーカーである印象が強いのですが、それを変えようとおもっていますか
初期に打ち立てられた“枠組み”のようなものを意識しています。言い換えれば、ルックス、ステアリング、ハンドリングといった面におけるロールス・ロイス車の自己定義です。どういうクルマであるべきか、という。
それは環といってもよく、この環のなかでクルマを開発していくのが、私たちの方針なのです。レイスにしても、この環から飛び出すものではありません。でも、この環を拡大していこうと考えています。
──それは興味ぶかい考えかたです。ロールス・ロイスらしさは、つねに変わってはいないのですね
むしろ強調していこうというのが、新世代のロールス・ロイスにおける考えでした。ご存知のようにロールス・ロイスは、ロールスとロイスという、ふたりの創業者によってつくられた自動車会社です。でも、ふたりはことなる人格でした。ヘンリー・ロイスは完璧主義者。私たちはもうひとりの、冒険心にあふれていたチャールズ・ロールスの精神を活かすことを考えています。それがレイスを世に送り出したのです。
──スタート時点で、まず定義ありきという姿勢が興味ぶかいです。
「ベストカー・オブ・ザ・ワールドをつくろう」というのが、私たちが社内で共有したプロミスです。
シンプルだけれど、それだけに難しい。でもそれこそがロールス・ロイスの再生に必要だとおもいました。
80年代、90年代の低迷期を抜け出して再スタートを切るために、そうならなければなりませんでした。
無からのスタートを切るために、当時私たちがやったことは、ロールス・ロイスについて書かれたすべての文献を読み、なにが正しくてなにが正しくないかリストをつくることでした。そして目的に沿って討議しました。
Rolls-Royce Wraith|ロールス・ロイス レイス
Mr.ロールス・ロイスにきく
ロールス・ロイスは復活したか?(4)
1パーセントの成長で充分
──レイスがオーナーに与えてくれるものはなんでしょうか?
パワー、スタイル、ドラマです。トレンドに追従していくのでなく、ロールス・ロイスでないと手に入らないものこそ、レイスが提供する価値です。
──日本での価格は3,195万円です。ロールス・ロイスのラインナップにあっては、ゴースト(2,940万円)についで低い価格です。世界最高峰のものなら他社の製品とは比較にならないほど価格を引き上げてもよかったのでは。これは半分冗談ですが。
(笑)
──全体の売り上げは好調なようですが、増産の考えはありますか。
たしかに2011年は過去最高で、12年はそれを上まわりました。今年度も好調が期待されています。
しかし私たちは、ゆっくりと時間をかけて成長していく道を選んでいます。どこの都会にいって5分ごとにロールスロイスに出合うという状況が生まれては、エクスクルーシブさが保てなくなってしまいます。顧客が逃げてしまうかもしれません。
──それでも利益を出さないと新車の開発費がかせげませんしね。
そのとおりです。ただし開発費をかせぐには、2桁の成長は必要ないとおもっています。1パーセントとか、その程度の伸びで十分です。そのような設定が、ロールス・ロイスのようなエクスクルーシブさを売りものとするブランドに向いているのです。
──中国でも販売は好調ですよね。もしパイの大きさが限られているとしたら、どこのマーケットが割を食うことになるのでしょうか。
いまだに北米がいちばんですが、たしかに中国は伸びています。アジア・パシフィックではオーストラリアでショールームを増やしますし、インドやインドネシアも好調です。もちろん日本はアジアで2番目のマーケットでありつづけています。
ただしあるマーケットが急激に伸長しているからといって、生産計画を大幅に見直すと、なにかのきっかけで、そのマーケットがしぼんだときに悲惨なことになりかねません。膨張にたいしては、慎重な対処が必要だと考えています。