Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG レポート
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2015年3月31日

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG レポート

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG

エココンシャスになったAMG(1)

燃費を25パーセント向上させ、装いは変えず独特な排気サウンドも保ったまま環境への配慮もほどこされたフラッグシップサルーン「メルセデス・ベンツ S63AMG」の新型をモータージャーナリスト 河村康彦が試乗した。

文=河村康彦写真=メルセデス・ベンツ 日本

M156型後継。5461cc、8気筒DOHCのM157型エンジン

6.2リッターという大排気量にして7000rpm以上まで軽々とまわるスポーティなエンジンを2005年に完成させたとき、AMGの開発陣は「これは従来のようにメルセデス製ユニットをベースにチューニングしたのではなく、我われがいちから設計、開発をおこなった初のエンジン」と胸を張った。

しかし、それからわずか5年ほどで時代は大きくかわったようだ。AMGはここにきて、まだまだ若い大排気量の高回転、高出力型エンジンに代わるあらたな心臓を発表、パワフルなモデルをずらりとラインナップに並べるAMGですら「燃費を25パーセントも向上させる」という謳い文句を掲げた。今の時代”エコ”への配慮は欠かせなくなったということだろう。

じつはAMG自身がこの新ユニットを、これまでの代替バージョンと紹介しているわけではない。しかし、新エンジンの形式がM157型で前出6.2リッターエンジンのそれがM156型となれば、誰だって前者が後者の後継ユニットであると、そう連想をするにちがいない。

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG photo 02

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG photo 03

この2基のエンジンが新旧の関係にあると察するには決定的な根拠がある。それは、フラッグシップサルーンであるSクラスに設定されている8気筒モデルの心臓が、M156型からM157型へと換装されるという事柄だ。それにもかかわらず、その車両名称はどちらも「S63AMG」。つまりS63AMGというモデルはライフ途中で、「エンジンのみをフルモデルチェンジする」という、異例中の異例のリファインをおこなうということになるのだ。

この9月に正式なお披露目となるエンジンの基本スペックは、ツインターボつきの5,461ccで90度のVバンクをそなえる8気筒DOHCというもの。最高出力は544psでこれはM156型から19ps増加。一方で800Nmという最大トルクは170Nmもの増加で、こちらはターボエンジンらしく大幅な上乗せだ。

最高回転数18.5万rpmを誇る2基のターボチャージャー

ちなみに、「パフォーマンスパッケージング」というチューニングオプションが用意をされ、これを選択すると最大過給圧が1.0barから1.3barへと高められ、最高出力と最大トルクはそれぞれ571psと900Nmにまで引き上げられる。

それにもかかわらず、CO2の排出量はヨーロッパの最新試験モード「NEDC」のデータで、M156型時代の347gから246g(パフォーマンスパッケージ車も同数値)へと大幅削減。これこそが、エンジン載せ換えを決断した最大の理由といってよいはずだ。
「パワーはあがって燃費は向上」は、昨今のヨーロッパ発プレミアムモデルにおけるトレンドなのである。直噴システムやアイドリングストップメカを新採用し、各部のフリクションを徹底削減。排気量をおとし常用域での燃料消費量を減少させつつ、必要なシーンでは過給機を利用して出力上乗せをおこなう――基本的にはそうしたセオリーに則って開発されたもの。

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG photo 04

M156型6.2リッター・エンジンにたいする排気量の減少分は747ccで、高精度な制御が可能なピエゾインジェクターをもちいるスプレーガイデッド式の直噴システムを採用し、最高回転数が18.5万rpmに達するというエキゾーストマニホールドにハウジングごと溶接された2基のターボチャージャーは、排出された直後の高エネルギーの排気ガスで効率良く駆動する。

そんなあらたな心臓を手に入れたS63AMGの走りは、あいかわらずなんとも逞しいものだった。

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG

エココンシャスになったAMG(2)

フラッグシップサルーンとしての穏やかさと受け継がれた加速力

もちろんSクラス本来のショーファードリブンとしてふさわしい、マナーのよいフラッグシップサルーンの走りも演じてはくれる。高効率でレスポンス良く作動をする湿式多板のスタートクラッチと7速ATの組み合わせも、トルコンATと同等のなめらかな加速感を味わわせてくれるものだ。

しかし、アクセルペダルを深く踏み込めばそこでは世界は一変! 一級スポーツカーも蹴散らすほどに豪快な走りを披露してくれるところが、このモデルの本性である。
排気量は減少したものの、低回転域での加速の力強さは”6.2リッター時代”に決して見劣りしない。さらに、前述のごとくアクセルペダルを深く踏み込めば、まさに「口を開いたブラックホールに吸い込まれる」かのようなワープ感覚の加速が、これまでのS63AMGの雰囲気をしっかりと残している。

実際、新型の0-100km/h加速タイムは4.5秒。パフォーマンスパッケージ仕様では4.4秒というのだから、これはかのポルシェ911カレラですら歯のたたない「手のつけようのない速さ」そのものだ。

ちなみに、従来型のそれは4.6秒。ここでも、効率をアップさせつつ過去の走りの実力は上まわるという公約が、しっかりと果たされていることになる。

興味深かったのは排気のサウンドで、じつはこれが6.2リッター時代のモデルと”聞きまちがえる”かのように迫力に満ちたもの。通常、”排気エネルギー回収機”でもあるターボつきエンジンは、自然吸気版よりもサウンドが大人しくなるもの。しかし、S63AMGではそんな常識は通用しないのだ。AMGといえば、歴史上からも8気筒エンジンとは切っても切れない縁の持ち主。

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG photo 07

そしてこれまでのAMG8気筒車といえば、何とも派手な加速時の排気サウンドがその独特のアイデンティティにもなっていた。それゆえに、おそらく開発陣は今回のS63AMGにもあえてそんなAMGサウンドをあたえるべくチューニングをおこなったにちがいない。

じつは、まもなく同様コンセプトの新エンジンを搭載した同車とはことなる8気筒モデルがリリース予定。その排気音と聞き比べをやってみれば、AMGがいかにみずからの8気筒サウンドに拘りをもっているかがあきらかになるはずだ。

Mercedes-Benz|メルセデス・ベンツ S 63 AMG photo 10

車格にふさわしい、より価値ある心臓へ

ところで、S63AMGでは”旧エンジン”ということになったM156型ユニットが備える高回転、高出力型の特性は、スポーティさという点では今でも捨てがたいものがある。あたらしいM157型がいかに「パワーと燃費を両立させた」とはいっても、オーバー7000rpmまで軽々と回り切り、まるで1.6リッターのスポーツエンジンのごときシャープなレスポンスをしめすという点においては、M156型にかなうものではないのだ。

そこで、どうやらAMGでも当分のあいだは、両者の棲みわけを模索していくようだ。スーパースポーツモデルのSLS AMGにはM156型派生のエンジンを搭載し、あたらしいM157型も「大きく、重量級のモデルから採用する」とコメントするあたりに、そんな目論見を読み取ることができる。
なるほど、いかにS63AMGがスポーツサルーンのフラッグシップ・モデルとはいっても、この車格でオーバー7000rpmまでまわる心臓をのぞむひとがそうはいるとは思えない。"量産AMG車"では燃費性能の大幅向上を狙い、高回転、高出力型特性をそなえるユニットは、よりエクスクルーシブな価値ある心臓へと昇華させる――ダウンサイジングされたM157型新エンジンの登場の裏には、AMGのそんな戦略も感じとれるというわけだ。

           
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