藤原美智子の「色」ものがたり第12回 “高貴な紫”を目指して
BEAUTY / THE EXPERTS
2015年5月11日

藤原美智子の「色」ものがたり第12回 “高貴な紫”を目指して

2009.05  「“高貴な紫”を目指して」

ヘアメイクアップアーティストとして活躍される藤原美智子さんに、「色」にまつわるエピソードを語っていただく連載。
色を自在に扱うことから生まれる新しい表情はつねに注目を浴びて、だからこそその視覚を刺激する「色」は、彼女に雄弁に語りかける。 連載1年を迎える5月のテーマは「紫」。藤原さんが「目指す紫」とは──。

文=藤原美智子Photo by Jamandfix

紫という、特別な色

ある取材で、こんなふうに答えている自分がいた。「紫色の服を着るには、自分はまだまだです」と。これは、“紫の服も似合いそうですが”という記者に対してのコメントである。

そんな言葉が出たのは、紫色に対して“高貴”“品格”というイメージを抱いているからであり、事実、ローマ帝国時代でも日本でも古代より高位を表す色とされている。私はそんな色を身につけられるほど人間的にまだまだ成熟していない、と無意識にも自覚しているから咄嗟(とっさ)に“まだまだ”という言葉が出たのだ。

ところが、その夜、クローゼットの中を改めて見たら、なんと紫色の洋服がしっかりとあるではないか! 青紫や赤紫色のシルクブラウスに、ミニスカートまである。うーん、なぜ、自分は所有していないと思っていたのだろう? ……たぶん、それらがフリルや花やリボンがついている流行のデザインばりだったから、“高貴な紫”と直結していなかったに違いない。

なぜなら、“高貴”にはフリルやミニは似合わないし、一過性の流行とはかけ離れているイメージがある。
女性にたとえるならなんといっても美智子皇后(!)、女優なら吉永小百合さんや鈴木京香さん、中谷美紀さんといったところだろうか。この方たちに共通しているのは楚々とした佇まいに凛とした気品が感じられるところ、または、たおやかさだったり知性だったり、あるいは透明感である。

これらの要素というのはもって生まれたものだけでなく、どう生きてきたかという積み重ねによって生まれてくるものであり、身についてくるものだ。もちろん、どんな要素であれ日々、なにを考え、どう行動してきたかが、その人の顔や雰囲気に表れてくるし、年を重ねるほど顕著に表れてくるものだ。長い間、ヘア・メイクアップアーティストとして多くの女性の顔を触ってきて一番実感しているのは、そのこと。

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積み重なる日々を過ごしていることが容易に想像できる人もいるし、反対に、日々を無造作に、あるいはおもしろ可笑しく刹那的に消化しているだけなのかと勘ぐってしまう人もいる。どちらが魅力的な女性かは明白である。
良くも悪くもそうした人たちに触れるたびに我が身を正し、日々がキチンと積み重なっていくような人生を送らなければと思うのだ。そうすれば、いつかは高貴な紫色の服も似合う人間になるだろう、などと期待しているのである。

それにしても、もう今年も半分近く過ぎてしまった……。なんと、日々は早く過ぎ去ってしまうことだろう。これでは生きている間に(!)“高貴な紫”を着られる日は訪れないかもしれない! 日々を大切に送る――、シンプルで真っ当なことだけれども、それが“高貴な紫”、いや真っ当な紫に近づくための一番大切なことと言えるだろう。

当連載は今月で1周年を迎え、次回からリニューアルします。お楽しみに!

 

           
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