調香師への敬慕から生まれた新しいフレグランス|TRUDON
TRUDON|トゥルドン
クリエイティブディレクター、ジュリアン・プリュボ氏インタビュー
調香師への敬慕から生まれた新しいフレグランス
パリの老舗キャンドルメーカー「CIRE TRUDON(シール トゥルドン)」が、パフュームライン「TRUDON(トゥルドン)」を発表した。シール トゥルドンは1643年の創設より、ルイ15世やナポレオン・ボナパルトをはじめ王室や皇室のためのキャンドルを代々手がけてきたメゾンだが、なぜ今フレグランスを生み出したのか。そのストーリーを、クリエイティブディレクターのジュリアン・プリュボ氏にたずねた。
Photographs by TANAKA TsutomuText by AYANA
ジュリアン流、特殊な香水の作り方
キャンドルというライフスタイルを彩るものから、フレグランスという、よりパーソナルで崇高なステージへ。この流れは、ブランドとして自然な進化だったという。「私たちはフランス最古のキャンドルメーカーですが、フレグランスキャンドルを作るようになったのはここ10年のことでした」。とジュリアンは語る。
「しかし歴史を紐解いてみると、実は18世紀にも香りをつけたキャンドルや、香水を作っていたことがわかりました。また、トゥルドンの家系には香り高いスパイスを扱う者たちもいたようです。そんな歴史的背景を知ったことが、新たにフレグランスを作るきっかけとなりました」
フレグランスキャンドルを開発するにあたり、優れた調香師たちと仕事をするようになったのも、今回のフレグランスを作る大きなきっかけとなったようだ。ジュリアンは、調香師たちの感性を引き出すユニークな方法を思いついた。
「香りを依頼するにあたって、まず物語を作りました。それをただ紙に書いて渡すのではなく、調香師たちに物語とリンクするような体験をしてもらったのです。ギャラリーや博物館など特定の場所に連れていき、光や音楽などの演出でその世界に浸ってリラックスしてもらい、そこから物語を聞いてもらう……という風に。45分ほどのアトラクションが、彼らのイマジネーションを刺激するのです。ちょっとした心理療法のようでしょう?(笑)」
嗅覚は、人間が有する感覚のなかでももっとも原始的なものと言われる。香りが古い記憶を呼び起こしたり、特定な感情を引き出すのはそのためだ。受け取る側だけでなく生み出す側にとっても、香りは非常に感覚的なものであるはずだ。
「調香師がどれだけ自由に感覚を解放できるか。それがフレグランスの良し悪しを決めると思います。僕は物語という枠組みを与えるだけ。だからこそ、提示の仕方にはこだわりました。幸い彼らはとても喜んでくれましたよ。会うたびに『ジュリアン、次の新しい体験はまだ?』と訊かれるくらいです(笑)」
Page 02.5つの香りに潜む物語
TRUDON|トゥルドン
Julien Pruvostインタビュー
調香師への敬慕から生まれた新しいフレグランス (2)
5つの香りに潜む物語
では、ジュリアンが描いた物語を、香りとともに見ていこう。トゥルドンを表現する「王朝」「宗教」「革命」という3つの大きなテーマに、5種類のフレグランスが属している。
「王朝」に属する香り。調香師はアントワーヌ・ライ。
ジュリアンは、パリのマレ地区にある狩猟自然博物館へアントワーヌを誘った。数々の剥製とともに、歴史的な美術と現代アートが共存している空間のカーテンをすべておろし、わずかな光だけが入るようにしたという。「物語は、王女が自分の城を飛び出し、馬に乗って夜の森へ足を踏み入れていく、というものです。本能の赴くままに突き進む野生的なセンシュアリティが、香りによく表現されています」
ジュリアンは物語のなかに香りを連想させるキーワードを混ぜた。「河や湿った土、女性の衣服……。そこからアントワーヌが連想し、精神的に反映したものも、マテリアルとして反映したものもあるだろうと思います。河や湿った土は、アイリスの根を使うことで表現していました」
「王朝」に属する香り。調香師はリン・ハリス。
OLIMはラテン語で「また別の機会に」。13世紀のフランス王家の反映と封建制の衰退の物語だ。
「スパイスが効いたオリエンタルな香りは、パウダリーなパートが美しさを、スパイシーなパートが退廃を、樹脂のパートが富への道しるべを担い、豊かさをベースにした純粋性を表現しています」
「宗教」に属する香り。調香師はリン・ハリス。
「これは、異なるふたつのユニオンが融合する愛の物語です。森のなかに住む男女が、家から出て森を散歩し、木のもとに佇んでいる……まるでアダムとイヴのように。ものごとのはじまりを想起させるイメージです」
みずみずしいグリーンノートの奥に、シダーウッドやインセンスのベースが潜む生命力を感じる香りは、男女で共有できるという点も強く意識されている。
「革命」に属する香り。調香師はリン・ハリス。
フランス革命を題材とし、激しい感情のぶつかり合いから平和の訪れまでを香りの変化で語ったものになっている。
「リンはもともと革命をテーマにした香りを作りたいと考えていました。革命という血生臭い印象のある題材を、ミステリアスな感情の移ろいとして表現しているところが非常に彼らしいのです」
勇ましいスモーキーな香りから、インセンスの広がりへ。文学的な世界観のフレグランスだ。
「革命」に属する香り。調香師はヤン・ヴェスニア。
「MORTELはIMMORTEL(=不死)の反対語で、死に得る、往生という意味を持っています。アーティストがこの世から去っても、その作品や、彼が生きた証は残っていく……そんな世界観がここにはあります。例えば、ブランクーシがポンピドゥーセンターの前に残したアトリエのように。複雑な香りですが、ブラックペッパー、ミルラ、フランキンセンスの3つが素晴らしい調和を作り上げています」
実は、ヤンとリンは同じ体験を通して、それぞれ「MORTEL」と「RÉVOLUTION」を完成させたのだそう。
「トゥルドン」パフュームコレクション
ブルマ、オリム、ドゥー、レボリューション、モーテル
全5種 オードパルファム 各100ml 2万7000円(全て税込)
ブランドを形作るのは優れた感性である
シール トゥルドンというブランドの価値についてジュリアンに訊ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「まず私たちには長い歴史があります。ですが、決して懐古主義というわけではありません。現在のシール トゥルドンは、マリー・アントワネットのためではなく、現代に生きる人たちのためにプロダクトを作っています。その時のお客様のために最良のものを作る……その繰り返しが歴史となったにすぎません。同時に歴史への敬意ももちろんあります。それを表すために、例えばフレグランスボトルにはキャンドルと同じガラスを使用し、同じくガラス製のキャップには、フレグランスディフューザーと同じ波紋のデザインを施しました。ブランドの歴史を感じながらも、モダンな仕上がりになっています」
香りについてはどうだろう。トゥルドンらしい香り、というものはあるのだろうか。
「調香師の存在、彼らの繊細な感性が何よりも大切になります。どんなに立派なマークを冠していても、調香師がいなければ私たちには何も生み出すことはできません。何を使って、どんな香りを作るのか。すべてが調香師たちの手に託されています。私たちはそこにさりげないガイドラインを引くだけなのです」