第3回 「人間用」フレグランス
第3回 「人間用」フレグランス
伊勢丹メンズ館フレグランスセクションのカリスマバイヤー、田代直子さんが買いつけてくるのは、 「メンズ的発想のフレグランス」であって、「男性用フレグランス」ではない。
もちろん、「女性用」でもない。
「トランスジェンダー」といってしまえば、そんなくくりに入れてもよいのかもしれないが、 それは田代さんが考える方向とは、少しニュアンスを異にするようである。
文/中野香織
「男らしい香り」「女らしい香り」は
人工的につくられたもの
田代 「最近は、男性用・女性用と明確に分けるのではなく、人間にとってよいもの、人間が共有できるもの…というふうに、男女の区別を分けないほうへ流れています」
中野 「ジェンダーの区別を明確にすることじたい、じつは、自然なことではなくて、かなり人為的なことなのですよね。しかも、比較的最近の。じつは高砂香料の鈴木隆さんという調香師のかたに教えていただいたのですが、合成香料がはじめて用いられるのは、1882年のことなんだそうです。その後、どんどん<男らしい香り>とか<女らしい香り>といった、香りのジェンダー化がすすんでいくんですよね。
合成香料がなかった時代には、天然香料しかなくって、当然、天然ものには男も女も、ない(笑)。
田代 「そうそう、だから、本物の成分にこだわる調香師がつくるフレグランスは、男も女も、ない。人間として、共有できるんです」
中野 「それでね、おもしろいことに、合成香料を発明したウィリアム・パーキンっていうイギリス人は、じつは合成染料も発明しているんですよね。「男らしい色」「女らしい色」っていう、色のジェンダー化も、その後、加速度的にすすんでいきます。
色と香りの人工的なジェンダー化がいくところまでいって、また原点に戻ってきてる…っていうのが、今なんじゃないかな。色にしたって、男も女もない、好きな色を選べばいいじゃないか、っていうふうになっているし」
倫理的で、ヒューマニストであること
田代 「色も香りも、いいと感じるものには男も女もないよね、いいものははいいよね、っていう感じでしょうか。そういえば、先日、フランスへ出張したさいに、スキンケア製品を手がけた方々と話す機会があったのですが。彼らがさかんに、<エシカル(ethical)>っていうことばを、使うんですよ」
中野 「エシカル…倫理的、ですか?!」
田代 「ええ。化粧品とかスキンケアにかかわっている人たちから、倫理っていうことばなんて、これまで聞いたことがない(笑)。<倫理的>につくっている結果、オーガニックに向かう人もいれば、成分への厳正なこだわりの方向へ行く人もいるし、アルコールで肌が荒れないようウォーターベースの開発をすすめる人もいる。倫理的な行動の結果が、環境や肌にやさしかったりするわけですが、いずれにせよ、共通するキーワードが、<倫理>なんです」
中野 「へえ…それはおもしろいですね、倫理、ですか。最近、消費者(consumer)のほうも環境や世界の貧困に配慮する<ヒューマニスト(humanist)>であることがかっこいいってことになって、マーケティングのほうでは<コンシューマニスト(consumanist)>と呼んでターゲットにしているようです。コンシューマニストなハリウッドセレブにハイブリッドカーを8台買ったことを自慢させたりして(笑)」
田代 「環境にやさしい車をたくさん所有…ってなんでしょうね(笑)。ただ、わたしが会ったり、製品を扱ったりしている、ほんとうにいいものをつくろう、としている人たちは、誠実ですよ。倫理的に成分にこだわった結果、それがいい香りだったりしているわけですが、たんなる贅沢製品に終わらない、なにかがある。品とか格。作っている人の精神みたいなものが、入っている」
中野 「たしかにそれは、伝わってきます。香りに、品格がある。こんなすばらしいものをつくる人って、それこそ、<においたつような人>なんだろうなあ、と思います(…すみません!)」