穂積和夫×中野香織 日本男児のダンディズムとは?(1)
穂積和夫先生に聞く(1)
日本男児のダンディズムとは?
今、ダンディズムについての本を執筆中です。私が書くとどうもイギリス男子の話に偏ってしまうのですが、担当編集者から「日本男児についても考えなさい」とのおことばあり。
吉田健一に伊丹十三、永井荷風に池波正太郎、白洲次郎に生田耕作……と手当たり次第に読んでみるのですが、できれば、現代を生きている男性の意見に耳を傾けてみたい…と思い、OPENERS 発行人Oさんに「日本男児のダンディズムを語れる方は?」と相談したところ、「穂積和夫先生をおいていないでしょう」との即答をいただきました。
イラストレーターでもあり、男のファッションに関しても多くの記事を書いていらっしゃる穂積和夫先生は、OPENERS においても「大人の男こそキモノが似合う」という連載をおもちです。さっそくインタビューをお願いし、日本の男のおしゃれ、現代日本の世相、贅沢について、などなど、ダンディズムということばにとらわれず、幅広くお話をうかがうことができました。
「フレグランス道場」でこんな話題をとりあげるのも、「ダンディ=存在が香り立つ男」、というきわめてムリヤリなこじつけからということでお許しいただきたいのですが、具体的なフレグランスの話も、4回目に、ちょっとだけでてきます……。
文=中野香織Photo by Jamandfix
日本の男性はファッションの本なんて読まない!?
中野 はじめまして。穂積先生は私の父より年上でいらっしゃって、ちょっと緊張しておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
本日は日本の男のダンディズムを中心に、現代の世相など、幅広くお話をうかがいたいと思っています。
穂積 こちらこそ。しかし、ダンディズムといわれても、自分にそういう意識がないから困るな。ただのじいさんだからな(笑)。
中野 そんな。でもたしかにかっこいい人からは「自分はダンディ」っていう意識なんてかけらも見えないものですね。
穂積 OPENERS では「大人の男こそキモノが似合う」という連載をしていますが、これはね、20年ぐらい前に書いた『大人の男こそおしゃれが似合う』という本の題名をもじったものなんですよ。
「おしゃれ」を「キモノ」にしただけ。この本なんて売れると思って書いたんだけど、売れないんだね(笑)。日本の男はおしゃれの本なんてわざわざ金出して読まないんだよ。
中野 ハウツーものは読まれるみたいですよ。時計や靴の合わせ方とか。
穂積 なんで書いたかっていうと、還暦をすぎたんで、ある種の卒論のつもりで自分のやってきた仕事のまとめを書いてみたいな、と。
中野 20年前っていうと、男のファッションはどんな論じ方をされていたんですか?
穂積 ジェンダー論が盛んな時代で、上野千鶴子先生などが話題になっていましたが、出てくる本が必ず着るものとからんでいたんですよ。
中野 『スカートの下の劇場』。
穂積 昼は立派な会社の社長さんなのに、夜になると女装する男性の話とか。
中野 異性装ですか。そういえば石井達郎さんの『異装のセクシュアリティ』という本もありました。
穂積 そういう、ジェンダーと服について書かれたいろいろな本を読み漁っていました。それで、いわゆる女装の時代になりつつあった時代に、男は何を着るべきかということを問題にして書いたんですが……。
中野 ……が?
穂積 売れなかったですね。日本の男はおしゃれの本など読まないことがわかりました。
中野 本を書く前に貴重なご助言、ありがとうございます(笑)。
「あみだにかぶる」とは?
中野 20年経って、どうですか? 日本の男性のおしゃれに対する意識っていうのは高くなってきたように見えるのですが?
穂積 僕がやってきたおしゃれのセオリーから見ると「なんでこんなかっこうをするの?」という不満はあるな。
でもそれは年寄りの冷や水であって、時代が変わってきたのにこちらがだんだんついていけなくなってきた証拠でもあるとは思っている。
中野 「これはありえない」という装いって、たとえばどんな?
穂積 帽子のかぶり方だね。中折れ帽、ソフト帽ってあるでしょう? それを、ブリムのところを全部上げて、あみだにかぶる。
中野 あみだにかぶる???
穂積 阿弥陀って後光ですよ、後光がさすように、ブリムを全部、上げちゃってかぶること。
中野 ……はじめて知りました!
穂積 そんなかぶり方すると、幼稚園の生徒みたいでしょ? 僕の経験からすると、ふだんから上げてかぶるものじゃない。前にひさしをぐっと下げてかぶるのは時代にあっていないのかなあ。
中野 帽子をかぶるというだけで、冒険なんじゃないでしょうか、今は?
穂積 50代ぐらいで帽子をかぶっている人は、見ないなあ。ほんとうにおしゃれな人はかぶっているけど。むしろ20代ぐらいの人が、その辺の安い帽子をかぶっている。
中野 かぶり方を知らずに……。
穂積 映画を見たりして参考にしないのかなあ、ボギーの映画とか。ああいうのがかっこいいなあ、と思ってまねたりしないのかなあ、とは思います。
中野 今日の穂積先生のお帽子は?
穂積 ソフトをかぶってこなかったんですが、それは、角袖というコートを着てきたので。ハンチングをかぶってきました。最初はとんび、つまり、二重回しを着てこようかと思ってたんですが、正月でもないと恥ずかしいんですよ、大げさすぎて。
中野 とんびって、インバネス・コートのことですよね? シャーロック・ホームズが着ていた……。
穂積 シャーロック・ホームズはツイードのを着ていましたけどね。和服でも袖がないからすっぽり入るんですよ。二重回しはあったかくていい。でも重たいんですよ、硬くてね。
中野 和装のコートに合わせて帽子も変える。そういうおしゃれはさすがに年季が入っていらっしゃいます。
「ずっこけのジーパン」と「真冬でも半ズボン」の小学生版ダンディズム
穂積 それから、僕から見ておかしいのは、ずっこけのジーパンだね。
中野 ずっこけ!?
穂積 ずるっと下げてね。あれは意味があるのかな。わからないんですよ。
中野 ああ、腰ばき、下げばきの……。あれはヒップホップ発らしいです。
穂積 子どもが自分にあった服を買ってもらえないので大人のものを着ちゃってる感じだね。ぶかぶかの半ズボンも、日本人に似合わないね。日本で半ズボンが似合うのはイチローしかいないね。
中野 イチローですか!
穂積 ぼくなんか小学生のときには、ぴちぴちの短い半ズボンをはいていた。冬でも、腿まるだしで短くはくのが、東京の小学生のおしゃれだったよ。
中野 ウルトラミニですね。
穂積 ひざ下丈なんか、わー、いなかっぺー、っていう、そういう意識は小学生の頃からありました。
中野 真冬に半ズボン……。今の小学生は逆にガキっぽいと見られるのがいやで、みんな長めですね、丈は。
穂積 ヒトラー・ユーゲントっていう青年団が来てね。半ズボンがかっこいいんですよ、これが。
(中野註:ヒトラー・ユーゲントとは、ナチスドイツ時代の青少年教化組織。1938年に青少年相互訪問の一環として来日した折、国をあげて歓迎された)
中野 映画で見た記憶はあるような……。
穂積 あの半ズボンのかっこよさはヨーロッパのものであって、アメリカにはないですね。
中野 なるほど、言われてみれば。でも今では逆にアメリカのほうが半ズボンのイメージが強くないですか?
穂積 アメリカの子どもはジーンズだね。
中野 アメリカのヨーロッパに対するあこがれが、今のトム・ブラウンの半ズボンなどに現れていたりするんでしょうか、ちがうか(笑)。