中野香織|第16回 東京大学の「蓮香」(2)
Beauty
2015年3月18日

中野香織|第16回 東京大学の「蓮香」(2)

コーポレート・フレグランスの可能性を考える
東京大学の「蓮香」 その2

久しぶりに赤門をくぐれば、東大の売店はすっかりモダンに。その変貌に戸惑いながら、オードパルファム「蓮香(れんか)」の完成度の高さにも驚かされます。第2回目は、蓮の香りのつくりかたに迫ります。

文=中野香織Photo by Jamandfix

「蓮香」ができるまで

中野香織 ではいよいよ「蓮香」そのものに迫るお話をうかがいます。香りの成分は蓮が主体かと思うのですが、たいへん恥ずかしながら私、蓮じたいがどういう香りの特徴をもっているのか、いまいちピンとこないのですが?

平山文子さん やや涼しげな、ちょっと薬っぽい甘さのある香りなので、一般的に受け容れられる香りではないかもしれません。あまり香水のメインの香りとしては使われません。

中野 英語ではロータス(lotus)? たしかにロータスをメインにした香水なんてあまり聞いたことがないですねえ……。お香は見た記憶がありますが。どうやって香りを採るんですか?

平山 ヘッドスペース法といって、ガラス容器で花をおおい、そのなかに香りを吸着するガラス管を入れます。ポンプを動かすと花のまわりの空気がガラス管を通り、そこに香りの成分が吸着します。それを分析し、香りを再現するんです。蓮は土から抜いてしまうと、その瞬間から香りが変わってしまうとてもナイーブな花なので、咲いたままの状態で香りを採らなければならないのですが、蓮は早朝に咲き出し、開花時間も非常に短いので、香り採取のタイミングがとても難しいんです。

中野 神経を使って採った香りの割りには、受け入れられにくい……。

平山 ほんとに(笑)。ですから蓮だけでは嗜好品としての香水にならないので、試作品を出していくなかで、蓮のピンクのイメージ、かわいらしいイメージを加えていきました。レモン、ピーチなどをトップにもってきて、ミドルで大賀蓮のほかにジャスミン、ローズを使ってふわっとしたフローラルが現れるようにして。

中野 ボトルのイメージも、ピンクとグリーンで、「ザ・蓮」ですね。蓮の形のボトルにすることは考えなかったんですか?

平山 容器に関しては、新しく型をおこすと費用がかなりかかるので…。なるべくお手ごろな価格でお求めいただけるように、ご当地シリーズのシンプルなボトルにしました。

中野 2000円ですものね。一般に香水に関しては、あんまり安いと信用できないっていうところがあって(笑)、実は私も今日、かなりビクビクでやってきたんです。でも価格から想像される「予想香」をうれしく裏切るよいできなので、驚いちゃって。

平山 容器のコストは最小限度に抑えていますし、ご当地フレグランスのスタンスとしても、地域貢献になればいいなというところがあるので。できるだけコストを抑えた結果です。

吉岡亜野さん おみやげとして買っていただく、ということを考えると、これ以上高い値段はつけられません。

中野 おみやげ買いが多いんですか、やはり?

吉岡 最初は受験生、在学生をコアターゲットにしていたんですけど(笑)。職員や海外の学会に行く先生のおみやげ需要が多いですし。実際、店頭に並ぶと、主婦のお客さまなども。

中野 主婦って? 受験生のお母さんとか?

吉岡 まったく関係のない方でも、東京観光の際に立ち寄られる奥さま方、多いんですよ。あとはご近所の散歩の途中とか。

中野 おみやげはレア度がものをいうことを知り尽くしている主婦ですね。先生方が学会のときに配るおみやげとして人気が高いのは納得です。

平山 当初は受験生狙いのばりばりユニセックスでいこうとしてたんですが、間口を広げていって、最終的にこの香りにしたのは、正解でした。

中野 どこかなつかしさもありますね。今っぽいスタイリッシュな香りというわけではない。かといって古臭くもない。蓮が甘くない個性を出していて、フローラルだけど男性にも似合いそうな。なによりも、心が落ち着く香りです。蓮の上のお釈迦様のココロになれそう…って言いすぎですが(笑)。開発までどのくらいの時間がかかったんですか?

平山 1年ほどかかりました。

中野 イメージどおりのものができましたか?

平山・吉岡 満足です(笑)。

企業や団体のアイデンティティを表す香り

中野 実は「蓮香」のことをはじめて知ったとき、コーポレート・フレグランスという位置づけとしておもしろいなあと思っていたんですよ。企業のアイデンティティをひとめで見せつけるロゴマークがあるならば、企業のアイデンティティをひとかぎでわからせるフレグランスがあってもいい。

平山 フレグランスではないですけど、大阪帝国ホテルさんの香りは作ったことがありますよ。香りによる空間演出としてなんですけれど。今もロビーに流れています。

中野 大阪帝国ホテルの香り!?

平山 実は宝塚劇場さんにも流しています。公演のとき、組によって違う香りをロビーに流すんです。

中野 星組の香り、とか、月組の香りとか(笑)? それは知らなかった……。気分、高揚しますよね。販売はしてるんですか?

平山 いいえ、あくまで空間演出なので、特殊な装置を空調機のところに仕掛けて、大空間に流すという仕組みです。ビジネスとしてはなかなか成立するものではありませんが。香りは嗜好性が強いので、パブリックな空間でやることの難しさは感じますね。幸い、苦情をいただいたことはないのですが。

中野 実はね、コーポレート・フレグランスっていう発想がはじめて思い浮かんだのは、2年ほど前にロンドンのクラリッジズホテルが出している香水を見たときなんですよ。

平山 個人が買えるフレグランスなんですか?

中野 ええ、「オー・ド・クラリッジズ(Eau de Claridge’s)」。ホテルの花屋さんの脇に、さりげな~く、ほんとうにさりげなく置いてあるんですが、これぞメイフェアの香り!っていう逸品なんです。メイフェア地区には古きよき時代のザ・英国上流階級のイメージがあるんですね。かの「マイフェアレディ」ってミュージカルのタイトルは「メイフェア(Mayfair)のレディ」をコックニー風に発音したシャレになってるんですけど。
そのイメージをフレグランスにするとこれかっていう香りが、「オー・ド・クラリッジズ」。何にも似ていない、強い個性があるんだけど、不思議な透明感もある香りです。甘さがなくて、男くさくもなく女っぽくもないノーブルな印象が残ります。これもあまり広く知られたくはないけど、秘密にしておくのももったいなくて(笑)。

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