第19回:渡辺サブロオさんの美顔術
渡辺サブロオ×小林ひろ美
「サブロオワールドにお邪魔します」(3)
『シバヤマ美容室』で“シバヤマ式美顔術”を学んでいたところ突然撮影班に指名されて、いきなりカタカナ職業の道へ。
サブロオさん自身「恵まれていた」という青春時代のお話をベースに、いまの時代を語ります。
構成と文=染谷晴美写真=井手口恵子
美顔術はプロフェッショナルな分野です
小林 先ほど、『シバヤマ美容室』へ入社したのは“シバヤマ式美顔術”が学べるからだった、とおっしゃっていましたけど、その美顔術はどういうものですか?
サブロオ フェイシャルマッサージです。といっても、当時はまだエステティックという言葉が浸透していなかったので、“お美顔”といっていました。
“お美顔”はすべて手で行います。顔には大きな筋肉のほかに薄い膜のような筋肉が30ちかくあるのだけど、それらは全部ばらばらで、繋がっていないんですね。でも、どこかで影響し合っている。影響し合うことで表情をつくり出している。マッサージをする人はそういう仕組みをわかっています。というより、わかっていないとできません。むやみにやってはいけない。とてもプロフェッショナルな分野なんです。
ハンドマッサージはとても強いものです。でも強いだけではダメで、前と後に、あるいは次の強いマッサージの繋ぎに、予備マッサージをする必要がある。これは、やさしい、なでる、さする、おだやかにする、という役割。そして、その隣くらいに位置するのが“リンパドレナージュ”です。
小林 リンパの流れを促す技法ですね。
サブロオ そうです。とにかく、マッサージにはいろんな技法があるんですよ。
ところがある日突然、撮影班に指名されて
サブロオ 当時、『シバヤマ美容室』には撮影班があって、美顔術の理論や技法を全部覚えたころ、そこに呼ばれました。
小林 だんだんいまに繋がりますね。
サブロオ 立木義浩さんたちが出てきて、フォトグラファーをはじめ、いわゆるカタカナの職業が世間に認められはじめた時代です。そのとき僕はまだ20歳。
小林 清らかな若者ですね(笑)。
サブロオ そうそう(笑)。撮影の部門では芝山サチコ先生(現、川邉サチコさん)がメイクアップアーティストとして活躍されていたんですけど、先生は美大出身だったので、メイクの仕方がちょっとちがっていました。やりたいことを自由にやっているというか。たとえば、クレヨンを使ったり。
『カランダッシュ』というスイスの文具メーカーのクレヨンは、赤ちゃんが口に入れても毒ではないんですよ。だからそれをファンデーションに混ぜて、色をつくって、塗って。僕はそこで指づかいを覚えました。
正統なマッサージの技法を芝山みよか先生に教わり、絵を描くようにつくるメイクアップ法をサチコ先生に教わった。それがよかったのかなって思う。それこそ、まったく清らかだから、見るもの全部がストレートに自分のなかに入ってきたので。
小林 ヘア&メイクアップアーティスト渡辺サブロオの原点ですね。
サブロオ 当時はいろんな撮影現場に行けたんですよ、アシスタントで。だからそこでも、すごい人たちの仕事をいっぱい見てる。まだこの人が好きとかいいとか計るチカラをもっていないころに、湯水のように吸収したんです。
小林 時代とか環境とか、すべての面で恵まれていたんですね。
サブロオ ホント、恵まれてました。閉鎖的じゃないし、過渡期でもない。世のなかがそういう動きだからみんなオープンなんですよね。
自由な時代から、不自由な時代へ
サブロオ メイクアップアーティストやネイリスト、エステティシャンなどは、これからだんだん許可制になってくるんですけど、昔は全くそういうのがなかった。スタイリストの人がメイクアップをやったり、いろんな組み合わせがあったんですね。自由でした。
それがどんどん不自由になっていくのは残念でしょうがない。少子化に向かうなか、企業として事業を成立させたいから、人員確保のためにいろんな制約をつくっていきたいんでしょうけど。
小林 それは、社会全体として、いいようで悪い傾向ですね。
サブロオ 全然よくないですよ。お客さまに対してや、自分たちのコミュニティが保証されるっていう安心面はあるかもしれないけど、果たしてそれでいいのか。
小林 規制の枠でくくってしまうんですものね。そういうケースはとても多いです、いまは。
サブロオ 世のなかの98.5%がそうですよ。だから、のこりの1.5%にかけるしかない。ほんとに悲しい世界。
小林 私も最近、それはすごく感じます。
サブロオ 淘汰されることが美徳だ、みたいにね。多数決だから僕たちのような考え方は負けちゃうんですよ。
調査ってあるじゃないですか。僕は以前、あるコスメブランドをプロデュースしていましたけど、こっちが発信しているにも関わらず、調査でこういう結果が出たからといわれる。それではプロデュースしている意味がありません。だから辞めました。
小林 そしていまは、ご自分のブランド『wAtOSA(ワトゥサ)』を手がけられていらっしゃるんですよね。
Profile
渡辺サブロオ
1971年よりCM、雑誌を中心とした活動を開始。日本におけるヘア&メイクアップアーティストの先駆者として、その地位の確立を果たす。現在、オリジナルブランド『wAtOSA (ワトゥサ)』の開発・プロデュースをはじめ、雑誌・広告など、幅広いフィールドで活躍中。名実ともにヘア&メイクの第一人者として広く知られている。その類いまれな技術とセンスに、モデルや女優からの信頼も厚い。ヘアサロン“SASHU”、メイクアップスクール“W・326 STUDIO”主宰。