第11回 デザインで見るオリンピック 後編
Design
2015年5月15日

第11回 デザインで見るオリンピック 後編

第11回 デザインでみるオリンピック 後編

How to see about design特別編「デザインでみるオリンピック」。東京、メキシコとつづきラストを飾るのは「ミュンヘン五輪」のデザイン。「デザインの極致」といわれたオトル・アイヒャーのグラフィックデザインを中心にお届けします。三大会のデザイン変遷から見えてきたオリンピックの未来の姿とは……。

聞き手・構成=高橋猛志、武井正樹Photo by Jamandfix

東京、メキシコときて、ミュンヘン五輪でオリンピックデザインは完成形を迎えたといえるでしょう。
デザインを担当したのはオトル・アイヒャー。バウハウスの再建をもとに戦後設立されたウルム造形大学のグラフィック部門を統括したデザイナーです。

左右共に駐車券。メキシコ大会まではデザインしたというレベルだったが、この大会からは一般の目に見えない部分にまで統一したデザインが踏襲されている。それもこの写真のように大会関係者、選手、一般観客など個別にデザインがわけられている

ミュンヘン大会の競技別入場チケット。入場する際に左下の角が半券としてカットされるようになっている。文字も3カ国語表記だが、グリッドシステムを採用しているため、すっきりした見え方

細部までに宿った、オトル・アイヒャーの美意識

ミュンヘン五輪のデザインは「デザインの極致」とも呼ばれています。大会のマニュアルがあるのですが、まさに”完成された内容“となっています。
それまでの大会では競技などを単純に記号化したに過ぎませんが、ミュンヘン五輪のピクトグラムは直線・円、水平・垂直・45度と厳密な規定で整理されました。また色数を限定し、すべてを記号化。書体もユニバースというフォントで統一されているのがわかります。ポスター、IDカード、医療、駐車券、さらにはオリンピック期間ちゅうのミュンヘン空港のマニュアルをも製作。競技とも関係ないところまでデザインの統一が施されています。またこの大会から独・英・仏の三か国語表記になっています。大会キャラクターが登場したのもミュンヘンからです。ダックスフンドの「ワルディ」というマスコットです。

ミュンヘン五輪のマニュアル。ロゴや文字の使用基準からカラーリングなどを厳密にまとめている。ここにあるダックスフンドが大会のマスコットである「ワルディ」。会場スタッフのユニフォームにおいてもカラーリングによって職種が区分されている

ミュンヘン五輪時はすでにモダンデザインは衰退していました。いままでモダニズム社会が押さえつけていた民族問題などが噴出し、大会ちゅうにイスラエル選手がテロによって殺害されるなど最悪の事態にまで発展します。これ以降オリンピックというものは社会の動乱と重なり衰退していきます。つぎに行われたモントリオールは大失敗。いまだにカナダ国民はそのときの負債を払わされています。モスクワ五輪になると西側諸国がボイコット。IOC(国際オリンピック委員会)は今後のオリンピックのあり方について岐路に立たされるのです。それは文化的イベントにするのか、国際的な交流の場として利益を追求するのか、です。結局のところIOCはビジネスを選ぶことに。ロス五輪は放映権、オフィシャルスポンサーと代理店が儲かるところにキャスティングを採用し、「代理店至上主義」に。結果、ビジネス的には大成功を収めることとなります。これ以降、各開催国のデザイナーがしのぎを削った文化的側面は衰退しました。

モダンデザインが衰退したあともミュンヘン五輪のピクトグラムなど秀逸なデザインは継続して使われました。しかし近年、民族文化を尊重する動きが世界に広がっていることもあり、五輪のデザインにも多くそういった部分が反映されはじめています。たとえばシドニー五輪のピクトグラムは先住民族であるアボリジニのタッチが採用されていたり、先日の北京五輪でも甲骨文字をイメージしたようなピクトグラムが使われています。また、興行イベント色が強い中にも新しいデザイン意識は生まれつつあり、次回ロンドン五輪では雑誌wallpaperやmonocleを立ちあげたタイラー・ブリュレがグラフィックで起用されるなどデザイン的視点も再燃しつつあるようです。

そして2016年。1960年に「デザイン」が確立されるきっかけとなった東京にて、オリンピックは開催されるかもしれません。「デザインの起点」という意味で、再びオリンピックが「文化的なデザインのお披露目の場」となることを望んでやみません。

           
Photo Gallery