第9回 「オトコ香る。」プロジェクトに迫る(2)
大ヒット“香り”ガム
「オトコ香る。」プロジェクト その秘密に迫る-2
text by NAKANO Kaoriphoto by TATSUNO Rin
時代を拾う感覚+研究成果の表現=10億円商品
中野香織 では、少し時代をさかのぼって、「オトコ香る。」の母体になった「フワリンカ」の開発のお話を聞かせてください。
西 絵里香さん 「フワリンカ」発売の3年前、社内にSWATという特命チームができたんですよ。
中野 アメリカ映画にでてくる、あのSWAT (Special Weapons And Tactics)ですか? 警察の特殊部隊の。
西 そうです。研究所の人間と開発の人間が、部署を越えて手を組んで、何か一つ、10億円商品を作りましょう、ということで特別に作られたプロジェクトなんです。
中野 10億円商品?
西 1年間で売り上げが10億円を超えると、その商品はヒット商品と呼ばれます。
中野 知りませんでした……。それでSWATはどんなものを作ろうと?
西 開発の人間は、時代を拾う、なにかおもしろいものを投げられたら、という思いをもっていました。それで、消臭ブームっていうか、においに敏感になっている時代を拾うことはできないかと。ただ消臭するんじゃなくて、いいにおいを香らせるというような積極的なことができたらいいな、と。ニンニクを食べるとくさくなる。ならばいい香りのものを食べるといい香りだってするはずだ、という発想が根本にはあったんです。
中野 時代を拾う! これまた新鮮な、納得の表現(笑)。で、一方の研究所の方は?
西 研究所の人間は、なにか研究ベースでエヴィデンス(確証)がとれていて、それを表現できるようなものを作りたい、と考えていました。汗からいろんなものが出ているという研究はあって、いい香りを汗から出すことは可能である、ということはわかっていました。しかも単純な構造式のものほど、汗腺を通してならば、出やすい、と。それで、研究所の仕事は、「香りやすい物質を探すこと」になったのです。
中野 いい香りの、単純な構造式のにおい成分を、汗から出す。これが「オトコ香る。」の基本の仕組みになるわけですね。
西 そうです。それで、汗が出やすいのは、手のひらなんですね。ですから実験は手のひらを使いました。香気成分を含むガムをかんで1時間待って、手のひらをビニールで覆い、出てくるものを集積して、データをとる。その作業を繰り返して、バラの香りの構成要素のひとつ、“ゲラニオール”にピークがあることがわかったんです。
中野 文字通り、汗の結晶ですねえ。
西 ガムをかんで、汗をかかなくては成果がわからないわけですから、研究所の人間はジムのサウナに行ったりもして試したようです。お互いに「バラ、におうよね」「におう、におう」とかって。
中野 他のお客さんが見たらずいぶんあやしい光景ですが……(笑)。
ファンを作る「クセ」
中野 カプセルに入った、「食べると香る化粧品」っていうの、あるじゃないですか。ピーチとかバラの香り成分がヴィタミンEのオイルなんかに溶け込ませてあって。私もよく飲むんですけど、効果があるのかどうか、自分ではわからないんですよね。まあ、ヴィタミンEは少なくとも体には悪くないだろうとは思いながら……。
西 においって、自分よりも他人が感じるものですからね。ゲラニオールはとればとるほど多く出るので、カプセルにしても効くことは効くと思います。ただ、食べものである、ガムである、ってことが、この場合、カプセルにない効果も生むと思います。
中野 どういうことですか?
西 まず、ガムはかみますよね。舌下(ぜっか)吸収のほうが、腸からの吸収よりも、早く成分が回るんです。飲み込むより、かんだほうが、においが早く出やすいってことです。
中野 舌下吸収……。そこまで考えたことはありませんでした。さすが、ガムを作る会社ならではの説得力ある理論。
西 それに、かむことで、口まわりもすっきりして、自分自身で香りがわかる。自分だけでもいい気分になれるじゃないですか。カプセルだと、飲みこんで、あとから香りが出てくるかどうかだけが勝負になりますよね。だけど、ガムだと、かんでいる間もいい気分になれる。あと口もいいですし。
中野 一枚かんでみていいですか……。ん? メントールが効いていて、パンチ力がありますね。スパイシーで、紅茶のような味もする。複雑な、たしかにオトコ寄りの印象。
西 ミントの効果で、「しまった」感じですよね。複雑なのはもっともで、たしかに、いろんなモノ、入れてるんです(笑)。担当者がすごく凝る人で、さまざまな香料を入れてみて、どんな味が立つか、繰り返し試した成果です。
中野 ローズベースのミントといえば、そうそう、「パルファム・ド・ロジーヌ」っていう香水ブランドの5月発売の新作が、ローズベースにミントを加えたものです。「ローズ・ディアボロ」っていう名前なんですけど。ローズにミントは、香水業界ではあまりなかった試みです。
西 ガム業界でもあまりないと思います(笑)。
中野 味のコンセプトはなにかあったんですか?
西 食品なので、「化粧品をまちがって食べちゃった」感じになっちゃいけない、あくまでも食品としてのおいしさがベースである、ということがとにかく基本になります。それに、リピートしてもらうためには、飽きのこないおいしさだけじゃだめなんですね。飽きのこないおいしさに加えて、ちょっとクセがないと。このクセが、ファンを作るんですよ。
中野 なるほど、ファンになりたくなるクセねえ……。危険に辛いとか、まずい、とか、最近では妙なクセを売り物にするお菓子も増えましたよね。
西 リピートしたくなるかはどうかは別として(笑)。「オトコ香る。」の場合は、フルーツベースと味と香料がひとつにバランスよくまとまる、食品としての完成度をめざしました。
中野 西さんの評価は?
西 よくまとまった、いいコだと思います(笑)。